4-17 決め球
両手でバットをしっかりと握りしめながら、勇斗はリールとの距離を詰める。リールはその場に待機して、勇斗を迎え撃つ態勢を整えている。
勇斗が間合いに入ると同時にバットを振り下ろすと、リールはその一撃を確かめるように右手を掲げて防御態勢に入った。
これまでは片手一本で軽々防がれていた攻撃だったが、夢の世界から脱出した勇斗の一撃ははリールの手首から先をバッサリと切断した。
手にしている金属バットに、それほどの殺傷能力があるのは勇斗自身も驚いたが、この金属バットはただのバットではない。ホープの魂が詰まったバットならば、このくらいの切れ味があってもなんら不思議なことではない。
「――な、なにっ!」
戸惑いの声を上げたリールは、それでも状況を冷静に判断して、後ろに飛んで勇斗から距離を取った。勇斗が放った追撃のフルスイングはむなしくも空を切ってしまう。
リールの本体から離れた右手は宙を舞い、魔物が消失するときと同じように空気中に溶けていった。
「なるほど、さっきとは別人のようだな。驚いたぜ。これがおまえの本気なのか……。だけどな――」
リールがどこか楽しげな様子で、千切れた右手首から新たな手が生えてきた。
「残念だったな。これくらいなら、こっちは簡単に修復できる。軟弱な人間とは文字通り身体の作りが違うんでな」
「それじゃあ、その本体ごと切り裂いてやらなきゃいけないってことか……」
「へへっ、果たしておまえにそんなことができるのかな?」
挑発するように両手を広げて、リールはふんぞり返って勇斗を見下ろす。
(そりゃあ、厄介なことになりそうだな。だったら――)
勇斗はちらりとリールの背後へと視線を移す。
(よしっ、今なら)
ポケットに手を突っ込んで、夢の中で手に入れた白球を取り出した。
「そいつを俺にぶつけようってのか? やれるもんならやってみろよ」
リールの言うとおりに勇斗は大きく振りかぶって、ゆったりと左足を上げる。次いで、弓を引くように右手を後ろに持ってきて、鞭のように右腕をしならせながら、リールを見据えて思い切り腕を振った。
「いっけえええええええええ!!」「あたれえええええええ」
白球が手から離れる直前に、勇斗とホープはその思いを白球に乗せるかのように叫び声を上げた。
魂の籠もった白球は、メジャーリーガーですらビビらせるようなスピードで、リール目がけて真っ直ぐに飛んでいく。
「ちっ、こいつは避けたほうがよさそうだな」
勇斗が放った白球の勢いに危機を悟ったリールは、舌打ちをしながら、勇斗から見て右手側へと移動した。
「残念、そっちに避けたか……」
勇斗が言うと同時に、勇斗が放った白球は急激に進路を変え、リールが避けた方向とは反対方向へとスライドしていく。
「クカカ、中々面白い仕掛けを用意しているじゃねえか。中々いい不意打ちだったが、二分の一を外してしまったみたいだな」
白球の起動を一瞥して、リールが感心したように呟く。
「そうでもないさ。元々、俺の狙いはこっちなんだからな」
「――なっ」
白球の進行方向の先にある「それ」に気がついたリールは、驚愕の声を上げた。
その声とともに、パリンッ、パリンッ、パリンッ、とガラスが割れるような音が三個分響き、白球の進行方向に一直線に並んでいた赤、緑、青のそれぞれの水晶がバラバラに砕け散った。
その瞬間、迷いの森を包んでいた異様な空気が消失し、結界の効力が完全に消えた。
さらに魔物を召喚して、村へと送りこんでいた二つの水晶も破壊したことで、これ以上魔物の増援が増えることはなくなったのだ。
「これが、俺が現役のときに決め球だったスライダーだよ。普通だったら三振を奪うためには、少なくとも三球投げる必要があるんだが、今回は水晶が三つ割れたんだから、ストライク三つ分ってことでいいだろ。よって、おまえは見逃し三振だ。これ以上魔物を召喚することもできなくなったわけだ」
「まさかそんな手で来るとはな。あ~あ……、これで俺が村の外に出るのが、めんどくさくなっちまったじゃねえか。まあ、村に入った時みたいにロッドに手伝ってもらえばなんとかなるか……」
水晶を割られたことに対して、リールはとくに動揺した様子を見せることなく、ただ面倒くさそうに自分の後頭部を掻いていた。
「さてと、まあ、確かにこれで魔物の増援はできなくなったが、おまえを殺した後で、俺自身が村を滅ぼせば良いことだからな。言っておくが、この場における形勢は何も変わってねえぞ」
「心配には及ばない。おまえを殺して、俺たちがサヨナラ勝ちをするんだからなッ!」
鏡を見ているかのように、二人は同じようにお互いに大地を蹴り上げて、その距離を詰めていった。