4-15 リールとエスドリッド
「なあエスドリッド、せっかく久しぶりに会ったんだ。お互いに、昔話でもしながらあいつの帰還を待つとしようぜ」
リールは、両手を広げながら気取って様子で告げると、おもむろにうつぶせで眠った状態の勇斗の上座った。
「アンタなんかに話すことなんてないわ。今すぐ勇斗から離れなさい!」
勇斗の隣で地面に転がっているホープが吐き捨てるように言うが、リールはまったく意に介した様子すら見せず笑みを浮かべている。
「クククク。どうやら、すっかり人間の味方になっちまったみたいだな。昔はな……、どっちが多く人間が殺せるか、って感じで、勝負して楽しんだこともあるっていうのにな。時が経てば変わるもんなんだな。くははは」
「そうよ。だからアタシは、自分の命を賭してもあんたも殺すの」
「くくっ、そいつは面白い冗談だな。ま、せいぜい勇斗が帰ってくることを願っているんだな。ヒャハハハハ」
愉快そうに大声を上げて笑うリール。
「さて、そっちから何か聞きたいことはないか? せっかくの機会なんだし、聞きたいことがあれば、直々に答えてやるよ」
少し黙っていたホープだが、それでもゆっくりとした口調で相手の様子を探るように言葉を発した。
「……アンタは、どうしてこの村を襲ったの?」
「くくっ、そんなことか……」
リールはつまらなそうに笑いながら、それでもホープの質問に答えてくれた。
「エスドリッドには、こことは別の世界を覗く特別な能力があったよな。才能と言い換えてもいい。まあ、そんな姿になっても、その力をまだ持ち続けているのか俺の知ったところではないがな。まあ、そんな感じで、俺にも最近――最近と言っても俺基準の最近だ。人間の基準といっしょにすんなよ、って、おまえにこんなことを言う必要はねえよな。
俺が目覚めた能力は、いつどこで迷い人が出現するか予測できる、というものだった。まあ、能力が身についた経緯とかはいちいち説明すんのもメンドイから省略するぞ。まあとにかく、
そんな能力に目覚めたくらいなんだから、この世界に出現する迷い人を殺して回れ、っていう神のお告げなんだろうと考えたわけよ。
この村に来たのもその一貫さ。迷い人を始末するっていう目的のためだけに、ロッドにはこの村に一年近く滞在してもらった。ロッドがその一年をどんな気持ちで過ごしたのかは知らない。まあ、迷い人が現れる周期なんてそんなもんだと割り切るしかないわな。時間的に一番近く迷い人が出現する場所が、ここしかなかったんだ」
「たった……それだけの理由で……村を――勇斗を潰すの?」
「クハハハ、今さら何を言ってやがる。魔族である俺にとって、人間の価値なんて無と同等なんだよ。だから俺は自分の力を活かすためにも迷い人を狩り続けるし、それに、迷い人ひとりだけ殺すなんて可哀そうだと思わないか? 一人ぼっちで逝くよりも、全員で逝ったほうが寂しくないだろうという、俺なりの気遣いだよ」
悪びれた様子のないその言葉に、ホープはバットの底で嫌悪たっぷりの表情を浮かべたが、金属の表面によって、リールまでその表情が届くことはなかった。
「んじゃあ、今度は俺が質問する番だよな。まあ、最初に聞いておきたかったことではあるんだが、どうしておまえはそんな奇妙な格好をしている?」
興味深そうにホープの身体を見つめるリールに対して、ホープはどこまで話すべきか考えてから口を開いた。
「昔、アタシはとある魔法使いの女性と出会ったの。魔法使いの中でもひときわ特別な力を持っていた彼女は、アタシを魔族という枷から解放し、迷い人を守るという使命をくれた。それから運命の糸に導かれて、アタシはこの村にやってきた。その運命は周り巡って、今はこうしてアンタの目の前にいる。きっと、ここでアンタを殺すために私は今まで生きてきたんだわ!」
「ひゃははは、それはいい。そういう話、俺は結構好きだぜ。ま、聞きたいことは他にもあるが、そろそろ現状の話に戻るとするか」
ホープの話に食いつくこともなく、リールはあっさりと話題を変えた。
「俺が勇斗にかけた魔法なんだけれどよ、あれの効果は知ってるだろ」
ホープがすでに知っているということを前提に、リールは勝手に話を進めていく。
「『ナイトメアエクスキューション』は、相手に悪夢を見せる魔法。いや、その相手によっては、悪夢ではなく吉夢となり得る。たまにいるだろ? 現実よりも夢の世界のほうが居心地が良いとか言ってるヤツってさ。そういうやつにとっては、さぞかし居心地のよい夢になるんだよ。とまあ、こんな感じだ。ところでよ、迷い人ってのはどうして迷い人って呼ばれているのか知っているか?」
「ええ、当たり前じゃない。馬鹿にしているの?」
「まあまあ、そう睨まずに答えてくれ。とはいっても、その格好じゃ睨まれているかどうかなんてわかんねえけどな。ひゃははは」
カチンと来るものがあったが、このまま答えないのも癪なので、ホープは普通に答えることにした。
「異世界から、この世界に迷い込んできた人間、それが迷い人でしょう?」
「ククク、大まかには間違ってはいないが、それじゃあ完璧な答えとは言えないな。五十点だ」
「は? 何言って――」
「迷い人ってのは、異世界に住んでいる人間が、ランダムに選ばれてこの世界に運ばれてくると思っているのか? 残念ながら、そうじゃないんだよ。迷い人ってのは、自分の人生や目的を見失って、自分の生き方を迷っている人間のことを指すのさ。その迷い人が迷い続け、元の世界ではどうしようもなくなったときに、この世界に迷い込むようになっているのさ」
完全に納得できる理論ではなかったものの、それに反論できるだけの材料を持ち得ないホープは、黙って話を聞き続けることしかできなかった。
「さて、ここらで話を本題に戻すか。さて迷い人である勇斗は、当然のことながら、その定義の通りに現実世界で自分の進むべき道を迷っていた人間だ。そして俺はそんな迷い人の勇斗に、夢という形で一つの道を指し示してやったというわけだ。さあ、暗闇の中でようやく答えにたどり着いた勇斗は、果たして甘美な夢の世界から抜け出してくるのでしょうか?」
ホープを挑発するように、両手を広げて天を仰ぎ見るリール。
「勇斗は絶対に帰ってくるんだからっ!」
それは根拠のない妄言に過ぎなかったが、ホープはそれでも勇斗を完全に信じていた。
――自分を受け入れてくれた勇斗なら、そんな馬鹿げた誘惑に負けるはずなどないのだから。
「ククク、さてどうだかな。じっくり待ってようぜ。まあ、その間にも村は壊滅へと進んでいくんだけどな」
座りながら地面に手をついているリールが、何気ない調子で口笛を吹くと、何もない空間からトロルが出現した。そして次の瞬間には、トロルの巨体は森の中から消えて、村のどこかへと転送されたのだった。