4-2 満身創痍の彼女、世間話
その後、サラの病室を出た勇斗は、リヒトやバジルと別れてアイナが休んでいる病室へとむかった。
サラの病室から二つ隣の病室の扉を開けて、扉の向こうに視線を向けるとそこにはアイナがベッドで横になっていた。アイナの病室もサラの病室と同じくらいで、六畳程度の広さの部屋にベッドがあるだけである。
アイナは勇斗が部屋に入ってきたことに気づくと、ゆっくりと寝返りを打ってこちらに顔を向けた。
「おつかれ……、勇斗君」
どう考えてもアイナのほうが疲れているようなゲッソリとした様子で、アイナは力なく挨拶をする。その表情は、いつもと比べて覇気が薄れており、顔色も青白く染まっている。
「それはこっちのセリフだと思う。アイナさん、リヒトさんから聞いたよ。あんなことまで、できちゃうなんて、魔法ってのは本当にすごいですね」
勇斗が素直に称賛の言葉を並べると、アイナは満足そうに微笑んだ。しかしその笑みにもいつもと比べて元気がない。
「ふふっ、そうね。勇斗クンには黙っていたけれど、私って、実は特別な存在なのよ。だからこそ、あんな魔法が使えるのよ……、ふふっ、なんてね……」
冗談か本気なのかわからないような調子で軽口を叩くアイナ。冗談にも聞こえるが、彼女の場合はその言葉が冗談とは言い切れない、底知れない何かがある可能性が拭い去れないから恐ろしい。
「ところで、サラは無事かしら?」
「うん、まあ……、大丈夫だよ。今はゆっくり寝てる」
勇斗は言葉を濁し、アイナは本心を探るようにじっと勇斗を見つめた。
実際、サラは眠っているだけといえば眠っているだけだが、すぐに目を覚ます状態にはない。よって、決して無事とは言えない状態なのかもしれないが、これ以上疲弊しきったアイナに心配をかけまいと、勇斗はその事実を隠そうとした。
ぎろりとアイナが勇斗の瞳をのぞき込んできたので、自分の考えが見透かされていると思った勇斗は、思わず彼女から目を逸らす。
その反応でアイナは何かを悟ったようだったが、彼女はそれを口に出すことはなかった。
「そう。それはよかったわ……。ねえ勇斗クン、ちょっとお願いがあるのだけれど。家から、私とサラの着替えを持ってきてくれないかしら? 私はもう少し、ここで休んでるわ。それと着替えは居間のタンスに入っているからよろしくね」
「うん、オッケーだよ」
「ふう……。ちょっとだけ疲れたわ。少しだけ眠らせてもらえない?」
アイナは勇斗の返事を待たず、仰向けになって目を瞑った。
それを見た勇斗は、返事をすることもなくアイナを起こさないようにこっそりと部屋を出た。
病院の中は負傷者やその身内が押し寄せているせいで、廊下やロビーもこの前訪れたときよりもかなり手狭に感じた。
病院に運ばれる負傷者の怪我の程度は様々だが、医者の姿はどこにも見当たらない。
(そういえば、この病院の医者ってどこにいるんだ……)
今さらになって、そんな疑問が頭をよぎった。
前に病院に運ばれた時も意識を取り戻したら、すぐにアイナが迎えに来たので、医者に挨拶あいさつもせずに帰ったのだった。
この病院の主たる医者の姿を想像しながら、病院の外に出ると、そこにはリヒトが立っていた。緩い風邪が拭いて、彼の法衣が遠慮がちにはためいている。
「あっ、リヒトさん。ちょうどいいところに、何個か聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「なんでしょうか?」
リヒトは顔だけを勇斗のほうに向ける。
「この病院の医者はどんな人なんですか? 実は、俺はまだ一回も会ってないんですよね」
勇斗が言うと、リヒトは意外そうな顔をした。
「ははっ、一回も会ってないというのは嘘ですよ。なぜなら、今この瞬間、あなたはその医者と会話してるのですから」
「……えっ、まさか医者ってリヒトさん?」
リヒトの言葉を理解するまで少し時間がかかったが、答えにたどり着くと同時に勇斗は素っ頓狂な声を上げた。
「とはいっても、この建物の所有者は私ではありませんよ。元々はここの病院の責任者はサラさんの父親でした。サラさんの父親の話は聞いていますか?」
「なんとなくだけですけれど、その話は知りませんでした」
「そうですか。少し話が変わりますが、私の夢は人を救うことです。神父になったのも、人びとを救いたいという思いからです。けれど、医療という行為も人を救うものに他なりませんから、医学の勉強もしていたころもあるのですよ。そして、あの人がいなくなって、この村で医療の心得があるのは私だけになってしまいまいした。そんなわけで、私がこの病院を乗っ取って医者をやらせていただいているというわけです。もちろんアイナさんたちの許可は取りました。でも、私は常にこんな格好ですから、医者と名乗るより神父と名乗った方がしっくりくるでしょう。実際本業は神父ですし」
神父と医者というまったく接点がないと思っていた二つの職業だが、大きな視点で見ると、そんなところに共通点があるということに驚いた。
(そういえば、ゲームでも神父が毒の治療とかをしてくれるもんな……。いや、それとは違うか……)
脳内でノリツッコミを繰り広げていると、通りの向こうから、村の男たちに担がれて怪我人が運ばれてきた。
リヒトはすぐさま怪我人の症状を目で見ると、空いている病室のベッドに寝かせるように指示を出した。
「リヒトさんが忙しそうなので、俺はこれで失礼させてもらおうと思うんですけれど、その前にもう一つだけいいですか?」
「なんでしょうか」
「治癒魔法ってあるじゃないですか。それを使えば、さっき運ばれた怪我人だって、ぱぱっと治療できる気がするんですけれど……」
勇斗の質問に対して、リヒトは優しい笑みを浮かべる。その時のリヒトは、熱心に質問してきた生徒を、快く迎え入れる先生のような顔をしていた。
「ふふっ、中々いい質問ですね。いちおう私の名誉のために言っておきますけど、私が治癒魔法を使えないわけじゃないんですよ。ただ治癒魔法は万能のものではなく、結局のところ生物の自然治癒機能を高めるものでしかないのです。
わかりやすく言うと、治癒魔法というのは身体を無理矢理ツギハギしようとするものなのです。よって、治癒魔法を用いて急激に自然治癒能力を高めることは身体にとって無理を生じさせることになります。
初めのうちは、ツギハギの身体になんの違和感が生じないないかもしれません。しかし、そのツケはいずれ回ってきます。それに、治癒魔術を使ってばかりいると無茶することに抵抗がなくなるなんて副作用もあります。なんていっても、どれだけ怪我しても、治癒魔法によってその傷がすぐに塞がってしまうのですから。しかし傷が治ったと言っても、体にはダメージを蓄積することになります。だからこそ緊急の時以外は治癒魔術に頼らず、自然的に回復するのを待つ方が好ましいのです」
「じゃあ、サラが俺に使ったのは……」
治癒魔法に対する怖い話を聞かされて、実際に治癒魔法で身体を修復してもらった勇斗は、思わず身震いする。
「いえ、もちろん緊急時には迷わず治癒魔法を使うべきです。命あっての身体だというのに、身体に無茶をさせないために命を落とすなんてのは、本末転倒もいいところですからね。ちなみに、あの時勇斗さんが丸一日寝込んだのは私のせいなんですよ。治癒魔法がしっかりと効いているといっても、人間眠ることが一番の治療方法ですから、私が魔法で強制的に丸一日眠らせるようにしました」
「ははっ、それは心配かけてすみません。それじゃあ、最後にひとついいですか?」
「なんでしょう」
「やっぱりリヒトさんに俺を殺すというのは最初から無理があったんですよ。いくら村を救ったからと言っても、瀕死の俺に対して、そこまで気に掛けてくれているんですから」
「ふふふ、そう……かもしれませんね。でも、この村に魔物を送り込んだ元凶は、確実に葬らないといけない。そればっかりは躊躇うつもりはありません」
優しい神父様は決意を決めたような、少しだけ迷っているような、そんな顔をしていた。