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迷い人  作者: ぴえ~る
第4章 帰るところ
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4-23 戦いの終わり

「――このッ!!」

 相変わらず、リールの腕を破壊し続けている勇斗。

 傍から見ると、勇斗のほうが押しているように見えなくもないが、実際の戦況は最初から何も動いていない。

 腕が無限に再生するリールにとっては、自分の腕の一つや二つ、捨て置いても何ら問題がないのからだ。腕が吹っ飛ばされても、そのすぐ後には涼しい顔をして新たな腕を生やしている。

 受けに回っているリールは、ひとつも息を切らしていないが、がむしゃらに攻撃をしかけている勇斗は、すでに肩で息をしていた。

「もう十分さ。おまえはよくやったよ。いくら水晶を壊したからといっても、あれだけ数のトロルを送り込んだんだ。この村の人間はもうあの世にいるだろうよ。さっさと諦めた方が賢いぞ」

「生憎、これまでの人生で賢い生き方なんてしてこなかったんでね」

「まあ、そうだろうな。賢い人間の戦い方じゃないもんな。ははっ」

 口元に皮肉そうな笑みを携えながら、リールは右手から煙のようにもやもやとした暗い闇を飛ばしてきた。

 闇が勇斗の左腕を貫通すると、勇斗のそこを中心に激痛が走る。

「――ぐっ!」

 思わず膝をつきそうになるが、下唇から血が出るほど噛みしめながら、痛みを堪えた。

「そう簡単にくたばってたまるか! 森を覆っていた結界は壊してやったんだ。誰かが助けに来てくれるはず」

「そうよ! 勇斗、絶対に負けちゃダメ! 心が折れない限り、アタシがあなたを守り続ける」

 ホープの励ましは勇斗へと伝わり、そのまま力へと変換される。

 気合いを入れ直すため、勇斗は大きく息を吐いて、地面をグッと踏みしめる。思い切り地面を蹴り上げるとともに、リールの心臓めがけてバットを突き出してやる。

 それに対して、リールは攻撃から逃れるために横に跳んでかわした。すぐさまリールは、勇斗の攻撃の隙をついて、長く尖った爪で勇斗の脇腹を引っ掻いた。

 勇斗はバットを振り回して反撃を試みるが、むなしくバットが空を切り、気づいたときにはリールは勇斗から既に距離を取っていた。

 自分の胸のあたりを触ってみると、手のひらにべっとりと赤い血がこびりついた。それでも身体中からアドレナリンが沸いているため、痛みはほとんどない。

(今、あいつは確かに俺の攻撃を避けた。もし全身に再生能力が存在するのなら、そもそも攻撃を避ける必要なんかないんだ。おそらくは、再生できる部分に限りがある)

 ならば、腕で防御できないような攻撃を繰り返してやればいい。そもそも、さっきからリールは腕を犠牲に防御をしているが、それ以外の部位で攻撃を受けてはいない。ひょっとすると、そこにも突破口があるやもしれない。

 勇斗がリールの身体の構造を分析していると、リールの手が剣の形に変化して、勇斗に切りかかってきた。

 ――下がれ、それができないならばバットで受け止めろ。

 臆病な勇斗の心の声が聞こえてきたが、ここは防御に徹する場面ではない。勇気を振り絞ってカウンターにかける場面だ。

 勇斗は、防御という概念を捨てて、さらに一歩リールへと前進した。

「――なにっ!」

 勇斗の行動がまったくの予想外だったのか、一瞬だけリールの動きが怯んだ。その隙に、勇斗はスイング動作に入る。

 リールの剣の切っ先が勇斗へと迫り来る刹那、それよりも一瞬だけ早く勇斗のフルスイングがリールへと直撃した。

「ああああああああーーーーーー!!!!!!!!」

 魂を込めたスイングをまともにくらったリールは、そのまま吹き飛んでいき、地面へと転がる。

「――硬っ!」

 勇斗の手は、冬場に芯を外した打球を打ってしまったときのように痺れる。

 リールの胴体は、今まで対峙した魔物と比べられないほどに硬かった。

 勇斗の視線の先では、リールが地面に手をつきながらゆっくりと起き上がっている。

「まさか、あそこで突っ込んでくるとはねえ。さすがに予想外だったな。やるじゃねえか」

 口ぶりが先ほどまでと変わっていないが、リールの表情の奥に少しの焦りが見え隠れするのは、きのせいなのだろうか。ヤツの表情にはっきりとした変化がないため、ダメージを受けているかが判断しにくい。

 確かに手ごたえはあった。腕を斬った時とはまったくの別の手ごたえを感じたというのも事実だ。

(だとしたも、もう一度ぶっ叩くのみ!)

 もう一度覚悟を決め、勇斗はバットを構え直す。

「悪いが、俺はもうおまえに近づくつもりはない。この距離でも、おまえを殺す手段はいくらでもあるのだからな」

 言うと、リールは両の手の平を勇斗に見せつけるように構え、手のひらの中心からから真っ黒で邪悪な闇色に染まった霧を勇斗に飛ばす。

 弾丸のように迫ってくるその攻撃に対して、勇斗は横に転がってそれをかわすのが精一杯だった。とてもじゃないが、霧を躱しながら近づいて、リールの胴体をぶっ叩く余裕はない。

「ククク、さて、どこまで逃げられるか見ものだな」

「そうはいかないよっ!」

 突然、その空間に響き渡った第三者の声。

 リールと勇斗は攻撃の手を止めて、同時に声の持ち主へと視線を向ける。

 視線の先の茂みの中では、サラがリールに向かって両手を突き出していた。

「いきますっ!」

 宣言すると同時に、サラの金髪のツインテールぴょんっ、と跳ねた。

「なんだと……?」

 戸惑いの声を上げたリールの体を、優しい光が包み込む。

「これは……? くそっ!」

 忌々しげに舌打ちをしたリールは、慌ててその場から脱出し、サラを睨み付けた。

「なるほどな。村の連中はまだ生きてるのか」

 そう言って、リールはサラに向かって、同じように両手を突き出す。その手から、サラの光とはまったく正反対の性質を持った闇の霧を飛ばした。

「サラっ! 危ないっ!」

 脳が考えるよりも先に、勇斗はサラを助けるために駆け出していた。

「勇斗! あの闇はアタシ任せて!」

 ホープの言う通りに、勇斗は懸命に手を伸ばして霧の進行方向にバットを割り込ませた。

 すると、霧と衝突したバットはその闇を己の内へと取り込んだ。

「へへん、アタシが本気出せば、こんなの屁でもないわ」

「ああ、すげえぜ。ホープ」

(これなら、もしかして……)

 すかさずサラの元へと駆け寄り、サラを守るように一歩前に立って、リールを睨み付ける。

「大丈夫か? サラ」

 背中越しのサラに話しかけるも、勇斗の注意はリールから逸らさない。

「うん、平気だよ。勇斗さんこそ大丈夫?」

「ああ平気だよ。そんなことよりも、さっき魔法で光を出したのはサラだよ……な?」

「モチロンっ」

「じゃあ、今度はその光をあいつじゃなくて、俺に向かって撃ってくれ。そうすれば後は、こっちでどうにかするから」

 勇斗はそれだけ言うと、額から流れる血を手で拭ってリールを見据える。リールも同じようにこちらの出方を窺いながら、威嚇するように睨み付けていた。

 リールの口数も減っていることから、さっきみたいに無駄口を叩く余裕がなくなったとみて良いだろう。それだけサラの登場――さっきの光の魔法が、リールにとっては脅威となり得るということだ。

「じゃあ、頼んだよ」

 勇斗の言葉に、サラは無言で頷いて、彼女は胸に手を当てて集中し始めた。

(何度も使える手じゃないし、そもそも本当にこの手段が有効なのかはわからない。だけど、俺はこの一撃に賭けるしかない)

 改めて気合いを入れ直し、勇斗はバットを構える。

 目の前にはこの騒動の元凶がいる。

 すべて終わらせるためにはその元凶を倒さなければいけない。

「――はっ!!」

 リールと勇斗は同時に大地を蹴って、お互いに距離を詰める。

 リールの爪が勇斗の頬を掠め、すかさず反撃をしてなぎ払う勇斗に対して、リールは腰を落としてかわす。

 お互いに一歩も引かぬまま、息をつく暇もないような攻防が続く。そんな攻防の中でも時折、サラの動きを警戒しているリールが、一瞬だけ勇斗から目を離するため、その隙を狙って勇斗が攻撃を仕掛けている。

 主導権は確かに勇斗が握っている状態だが、それでもリールは上手に勇斗の攻撃を受け流しているといった戦況が続いていた。

 そんな膠着状態を破ったのは、サラの可愛らしい声だった。

「いきますっ!」

「――っ!!」

 リールは悔しそうに呻くと同時に、自身に飛んでくるであろう光の魔法を予測して勇斗から距離を取った。

 その一瞬後、空間内にサラの魔法によって生まれた白い光が現れたが、その光が包み込んだのは、リールではなく勇斗のほうだった。

「……なにを」

 勇斗たちの不可解な行動が理解できないリールは、少し離れたところで状況の推移を見守ることしかできなかった。

 次の瞬間、光の中から、勇斗がバットを振り上げながら、リールに向かって飛び出した。

 リールはそれに気づき、すかさず勇斗へと詰め寄って、勇斗のがら空きになっている脇腹を抉った。

「――ぐぐっ。痛くねえ」

 あふれ出す自分の血液と襲い来る激痛に、思わず怯みそうになってしまう勇斗だが、全神経の精神力を込めて、怯むことなくリールへと迫った。

「ぐおおおおおおおおおお!」「死ねええええええええええ」

 勇斗とホープが同時に叫ぶと、勇斗の横っ腹から一層血が噴き出したが、勇斗はそれでも怯まない。

「……くっ」

 目の前まで迫っている勇斗に対して、リールは防御態勢が間に合わないことを悟り、歯を食いしばって、勇斗の一撃に備えることにした。

 リールの身体をしっかりとその目で捉え、勇斗は全身全霊の力を込めてフルスイングをおみまいしてやる。

 その時の感触は、ボールを真芯で捉えたときと同じような、確かな手ごたえがだった。

「……ど、どうしてだ?」

 勇斗のフルスイングを受けたリールは、その衝撃で吹き飛ばされることなかったものの、その場で二歩、三歩と後ずさりをして、戸惑いの声を上げた。

 すると、それが合図だったかのように、リールの上半身と下半身とが真っ二つに分離し、バランスを失った二つのパーツは力なく地面へと倒れ込んだ。

 二つのパーツの切れ目からは、サラが発動させた光の魔法と同じような光が漏れ出ている。

 下半身は瞬く間に塵と化して空気中に溶けていったが、上半身はしぶとく残り続けている。ただ、リールにはすでに反撃をするような力は残っておらず、出来ることといえばその口を開くことだけだった。

「な、なぜだ? いくら迷い人のおまえでも、俺を殺せるほどの力はなかったはずなのに……」

 未だに自分が敗北したことが信じられないといった様子のリール。

「ああ、上手くいってよかった。正直言って賭けだったんだ。さっきホープがおまえの黒い霧を吸収しただろ? それを見て思いついたんだ」

「…………」

「それに、どうやらおまえはサラの光を嫌っているみたいだったんでな。この二つをどうにか利用できないか考えたのさ。剣に魔法の力を纏わせて攻撃する魔法剣ってのが、俺がよくやっていたゲームの中に存在するんだ。もしかしたら、その原理が利用できるんじゃかってな。正直、成功するかは半信半疑だったけど」

 話を続けている間にも、リールの上半身はゆっくりと消失をしていき、すでに胸のあたりから下は消えてしまっていた。

「なるほどな。そういうことか。やられちまった。キャハハハハ。だがな、俺はおまえみたいな強い奴と出会えた。それに昔の友人にもこうして会えた。おまえたちは俺が悔やみながらこの世を去ると思ったか? 残念だったな。おあいにく様、俺は今最高の気分だぜ! ヒーハッハッハッハ」

「…………」

 無言のまま、勇斗はリールに近づき、リールの鼻先数センチのところにバットの先端を近づける。

「リール様!」

 新たな乱入者の声に、勇斗とサラがすぐさまそちらのほうに目を向ける。一方のリールは声の主がはじめからわかっていたかのように、ニヤリと笑っただけだった。

「ロッド、助けに来てくれたのか? と、言いたいところだが、まあ、そういうわけじゃなさそうだな」

 こちらに駆け寄ってきたロッドの近くには、他にもバジルにリンカ、アイナにリヒトもいる。その図を見て、リールも状況を悟ったようだった。

「おまえはそっちにつくのか? ずいぶんと薄情なんじゃねえか」

 ロッドはリールの顔の近くで地面に膝をつけると、リールに向かって深々と頭を下げる。

「私はあなたに感謝しています。私を解放してくれたのは、他の誰でもないあなたなのですから。ですが、私はこれ以上罪を重ねてはいけないと思いました。身勝手ですが、これからは別の道を歩かせていただきます」

 ロッドは、意志を込めた言葉で、はっきりとリールに向けて言い放った。

 リールはふっ、と鼻で笑い、目を閉じる。もはや首から下はすべて消滅してしまっているが、肩を竦める様子が目に見えるようだった。

「そうかい。おまえは俺に感謝してるのか……。おまえもせいぜい元気でやれよ。もう『杖』なんて、道具と同義の名前を名乗る必要もねえ。これからはおまえの好きなようにやればいいさ。それと、最後に迷い人よ」

「なんだ……?」

「俺が死ねば、おまえは元の世界に帰れる。なんでわかるのかって? 世界はそういう風にできてるんだよ。キャハハハハ! 俺は地獄で待ってるぞ。おまえらも早く来いよ!」

 その笑みを絶やすことなく、リールは笑い声を上げたまま完全に消失した。

 その瞬間、大地が大きく揺れ動き始めた。立っているのも辛いくらいの大きな揺れに、その場にいた全員があたふたとすることしかできなかった。

「な、何が起きてるってんだ……」

 揺れが止み、勇斗が驚きの声を上げると、リールがいたところにアリの巣ほどの小さな穴が開き、それが徐々に広がり始めた。

 瞬く間に、その穴は人が入れるくらいの大きさへと成長した。

「みんな逃げて!」

 勇斗の声が声を掛けると、その穴に呑まれないように全員が待避する。

 やがて穴は直径五メートル近くまで広がったところで拡大はストップした。

 ピークに達した穴はゆっくりと狭くなっていき、とはいっても、なんとか目に見えるほどの縮小ペースなので、このペースでいくならば、少なくとも一時間は穴が塞がることはないだろう。

「これは……?」

 既視感を覚えた勇斗は、そーっと穴へと近づいて、その中をのぞき込んだ。予想通り、その穴は底が見えず、どこまでも真っ暗な世界へと続いているようだった。

 それは紛れもなく、向こうの世界で勇斗が落ちた穴と同じ類のものだった。

「これに落ちれば、俺は元の世界に帰れる……」

 勇斗は独り言のようにつぶやいたが、その場にいた全員がその独り言を聞き取っていた。

「ひょっとして勇斗君、帰っちゃうの?」

 勇斗へと近づいてきたリンカが、愛らしいほどの目づかいを用いながら言った。

 女性の上目づかいに勝てる男性は、この世にはほとんど存在しない。勇斗もご多分に漏れず、リンカの上目遣いにたじろいだ。

 帰らないでこのままこの世界に居座る、と言ってしまいそうになる勇斗だったが、バジルがフォローしてくれた、

「リンカ、勇斗を困らせるなよ。勇斗にだって、勇斗の世界での勇斗の生活があるんだ。でもよ、もし機会があったら、また俺たちに顔を見せてくれよな」

 バジルは太い腕を勇斗の肩へと乗せられて、白い歯を見せて親指を立てた。

「ああ、もちろんさ。たった二週間程度の付き合いだったけど、ここでの出来事は絶対に忘れないからな」

「ねえ、勇斗君? ところでさ、私にバイクの乗り方教えてくれるって約束はどうなっちゃたの? もしかして、勇斗くんは約束破るつもりなのかなあ? まっさか、勇斗くんはそんなことしないよね? そんなかんたんに約束破ったりしないよね?」

 リンカは、ニコニコとしながら疑問文を繰り返して勇斗へと迫った。

「あ、あはは、そうだね。約束は守るよ。なんとなくだけど、また来られる気がするんだ。だから、それまでふたりとも元気でね」

「勇斗もな」

「勇斗君も元気でね」

 三人は笑顔を見せ合って、互いに拳を突き合わせる。まだまだ言葉は尽きないが、その行動だけでお互いの気持ちを理解させるには十分だった、

「私は勇斗さんにずいぶん迷惑かけましたね」

 今度は、リヒトが随分と汚れてしまっている法衣をはためかせて近づいてくる。その横には申し訳なさそうに俯いたままのロッドが付き添っている。

「いいえ……。とは、とても言えませんね。なんていっても、俺はリヒトさんには殺されかけたわけですから。でもまあ、リヒトさんには色々助けてもらったのも事実ですしね。あはははは。まあ、今となっては気にしてませんよ」

「それは何よりです」

「ところで、ロッドさんはこれからどうするつもりですか?」

 勇斗の問いかけに、ロッドは少し戸惑い気味な表情を浮かべるが、力強い口調ではっきりと答えた。

「私は今まで犯した罪を償います。そのためにも、これからは人を守るために生きたいと思います」

「そうですか……」

 勇斗は少し考えて、右手に持っているホープに目をやった。

「なあホープ。おまえの声は結局俺にしか聞こえないんだよな?」

「ええそのはずよ。けどちょっと待って。そっちの誰か、アタシの声は聞こえてる?」

「ロッドさん、今俺以外の声聞こえましたか?」

 ロッドは、気まずそうな表情で首を横に振った。

 その場にいた他の人たちは、金属バットに話しかけている勇斗を、可哀そうな人を見る目で見守っていたのだが、当の勇斗はその視線に気がついていなかった。

「まあ仕方ないか……。ロッドさん、この剣はですね。昔、人間の命を大量に奪った罪人なんですよ。だけど、これからその罪の償いをしたいらしいんです。本当だったら、俺が手伝ってやれればいいんですけれど、元の世界に戻らないといけないですし、そうはいかないじゃないですか。だから、ロッドさん、もしよろしければ、こいつの罪の償いを手伝ってやってくれないですか?」

 ロッドにとっては、わけのわからない設定を話しているかのように聞こえているのかもしれないが、それでもロッドは嬉しそうな表情で、勇斗の話に対して何度も首を縦に振ってくれた。

「よかったな、ホープ。じゃあ、ロッドさんこれを受け取ってください。って、これはサラの家にあったやつだっけか……。えーっと、アイナさん、ロッドさんに渡していいですか?」

 勇斗はちらりとアイナを窺うと、彼女は笑みを浮かべながら勇斗に向かって親指を立てた。

「うっ……、勇斗さんありがとうございます。私は私と同じような人間をふたたび生みださないように、頑張りたいと思います。ぐすっ……」

 勇斗がホープを渡すと、ロッドは愛おしそうにホープを抱きしめて、目から流れた涙を手の甲で拭った。

「ロッドさん、頑張ってください。俺、応援してますから。ホープも頑張れよ」

「うっさい! アンタに言われなくてもわかってるわよ。でも、アンタにはちょっとだけ感謝してる」

 久しぶりにツンデレっぽい声を発したホープが、恥ずかしそうに高い声で言った。

「リヒトさんも、どうかお元気で」

「ありがとうございます。勇斗さんこそお元気で。元の世界に戻っても、いろいろと悩みがあるかもしれませんが、あなたならきっと大丈夫です。でも、たまには人生に迷ってこっちの世界に遊びに来てくださいね。私は今度こそ、心の底からあなたを歓迎します」

「ありがとうございます」

 勇斗はリヒト、ロッドとお互いの手の感触を刻みつけるようにぎっちりと握手を交わした。

 リヒトの想像以上に大きい手と、ロッドの思ったよりも小さくて可愛らしい手の感触が、勇斗の手にしっかりと刻まれた。

「さて、お次は私たちの番ね」

 最後に、アイナとサラが勇斗に近づいてきた。

 いつも通り飄々としているアイナだが、その表情の奥にうっすらと淋しさのようなものが見え隠れしている。一方のサラは、サラはアイナの横に立って、唇を尖らせながら顔を伏せている。

「ほんの少しの間だったけれど、弟ができたみたいで楽しかったわ。もし、また来ることがあったら家に寄りなさい。それなりのもてなしはしてあげるわ」

「うん、ありがとう。アイナさん」

「私からは以上よ。あんまり長話するのは趣味じゃないのよ」

「ははっ、アイナさんは最後までアイナさんですね」

「…………」

 今度はサラへと視線を向けると、彼女は下唇を噛み、涙を流さないように必死に堪えているようだった。

「俺はさ、サラのおかげでさ……。リールが見せた夢からこっちに戻って来られたんだよね。サラがいなかったら、俺は今でも偽りの夢の中を満喫していたと思う。まあ、いきなりこんなこと言われても、サラには何言ってるんだって感じかも知れないけれど、俺はサラのおかげでこっちの世界に帰って来られたんだ。ありがとう」

 勇斗が頭を撫でると、サラは堰を切ったかのように目から涙をあふれ出す。

「勇斗さん……。ひぐっ、わたし……、泣いてないよ……? だって、約束したんだから、勇斗さんを元の世界に帰る手助けをするって……。ぐすっ……だから――」

 溢れる涙を手で押さえながら、必死に言葉を並べるサラ。

「そうだ! 俺、サラとひとつ約束してたことがあったよね。いやあ、すっかり忘れてたんだけどさ」

 わざとらしく言って、勇斗は後頭部を掻いた。

「ここに来た時に約束したよね? サラの髪を洗ってあげるってさ。俺はまだその約束を果たしていないんだよね。だからさ、その約束を果たすためにもう一度こっちにくるよ。そしたら、そのときにはサラの髪を洗わせてくれ!」

 勇斗が熱を込めながら言うと、それに反比例するかのように、サラ以外の全員の勇斗に対する視線が冷たくなった。

 その視線をひしひしと感じ取った勇斗は、自分の発言を思い返すと同時に、全員の視線がどうして冷たくなったかを一瞬で理解した。

「勇斗君って危ない人だったんだあ……」「うわあ……、アンタそれはちょっと……」

 視線だけでなく、リンカとホープからは冷たい言葉も容赦なく浴びせられた。しかも、大声で茶化すように言うのではなく、本気で引いてるようなトーンだったので、なおさら辛いものがある。

 あまりの罰の悪さに、もういっそのこと、このまま穴にダイブしてやりたい気持だった。

 サラはそんな勇斗の様子をきょとんとした表情で眺めると、たちまち笑みを浮かべた。目に溜まっていた涙は、サラ自身も気づかないうちに、いつの間にか止まっていたようだった。

「私、ここで毎日勇斗さんが来るの待ってる。だから、絶対また遊びに来てね」

「ああ、約束だ」

 勇斗とサラはそれぞれ小指を差し出し、それを絡ませる。

 誰が言い出したのかはわからないが、その行為は約束を交わす誓いの儀式。儀式を躱した以上は、約束を破ることは赦されない。

「っと、そうだ。最後にホープとちょっと話があるんで、ロッドさん、ちょっと貸してもらっていいですか?」

 ロッドはホープを持ったまま勇斗に歩み寄り、ホープを手渡す。

「言っておきますけど、ホープは本当にしゃべるんですからね。無機物と会話する可哀そうな人を見る目で俺を見ないでくださいよ」

 勇斗は一応の抗議の声を上げるが、一度ホープの言葉を聞いたサラ以外は信じている様子はなかった。

「でも……、確かに、前に私、その、ホープさんの言葉を聞いたことがあるかも……」

 サラが自信なさげに言うと、バジルがしみじみと、

「サラちゃんは優しい子だなあ。いいんだよ、勇斗の肩を持たなくても」

 と言って、サラの肩をポンッと叩く。

「周りの人間はいいから、さっさと要件を言いなさいよ。前にサラちゃんにアタシの言葉が聞こえたんだから、きっとそのうちみんなにも聞こえるようになるわよ」

 さっさと本題に入らない勇斗に対して、ホープが面倒臭そうに言う。

「ま、それもそうだな。えーっとさ、リールを倒したサラの光の魔法あったろ。あれって、人間には効果なくて、魔物とか魔族に対して効果があるものなんでしょ? でもさ、リールを倒した時、俺はもちろん、ホープもあの光を受けた。だけど、おまえは無事だった。それどころか、あの光を利用してリールをやっつけた。これって、おまえはもう完全に魔族じゃないってことだろ?」

「ええ、そうね……」

「あっ、でも、ホープはかなり昔に、魔族は入れないはずの結界を通って、この村にやって来てるんだよな……。じゃあ、そのころからもう魔族ではないってことか……」

 勇斗は一人で勝手に呟いて、一人で勝手に結論に達した。

「ふふっ、だけど、アタシが魔族だった時にしてきた罪が、それで消えるわけじゃないわ。だから、アタシはあの女といっしょに罪を償わないといけない――」

「……あれ? 今なんか女の子の声が聞こえたような……」

 突然辺りを見回したロッドが、不思議そうな顔で首を傾げた。

「ちょ、ちょっと! アンタ! アタシの声が聞こえるの?」

「あれ? また聞こえました。ひょっとしてこれが本当にしゃべっているのですか?」

 ロッドはホープを指差しながら、それでもまだ信じられないと言った表情で勇斗に問いかける。

「あはは、そうですよ。これで俺が無機物に話しかける可哀そうな人間じゃないってわかってくれましたか?」

 勇斗が笑いながらホープに言葉を返すと、

「ええ、ホントにびっくりしました」

 ロッドはようやく納得したようで、胸に手を当ててしみじみと言った。

 相変わらず、他の人間にはホープの声は届いていないようで、他のみんなは胡散くさそうな目を勇斗に向けている。

「さて、俺が可哀そうな人間じゃないのは、これからロッドさんに証明してもらうとして。俺はそろそろ行こうかな」

 勇斗はそこにいる全員を呼びかけ、別れの言葉を述べる。

「勇斗さん、ぜったいまた来てね……」

「勇斗くん、約束破っちゃ嫌だよ……」

 サラやリンカは涙を流しながら勇斗の声に答え、

「ふんっ、また遊びに来たら、そんときも力を貸してあげるわよ」

 ホープも表情こそ見えないが、声が掠れていたことから涙を堪えている様子が想像できた。夢の世界出会った、本来の可愛らしい姿のホープが涙を流しながら別れを惜しむ姿を想像して、思わず口元を緩めてしまう。

「それでは! 私、迷い人、日野勇斗は、これより元の世界に帰還させていただきます。こちらに帰ってくる日程は未定です。しかし、早いうちに戻ってくる所存であります」

 勇斗は敬礼のポーズを全員に向け、それからみんなに背中を向けた。

 目から溢れる涙を誤魔化そうと勢いよく走り出したが、結局堪えきることが出来ず、その涙を後方に流しながら穴の中へと飛び込んだのだった。

 重力が身体全体にのしかかり、勇斗の身体はどこまでも落ちて行く。この世界の果てを超えて、どこまでも……。

 勇斗が穴を通った瞬間、その穴は一瞬のうちに塞がってしまった。それはまるで、勇斗以外の人間を通すことを、世界が禁じているかのようだった。

 勇斗の居なくなった世界で、その場にいる全員が勇斗という存在の余韻を感じながら天を仰いだ。

 風が吹いて、葉が擦れる音が森の中に響く。それはいつも通りの、穏やかに満ちたレールの村の一幕だった。

 ――それから十分ほど後に、村の人たちが勇斗を助太刀するために、武器を手に持って現れたのだった。

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