1-8 アイナの不安
夜が更け、勇斗もサラも部屋に戻ってしまったため、家の中はさきほどとは打って変わって静かになっていた。田舎ということもあって、窓の外も物音一つ聞こえてこず静寂が支配していた。
アイナは自分の部屋に戻って、布団に潜り込みながらぼんやりと勇斗――迷い人のことを考えていた。
(どうして勇斗くんがこの世界に迷い込んだのかしら? ひょっとして、最近村の外で活動が活発になっている魔物となんか関係あったりする?)
この世界の住人にとって、迷い人とは魔物を滅する英雄的な存在だ。
これは五百年前の戦争の時に、突然この世界に現れた迷い人が魔物をやっつけたときに根づいた思想であり、その思想は今の時代でも多くの人々の中に残っている。
英雄とは悲劇から人びとを救う存在のことであって、逆に考えると前提条件として悲劇が付きまとう。悲劇が起きなければ英雄は現れないからだ。
つまりは、英雄の象徴ともいえる迷い人がこの世界にやってきたということは、今後、この村で悲劇が起きる前触れなのかと勘繰ってしまう。
(でも、戦争から救ってくれた英雄以外にも、何人もこの世界に迷い込んで来てる人はいるわけだし……)
迷い人という存在から始めに連想されるのは、五百年前にこの世界を救った英雄のことだが、この世界に迷い込んできた迷い人は何もその英雄だけではない。
そしてあのときのような悲劇は、この五百年間に一度も起きていない。もちろん、誰かにとっての悲劇はこの一瞬の間にも起こっているのかもしれないが、世界を巻き込むような悲劇はあのときしか起きていない。
だからこそ、勇斗がこの世界に迷い込んできたことに不安を感じる必要なんてないのかもしれない。
(ま、きっと考えすぎよね……)
アイナは鼻で大きく息を吐き、目を閉じる。
目を閉じても、妙な不安感が身体にまとわりついてきて、夢の世界に入るまで少しばかり時間を要することとなった。