4-20 救いの手
「私は殺人鬼なんですよ。その後も、たくさんの人を殺めてしまいました。それでも、そんな私にリール様はいつでも手を差し伸べてくれます」
「その手を掴んで、あなたはこれからも人を殺し続けるのですか?」
リヒトは相手を諭すように優しく問いかける。
羽交い締めにしたまま拘束は続けているものの、ロッドが抵抗してくる様子もなさそうだったので、切っ先を向けていた短剣は、彼女の話を聞いている間に懐にしまった。
「私が苦しんでいる時に、何もしてくれなかったくせに偉そうなことを言うな! 勇斗さんだって、無残な私の姿の幻影を見せた時、私じゃなくて一目散にサラさんを助けに行った……」
ロッドは真っ赤な髪を振り乱して、悲壮な表情で涙を流しながら訴えるように叫んだ。
「私があなたと初めて会った時のことを覚えていますか? 私は村の外で倒れていたあなたをここまで運んできましたよね」
昔を懐かしむように、しみじみとした様子で語るリヒト。
改めて思い返すと、あれからまだ一年しか経ってないというのは、時の流れが速いやら遅いやら、なんとも複雑な思いだった。
「…………」
「ロッドさんの綺麗な赤い髪と、どこまでも悲しそうな赤い瞳に私は一目ぼれしました。だからこそ、私はその時、あなたに手を差し伸べたのですよ。いつかこの人の笑顔がみたいと思ったのは私の本心です。それと関係ないですが、ロッドさんの料理がまた食べたいというのも、私の嘘偽りのない本心です」
自分で言っていて、何を伝えたいのかわからない台詞になってしまったが、それでもロッドはその中の何かを感じ取ってくれた様子だった。
ロッドは諦めたような目をリヒトに向けて息を吐いた。
「……私が村の外で倒れていたのも、この村に侵入する作戦の一部だったとしたら、リヒトさんはどう思いますか? 私を軽蔑しますか?」
「別にどうもしませんよ。いまさら、あの時にあなたを助けようとしたこと自体を後悔するつもりはありませんから」
リヒトが事もなげに言うと、ロッドはこみ上げる気持ちを抑えるために唇を噛みしめた。
「リヒトさんは知らないかもしれませんが、この赤い髪は、決して綺麗と表現していいようなものではないんです。なぜならば、この赤い髪には人間の血が大量に付着しているのですから。以前、私がクリスと名乗っていたときはあなたと同じ銀髪でした。それがいつの間にか真っ赤な血で染まってしまったのです。
人を殺しすぎた私をあなたは愛せますか? 私はあなたの救いを受ける資格はありません。もう遅いの……。だって、私は今回と同じように村や町をいくつも滅ぼしてきましたのですから」
ロッドは、力なくうなだれると、瞳から涙をこぼした。
(ああ、やっぱりそうなのか……)
懺悔をするようにうなだれるロッドを見て、リヒトは彼女が求めているものの輪郭をぼんやりと掴んだ気がする。
おそらくは、最初に人を殺した時から引っ込みがつかなくなってしまっただけではないのだろうか。たとえ、相手が自分を虐げてきた人間といえど、殺人という行為に対する罪悪感は絶対について回る。人を殺すということは、殺した人間の人生をも背負っていくことになるのだから。
「最初からあなたは救いなんて求めてなかったのではないでしょうか。あるいは、ノービスさんたちから解放された時点で、あなたは救われていたはずなんです。あなたが本当に欲しいのは、自分を赦してもらうことではないですか?」
「…………」
「簡単に言いましたけれど、赦されるのはとても難しいことです。だって、自分をしてきた道を振り返って、その現実と向き合わないといけないのですから。その上で、赦しを請うために行動をしなければいけない。それに自分自身を赦せなければ、何も始まりませんが、それはとても勇気が要ることです」
「そ、それじゃあ、わたしは……」
ロッドはリヒトの袖を掴みながら、声を上げて泣き崩れる。
「あなたの言う救いは、罪から逃れることです。それはとても簡単なことです。でもそのために罪を重ねていては、いつまで経っても罪があなたを追いかけることでしょう。そしていつか、罪があなたを滅ぼすことになる。生粋の悪人ではない限り、罪を犯せば罪悪感に苛まれます。それが大きくなると、いずれ人は破滅へと向かう。結局、あなたはいつまで経っても本当の意味で救われることはありません」
「わたっ、わたしはぁ……、ぐすっ」
リヒトは膝をついて、泣き崩れているロッドの赤髪を愛おしそうに撫でた。
(臆病者の私には、やっぱり人は殺せませんでした。ですが、これでよかったのかもしれません。私も罪を犯さないで済んだのですから……)
リヒトの目を憚らず、声を上げて鳴き始めるロッド。リヒトは声を掛けることもなく、泣き止むまで黙って待っていた。
やがて、ロッドが泣き止み顔を上げる。
目が腫れぼったくなっていて、顔も赤みが増しているが、その顔は普段よりもスッキリしているように見える。
「ぐずっ、ゆ、勇斗さんのことですが……。彼は迷いの森でリールという魔族と戦っています。魔物の転送がなくなったということは、まだ勇斗さんが生きている可能性もあります。彼を、優しい迷い人を助けてください。私もできる限り、あなたたちに尽力するつもりです」
ロッドは流れる涙をごしごしと拭き取り、リヒトの手を借りて立ち上がる。
「それに村のみんなの様子が心配です。ロッドさん、まずはみんなのところに行きましょう」
「はい……」
瓦礫に埋もれて開きが悪くなっている扉を強引に開いて、黒い法衣を纏ったリヒトと、修道服を纏ったロッドは、魔物の気配を感じ取りながら村人たちが集まっている場所へと駆け出した。