終章2 試合終了
こっちの世界に戻ってきても、夏休みはまだ続いており、その帰還を利用して久しぶりに実家に帰った勇斗は、リビングでテレビ画面を見つめていた。
妹は友だちの家に遊びに行き、母親は買い物、父親は仕事に行ってしまったため、現在この家には勇斗しかいない。
テレビではちょうど夏の甲子園の決勝戦が放送されているところだった。
肩を壊してから、野球という存在そのものを遠ざけていたため、こうして中継を見ること自体も一年ぶりくらいのことだった。
決勝戦に出場している二チームは、勇斗とは縁もゆかりもないチームだ。
今年の勇斗の高校は地方予選の決勝戦で負けてしまったため、そもそも甲子園には出場できなかった。
予選自体は夏休みに入る前に行われていたため、勇斗もその結果だけはいちおう聞いていた。
もし、肩を怪我しなかったら、もし、自分がまだ高校二年生だったら、ひょっとしたら、甲子園の舞台に立つチャンスがあったかもしれないのに、と勇斗は考え、すぐに鼻で笑った。
そんな仮定の話なんて、そもそもなんの意味もありはしないからだ。
あそこでエラーをしなかったら。あそこでヒットを打っていれば。そんなことを考えたところで、試合の再挑戦ができるわけではないのだから。
勇斗の仮定だって、根本的なところではそれとまったく変わりない。
「甲子園なんて、ベンチ入りを合わせると、毎年九百人もいるんだ。この中に、いや、この世界に俺と同じように、異世界を旅した奴は何人いる? 俺は甲子園に出るよりも何倍も貴重な経験をこの夏にしてきたんだ。くははははは」
勇斗は誰もいないリビングでソファーにもたれかかりながら、大きく笑った。
しばらくそのまま試合を眺めていると、両手に買い物袋をぶら下げた母親が帰ってきた。
「ただいま。ってあら? どうしたの? なんか感動することでもあったの?」
「……ん?」
母の言っている意味がわからず、思わず聞き返してしまう勇斗。
「目、赤いわよ」
指摘されて目元に触れると、しっとりと湿っていた。
(ホントだ……どうして……)
母に指摘されるまで、勇斗はその事実にまったく気づいていなかった。
確かに言われてみると、さっきから視界がぼやけていたような気がする。
自分が泣いていることに気づいたら、堰を切ったかのように、勇斗の目から涙があふれ出てきた。
「あれ……? おかしいな、どうしてだろ。ははっ」
勇斗は、あふれ出る涙を手で押さえながら、意味もなくなく笑って見せた。
(きっとサラたちのことを思い出していたのかな? 今度はいつ会えるかな。しばらくは受験勉強なんかがあるから無理かもしれないけれど、大学生になったら暇になるかな? そしたら、きっとまた会いに行ける。あの穴がまだあるのかわからんけど、まあなんとかなるだろ)
胸中で自分の涙を分析している勇斗に対して、母が心配そうな瞳を向けていた。
「気にしないで。昨日見てた感動的な映画を思い出しちゃってさ」
「そう、ならいいけど」
それだけ言うと、母はそれ以上追求してくることもなく、台所へと向かった。
歪んだ視界を保ったまま、それでも勇斗はテレビの画面を見つめ続ける。
『打ったー! 清心高校。四点あった点差を追いつき、八回表についに試合を振り出しに戻しました』
実況のアナウンサーの甲高い声がテレビから響いている。
その後もテレビの中では、一進一退の攻防が続いていた。
結局勇斗の涙は、試合が終わるまで止まることなく流れ続けた。
けれど涙を流した後は、自分の中で何かが吹っ切れたような、そんなすっきりした気分だった。
試合が終わり、両校がお互いの健闘を称えながら礼をすると、テレビから大きなサイレンが鳴り響いたのだった。
――そのサイレンは、試合が終わったということを示すだけでなく、ようやく長い夏が終わったことを、誰かに告げる合図なのかもしれない。
これにて勇斗たちの物語は一区切りでございます。
最後まで目を通して下さった方、ありがとうございます。途中で辞めてしまい、ここまでたどり着けなかった方、それでも興味を持っていただきありがとうございます。次回は、後書きまで読んでいただけるような物語を創りたいと思います。
これからもまたちょくちょくと、いろいろな作品を投稿していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
長々と語るのも微妙な感じがするので、このへんで締めさせていただきます。
それではまたどこかで会えたら嬉しいです。