4-14 姉妹の戦い
「そんなんじゃ全然甘いわよ」
魔法が使えなくなったアイナだが、昨日と同じように彼女は前線に立ち、鞭を使ってトロルに容赦ない一撃を浴びせていた。
アイナの鞭はもちろん市販のものではなく、アイナが自分に合わせてカスタマイズしたものである。その鞭には、全面的に魔力によるコーティングがされており、武器としての効力をアップさせている。
魔力を込めるという行為自体は、昨日よりも以前に行っていたため魔力が切れている現在でも問題なく鞭を扱うことができる。
部屋の中に眠っていた鞭を取り出したのは久しぶりだったが、鞭に込められていた魔力は衰えていないようで安心した。
空では太陽が燦々と輝き、アイナたち、そしてトロルたちを平等に照らしている。
(お姉ちゃん、戦力にならないって言ってたけれど、思いっきり戦力になっているどころか、相変わらず主力なんだけれど……)
サラは魔物相手に怯むことなく鞭を降り続ける姉に対して、頼もしさと尊敬とちょっぴりの恐怖が混じった気持ちを抱いていた。
リヒトと別れた後、サラとアイナは村中を駆け回り、村人を病院に避難させた。昨日とは避難場所が異なるのは、昨日の襲撃で負傷者もたくさんいたので、その人たちを病院から学校まで避難させるわけにはいかなかったからだ。
病院を取り囲むように、サラたちはその防衛戦の前線に立っている。
その前線には昨日の戦闘で傷が浅かった男性十人ほどと、女性ふたりで構成されている。
ただ、この場で最も力を発揮していたのは、その女性ふたりであり、アイナという最強の助っ人とサラの活躍のおかげでこの場は優勢を保っていた。
(勇斗さんどこ行っちゃたんだろ……?)
今も魔物相手に立派な立ち居振る舞いを見せているサラだが、どうしても勇斗のことが気になっていた。
避難場所に着いていない人間は、他にもバジルとリンカがいるが、彼らは避難を呼びかけた時は河原にいた。その時は、あとから行く、と言っていたので、きっとそのうちやってくるのだろう。まだこの場にいないのは多少心配ではあったが、それよりも、避難を呼びかけるときに村中を回ったはずなのに、一度も出くわさなかった勇斗のことはもっと心配だった。
村中とは言っても、わざわざ人のいないところに避難を呼びかけても仕方がないので、サラたちが回ったのは、民家のある場所だけでだった。
もしかすると、迷いの森のように人がいない場所に勇斗がいるのかもしれないが、そこまで足を伸ばす余裕はなかった。
「サラ、ぼーっとしてる場合じゃないわよ」
気を抜いていたサラの目の前では、トロルがハンマーを振り回して、村の男たちを吹き飛ばした。
村の男たちもすぐさま立ち上がって、武器屋から持ってきた武器や農具を用いて、トロルの肌を刺すが、あまり効果は見られない。トロルはとくに怯んだ様子もなく、反撃をしてきた。
目の前に見えるトロルは、昨日学校に現れたトロルよりも、サイズ的には少し小さかったが、それでも驚異的な力を持っていることに変わりはない。
「サラ、いきなさい。私が教えた通りに、いつも通りにやればきっとできるわ」
「うん……」
いくら実戦といえど、その根底にあるのは授業で教わった通りのことでしかない。サラは姉に教わった通りの手順を忠実に守り、両手を胸に当てて、両の手の平に意識を集中させて、魔力を集める。
「…………」
さらに意識を集中させ、心臓の鼓動を感じながら魔力を練って魔法へと変換させると、両手にぼんやりと熱を帯びてきた。その熱はどこか神秘的で、サラの気分を穏やかにさせる。
「――えいっ!!」
気合いの一声とともに、サラは眼前の邪悪な生物に向かって、熱を帯びた手の平をかざしてやった。サラの手から放出された熱は、トロルを包み込む光へと変換された。
やがて、その光がゆっくりとトロルの巨体を溶かしていき、光が消失すると、トロルの巨体も一緒に消失していた。
「ええ、上出来よ。やっぱりあなたは私の妹だわ。もっと自信を持ちなさい」
「うんっ!」
姉から褒められるのは素直に嬉しかったが、それを手放しで喜べる余裕があるわけではない。
間近で別のトロルがハンマーを振り回しているということもあるが、何よりも、サラを暗闇から救い出してくれた「迷い人」の青年の安否がどうしても気にかかっているからだ。