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第拾話

ネクタイをほどきながら部屋へと戻りながら部屋へと入ると、先客がいた。

「おかえり。じゃましてるわよ」

 私服に着替えた凪が、浩明のベッドにうつ伏せに寝転んでいた凪が上半身を起こして浩明を迎えた。

「君、また来てたんですか」

「仕方ないでしょ。今時、紙に書かれた本なんて殆ど持ってる人いないんだから」

 ずっと本を読んでいたようで、ベッドには何冊も本が積み上げられている。

 電子書籍が主流となった現代、紙で出来た書籍との比率は7対3にまで逆転した。電子書籍は店まで行かずとも自宅で端末からダウンロードすれば購入出来るという利便性や、紙を使わなくていいので、環境問題やコスト的にも一役買っているのが理由になっているのだろう。しかし、古き良き物や本当に良いものを好む拘る人間も多く、紙で書かれた本の人気もいまだ根強い。

 浩明は、そこまで拘る訳ではなく、電子書籍、本のどちらも嗜む読書好きの人間だ。

「君、また窓から入りましたね」

「いいでしょ。そっちの方が近いんだから」

 凪の部屋への入室方法は屋根伝いに窓からの不法侵入。浩明と同じく二階に部屋のある彼女は、玄関をから出るよりも窓から入る方が早いそうで何度注意しても聞く耳を持たない。それならば、鍵をかけてしまえば問題無いのだが、それをしないのは浩明自身もそこまで気にしていないからだろう。

 僅かに閉じきらなかった窓を見ながら注意しても、反省の意思がない凪に追及しないのがその証拠だ。

「まぁ、部屋を荒らさなければ構いませんが、その格好で屋根を越えるのはどうかと思いますよ」

「格好?」

 桃色の無地のTシャツ、膝上の黒いスカートに太ももまでの黒のニーハイソックス。

 視線を下に向けていき、スカートに目が行った所で言わんとしている事が分かったようで、意地の悪い笑みを浮かべた。

「やだ見たかった?」

「結構です」

 スカートの裾を軽くつまみ上げて挑発してくるのを、ブレザーを脱ぎながら軽く断る。

「あら、残念」

 言葉とは裏腹にスカートを離した。浩明がそういった事につられないのは凪自身よく知っているからだ。

「押入れにいれてあるもの見たら喜ぶと思ったのに」

「それとこれとは別ですよ」

 年不相応な性格の浩明であるが趣味に関しても年相応以上なものだ。どのような趣味かと聞かれると公言するのが憚られるとだけ言っておく。

 聞捨てならない事を言ってみたが、無視して返されたので話題を切り替えた。藪の蛇を刺激する自殺行為はしないに限る。

「それにしても遅かったわね。どっか寄り道でもしてたの?」

「生活指導部から呼び出しですよ。昼の件で話が有るって」

「あぁ、あれね」

 それだけで、凪は全て納得した。昼間、浩明がやらかした暴行事件(本人にとっては巻き込まれただけだが)は、放課後には学校中の話題となった。

 普通科の新入生が実は魔術師、絡んできた上級生を圧倒して保健室送り、新学期早々に起きた騒動は学生達の話題をさらうには十分だった。

「クラスでも噂になってるわよ。普通科に魔術師がいるって」

「おや、君のクラスにまでですか?」

「学内ネットで、動画が配信されてたわよ」

 本の横に置かれていた携帯端末を操作して、空間ディスプレイを展開させて、浩明に見せた。

「凄いじゃない。キック一発ですっかり有名人よ」

「そんな有名人はサッカー選手だけで充分ですよ」

 配信されている内容は浩明が学生の一人を蹴り飛ばしている所、それを見ながら呆れて言った。

 ちなみに浩明はプロ野球ファン、それも球界の紳士を自負する球界ファンなのであしからず。

「まぁ、かなり悪い評判が多いけどね」

 魔術師である事を隠し、不意討ちという余りにも卑怯なやり方に、憶測やデマが飛び交った結果、浩明の認識は魔術専攻科に入れなかった落ちこぼれという形に落ち着いている。

 やられた方も、今回は油断していたからで、正面からやれば絶対に負けないと思っているそうだ。

「それは良かった。望んだ通りの評判です」

「望んだ通りって、悪評付けられて何したいのよ?」

「他人の評価は低ければ低いほど、動きやすいものですよ」

 浩明は不敵な笑みで続ける。

「私は普通科にしか入れない魔術師、それも不意討ちをしなければ勝てないような落ちこぼれ、魔術専攻科の選ばれた気取りの学生には勝って当たり前の相手。そう思われておけば、今日みたいに絡まれても容易に対応出来ますし、何より負けた時のダメージ

は相当ですよ」

「うわ、星野ってば腹黒~」

 昼の件は、あくまで魔術専攻科の学生側の油断、心してかかれば決して負けるわけが無い。もし負けでもしたら大恥だ。そう認識させる事が目的だと説明する。

「私は勝てなくて当たり前、何せ落ちこぼれの魔術師だから好きにやれる。油断させて相手に先に手を出させ、こっちは不意を突いての返り討ち、向こうが文句を言おうが正当防衛を言っての勝ち逃げ。自尊心の強いエリート魔術師にそれで充分ですよ」

「アンタのどこが落ちこぼれよ」

 自分を落ちこぼれと卑下している浩明だが、凪に言わせてみればその一言に尽きる。

 不意討ちとはいえ上級生二人を相手取り無傷で返り討ちをした実力、そして、何の術式か分からない彼の魔法に構築速度、それを考えみれば落ちこぼれとはどの口が言うのか聞いてみたいところだ。

 果たして、あの場で浩明の実力を見抜けた人間は何人居るだろうか。感情に任せて、現実を見誤っている今の魔術専攻科の学生達のなかで、浩明の策に嵌まらなかったのは自分を含めてほんの一握りだろうと、凪は動画を確認している浩明を見ながら心中でため息を洩らした。

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