1-7 アルバート家、夕食後の一幕
サラは台所から猫の絵柄が描かれた愛用のマグカップを持ってきて、それにミルクを注いだ。ミルクの入ったマグカップを手にして、勇斗がお風呂に行ったことで空いた席に座る。
それは普段と同じアルバート家の夕食後の光景だが、彼女たちが話している内容だけは普段とは違うものだった。
「これから勇斗さんはどうするのかな?」
サラはカップに口をつけて、口元に白いおひげを生やしながら言った。
「それは私たちが決めることではないわ。私たちができることは、彼がこの世界で、ある程度不自由なく暮らしていけるように手助けをすることだけよ」
「うん、そうだね……」
この世界に迷い込んだ勇斗がどのように考えているかはわからないが、もしかしたら明日にも彼との別れが来る可能性だってある。
せっかくこうして出会うことができた迷い人の勇斗が、すぐにいなくなってしまうかもしれないと考えると、自然とサラの声も小さくなってしまう。
「それよりも、明日は勇斗くんに村を案内するんでしょ。だったら、今日は早く寝なさい。もし寝坊したら、サラを家に置いて、私が勇斗くんに村を案内するわよ――」
「それはダメっ! 私が勇斗さんと約束したんだからねっ!」
アイナの言葉にサラはマグカップを机に叩きつけ、勢いよくテーブルから身を乗り出した。
「明日は絶対に寝坊しないから……。でも、もし寝坊したら、お姉ちゃん、起こしてね」
しゃべっている途中で、自身の寝坊癖を自覚し、自身ががなくなってきたのか、サラの語気がだんだん弱まっている。
「はいはい。わかってるわよ」
アイナはそんな妹にやれやれと肩をすくめて微笑んでみせた。
サラがどれほど迷い人という存在を待ち望んでいたかは、アイナが一番よく知っている。
(勇斗くんに渡した剣、もしサラがあんな代物が家にあったことを知っていたら、間違いなく持ち出していたでしょうね……)
だからこそ、アイナは勇斗に渡した剣の存在をサラには隠していたのだ。
普通の人には剣が抜けないので、あれ自体が危険な代物ではないが、やはり珍しいモノというのはそれだけで誰かに人目に付く危険が伴う。
よく見知った村人の中にサラを傷つける人間がいるとは思えないが、時折村に出入りしている商人に目を付けられないとは限らない。
だからこそ、サラの安全を考慮して、あの剣は本当に迷い人が出現するまでアイナだけの秘密にして、家の奥にしまっておいたのだ。