4-6 本当の敵
教会の前で自転車を乗り捨てると、スタンドを立てていない自転車は地面にガシャン、と音を立てて転がった。
倒れた自転車に構う余裕もなく、勇斗が勢いよく両手で教会のドアを開けると、礼拝堂にある大きな十字架の前で、ロッドが跪いていた。今日のロッドは初めて会った時とは異なり、フードを被ってなかったので、灼熱のような真っ赤な髪が、勇斗の視界を焼くようにくっきりと見えた。
ロッドのほうも勇斗の存在に気づいたようで、立ち上がってこちらに向き直った。
「勇斗さん、どうしたんですか? リヒトさんに用事ですか? 彼でしたら、昨日から病院に行ったままこちらには帰ってきておりませんよ」
「いいえ。今日はロッドさんに用があってきたんです。俺、ロッドさんと初めて会ったあの日、魔物に襲われたですよ。あ、ええと、でも、言いたいのはそこじゃなくて……。えーっと、そん時に、俺はロッドさんが死んでいるところを見たんです。どうやらそれは、結局幻影だったみたいですけど……」
「――それで? 何が言いたいのでしょうか?」
ロッドは、口元に手を当ててくすっと笑う。
「えーっとですね。その魔物がロッドさんの幻影を見せたのは、ロッドさんのことを狙ってたからなんじゃないかと思ったんです。だから、俺は一刻も早くそのことを知らせに来たんです」
勇斗の言葉を聞き終えると、ロッドは口に手を当てて体を震わせ始めた。やがて、彼女は堪えきれなくなったのか、その震えが徐々に大きくなり口からは笑いが漏れ始める。
「えっ、ロッドさん、どうしたんです……?」
そのときの彼女の様子は、まるで人が変わってしまったかのようだった。勇斗は、目の前の穏やかだったはずの女性の様変わりに呆然とすることしかできなかった。。
「ふふふふふ、ねえ勇斗さん、あなたはとっても純粋な人なのですね。わたし、あなたのことが気に入りました。でも、いささか気づくのが遅すぎるんですよ。始めに言っておきますけれど、私は魔物に狙われてなんかいないですよ。それに関しては、確実に断言できるので安心してください」
口元を歪ませて、ロッドは優雅に一礼して見せたのち、衝撃の一言を発した。
「だってこの村に魔物を呼び寄せているのは紛れもない私なのですから!」
「…………っ!」
思わず言葉にならない声を上げて、勇斗は言葉を失ってしまう。
「本当は、あなたにあの幻影を見せた時に私に手を差し伸べて欲しかったんですけどね。だけど、それはいいでしょう。気に掛けていてくれたみたいですし、そのお礼として、今までの真実とこれから起きることを、特別に教えて差し上げますよ」
勇斗は信じられないという思いを抱きながらも、彼女の豹変からその事実が真実であることを受け入れて、唇を噛みしめながら一歩また一歩とロッドに近づく。
「これから迷いの森の廃墟で、昨日と同じように魔物の大群を召喚を致します。するのは私ではなくリール様です」
「――――――――――――っ!!」
勇斗の手に握られていたホープが驚きのあまり声を漏らしたのだが、勇斗はそれに気がつかなかった。
「どうしてっ!?」
勇斗は叫び声を上げながら、ロッドへと詰め寄って、彼女の肩を掴んだ
「『どうして』ですか? それはどうして今になって、真実を教えたかっていう意味ですか? それでしたら、実は元々迷い人を森の廃墟に呼び出すようにリール様に言われていたからですよ。まあ、本当は『魔物が出たー!!』なんて感じでの演技をしながら、あなたの家に押しかけるつもりでしたけど、せっかくなんで真実を教えることにしました。
それとも、どうしてあの廃墟で魔物を召喚するのかっていう意味ですか? そっちでしたら、あの場所は召喚ととても相性のいい場所なんです。勇斗さんだって、別の世界からあの場所に召喚されたのでしょう? つまりはそういうことです」
楽しそうに口元を歪めるロッドは、清楚なシスターの面影がいっさい失われていた。
「言いたいことはそれだけか?」
勇斗は、静かに怒りを押しつぶすように呟いた。
「うふふ、ここで私をどうにかしたところで、事態は何も変わりません。村を救いたいのなら、一刻も早く迷いの森に向かうべきですよ。確かに、リール様はあなたを待っていますが、別にあなたと会うのは、村を滅ぼしたあとでも構わないのですからね」
「くっ――、そうかい。じゃあ、急ぐことにするよ」
それだけ言って、勇斗は歯噛みしながらロッドから手を離し、踵を返して教会を飛び出した。
ロッドを放って置くわけにはいかないのだが、それでもリールという存在を止めることが最優先だろう。
地面に倒れていた自転車を立て直して、勇斗は一直線に迷いの森の奥を目指す。