4-4 静かな夜
勇斗が着替えを持って病院に戻ると、あたりは夕日を通り過ぎて、すっかり夜になっていた。
まずはサラの元に着替えを届けようと、サラの病室を訪れると、そこにはリヒトの姿があった。
「サラはまだ起きませんか?」
勇斗が問うと、リヒトは残念そうに横に首を振ってしたを向いた。
「駄目みたいです。アイナさんが万全だったら、サラさんに掛けられている魔法を解くことができたのかもしれないですけれど……。それにしても、この村で魔法を使いこなせるのはアイナさんと私とリンカさんだけだと思っていたんですけどね……。勇斗さん、魔法ってなんだと思いますか?」
突然ざっくりとした質問を返されて、勇斗は答えに困ってしまう。少し考えてはみたものの、どうせまともに答えられないろうと思って、素直に思っていることを伝えることにした。
「俺にはよくわからないです。自分で使ったことがありませんから」
「そうですね。治癒魔術なんていう例外もありますが、基本的に魔法は剣やナイフのような武器と同じものだと、私は考えています。いえ、魔法はもっと性質が悪いです。武器なんてのは、基本的に自分の思い通りに操ることができますが、魔法に関してはそうならないケースもあります。魔力が暴発して、自らの命を奪う危険だってありますからね。そういう意味で、アイナさんはすごいですよ。腕輪を使って、子供たちの安全に配慮をした上で魔法の訓練をさせているんですから。私は昔、魔法の練習の最中に何度も死にかけた経験があるんですよ。魔法の訓練ってのはそういうものなんです」
自嘲気味に口元を引きつらせるリヒト。
恐怖という感情は誰にとっても自然と表現できるものらしく、リヒトのその表情は、人工的な笑顔と比べると、とても自然なものに見えた。
「少し話が逸れてしまいましたね。その着替えアイナさんのところにも持っていくのでしょう? 私はサラさんが起きないかもう少し試してみます」
そう言うと、リヒトはサラの額に手を当てて、呪文のような言葉を呟いた。邪魔しちゃ悪いと思ったので、勇斗はサラの枕元に着替え一式を置いて、サラの病室を後にした。
続いて、アイナの病室に行くとアイナはベッドでぐっすり眠っていた。昼間に言葉を交わしたときからずっと寝ているのかは定かではなかったが、とにかくぐっすり眠っているようだったので、こっそりと着替えを置いて、アイナの病室を後にした。
本当ならば、こんな時でもなければ無防備な姿を晒さないアイナの寝顔を堪能したい気持ちもあったが、こういうときに限って彼女が突然目覚めそうな気がしたので、自嘲しておいた。
一通り役目も済ませた勇斗が病院の外に出ると、冷たい夜風が肌を撫でた。
昼間はかなりドタバタしていた病院周りだが、負傷者の収容も一段落ついて、今は閑散としている。
冷たい夜風を浴びながら、天に手を伸ばすかのように思いっきり伸びをする。まだまだ完全に気を休めることはできないが、ようやく一段落した気分になれた。
「――いたっ!」
突然、右肘に痛みが走り、その場所を見ると、思いっきり擦りむけて血が滴っていた。
「うっへえ、めっちゃ血出てる」
不思議なことに、意識してなかったときは痛みなんてなかったのに、擦りむいているという事実に気がついた瞬間、右肘から痛みを感じるようになった。
「それにしても、いつの間に……。ん、血……?」
その瞬間――コンマ一秒をさらに分割したような一瞬の時間に、脳裏に浮かぶ何かがあった。しかし、それは一瞬で勇斗の脳みそを通り過ぎてしまい、その輪郭すらおぼろげになってしまう。
それの正体を掴もうと頭の中を探っても、もやもやとしたものが邪魔をする。
「くっそ、何だったんだ……? 今のは」
勇斗はもう一度頭の中を探るが、やはり正体は掴めなかった。
(まあいいや。今日はもう疲れた。とりあえず、みんな無事だったわけだし、今日のところは戻って一眠りしてしまおう。疲れている身体じゃ、ロクになんにもできないしな)
月夜に照らされた道を歩いきながらアルバート家へと戻り、家に戻ると、勇斗はすぐにふかふかの布団に沈み込んだのであった。