4-22 防衛戦
「そんなんじゃ全然ダメよ」
トロルが振り下ろしてくるハンマーに対して、アイナは踊りを踊っているかのように華麗に回避した。
一瞬前までアイナが立っていた地面が、トロルのハンマーによって大きく抉れているのだが、アイナはそれを見てもまったく表情を変えることもない。
「俺たちの力を思い知れ!」「舐めんじゃねえぞ魔物どもが!」
村の男たちが、攻撃の反動で隙ができたトロルに攻勢をかけにいく。
「みなさん! いきますよっ!」
サラが男たちに向かって大声で叫ぶと、今日何度目かになる白い光がトロルの巨体を包み込んだ。光が消えると、トロルの巨体は後からもなく消え去っていた。
「はあ、はあ……、これでおわり……?」
辺りを見回しながら呟くサラは、大技連発と命がかかった戦闘ということで、精神的にも肉体的にも相当参っていた。
「ええ、サラ。これで終わりみたいね。よくやったわ。上出来を通り越して花マルをあげるわ」
アイナが慈しむような笑顔を見せながら、サラの金波ツインテイールの頭を優しく撫でた。魔法がいっさい仕えない戦闘ということで、アイナも相当に消耗しているはずなのに、その気配は微塵もみせない。
(やっぱり、お姉ちゃんはすごいな……)
そんなこんなで、みなで喜びを分かち合っていると、通りの向こうからふたりの人間が近づいてくるのが見えた。
何者かと一瞬だけ身構えたが、体の大きい男が、小柄な女の子をおぶっているということに気がつくと、村人たちは一様に安堵の表情を浮かべた。
「みんな無事?」
こちらに近づいてきたところで、バジルの背中に乗っているリンカが全体を見渡しながら聞いてきた。
「すいません、こっちも魔物掃討で時間食っちまいました」
申し訳なさそうに、バジルが前線で戦っていたメンバーに向かって頭を下げた。
「ねえ、二人とも、勇斗さん知らない? どこにも見当たらないの!」
サラはふたりへ駆け寄って、バジルへと詰め寄った。
「なんだと? あいついないのか!? まさか、ひとりで戦ってんじゃねえだろうな!」
バジルが心配そうに眉を寄せてした唇を噛んだ。
「勇斗君ならきっと大丈夫だよ。もう魔物は全部やっつけたみたいだし、みんなで探しに行こっか」
リンカはバジルの背中から降りると、サラと目線を合わせながら、金髪ツインテールの上からサラの頭を優しく撫でる。
「その必要はありませんよ。彼は今現在迷いの森にいます。ですが、一刻を争う事態でしょう。急いだ方がいいかもしれません」
「「「――――っ!!」」」
足音もなく背後から近づいてきたリヒトに、三人は思わず息呑んで身体を強ばらせた。リヒトから少し離れたところにはロッドが控えており、誰にも目を合わせないように俯いている。
襲撃の犯人であるロッドがどうしてリヒトと行動を共にしているのか、サラとしては気になったものの、それよりも今はやるべきことがある。
「それは本当ですか? それじゃ、早く行きましょう」
サラはいち早く勇斗を助けるべく、走り出そうとするが、それをリンカが止められた。
「サラちゃん、待って。あなたバイクに乗れるようになったんでしょ? 私の家に同じものが一台あるから、それに乗っていったほうが早いよ!」
「うん、リンカさん、ありがとう。でもどうして、そのことを知ってるの?」
「ふふん、前に勇斗君と練習してるのを見たんだよん」
「ははっ、そうなんですね。じゃあ、リンカさん、お借ります!」
サラはそれだけ聞いて一目散に走り出す。
妹の背中を見つめていたアイナは、妹を頼もしく思う気持ちといつの間にか遠くへ行ってしまったような寂しい気持ち、そして、彼女を心配する気持ちで見送ったのだった。
「リンカ! 俺らも行こう!」
「がってんしょうちだよ!」
サラの背中にバジルとリンカも続く。
「私も行きますよ」
さらにリヒトも続いて森に向かって走り出した。全力で走り始めた彼らの姿は、瞬く間に見えなくなった。
「ロッドさん、少しいいかしら?」
リヒトについていくこともせず、みんなから少し離れたまま俯いているロッドに、アイナが歩み寄って声をかける。
「アイナさん、私はどんな罰でも受ける覚悟はできています。それがこの村にしてきた仕打ちに対する罰なのですから」
ロッドは真剣な表情でアイナを真っ直ぐに見つめている。その瞳からは、嘘偽りのない誠実さを感じた。
「いいえ。私はこの村に対してあなたがしたことを赦します。建物とか施設はボロボロになりましたけどね……。結局、死人は出ませんでしたし、私は赦すつもりです。他の村の方には、一連の騒動にあなたが絡んでいることは、いっさい話していません。全員に真実を話すかどうか、そしてどうやって罪を償うかは、あなた自身が決めることです。他人が決めることではありません。まあ、その話は一旦置いておいて。今はそれよりも今はやるべきことがあるんじゃないかしら?」
アイナはすべてを包み込むような優しい笑顔でロッドに微笑みかける。
(きっと、シスターとはこういう人間のことを呼ぶのでしょう)
ロッドは思わず手を合わせ祈りそうになって、寸前で思い留まった。それをやってしまえば、間違いなくアイナから冷たい怒りを向けられるからだ。
「そうですね。私は勇斗さんを助け、あの人を止めます」
「それじゃ、私も行こうかしら」
ロッドとアイナも、続いて森に走り出そうとすると、
「勇斗の奴がピンチなんだって?」「俺たちが助けに行かねえわけにはいかねえよな」
村の人たちもボロボロの体で武器を掲げ叫んだ。
アイナはその村人たちの姿を見て、たった二週間程度でここまでこの村に馴染んだ勇斗を、とても誇らしく思った。
確かに村の人たちは、みんな穏やかでよそ者だろうが受け入れるだけの気概を持っている。だけど、ここまで馴染むようになったのは、きっと彼自身の人となりのおかげなのだろう。
「それじゃあ、全員で行きましょうか。ただ足の遅い人は置いていくから覚悟してね」
それだけ言うと、ロッドとアイナは全速力で駆け出した。二人はあっという間に村人たちと距離を離し、村人たちの目からは見えないくらいに遠ざかってしまった。
疲労と負傷、村人たちが背負ったダメージはそれぞれ大きく、残念ながら、連戦が続いたことで、まともに身体を動かせる人間はその場に残っていなかった。