3-13 彼女の力
勇斗たちが学校に沸いたトロルを消滅させる少し前のこと、迷いの森入口では、ゴブリンとゴミを掃除するかのように、リヒトがゴブリンの大群を蹴散らしていた。
リヒトは目の前に見えるゴブリンたちを光の中に閉じ込めて、この世から存在を抹消させる。最初のうちは屠ったゴブリンの数を数えていたものの、すぐにそれは諦めた。数を数える労力を少しでもゴブリンを消滅させるために消費しようと思ったからだ。
「まったく、大元は倒したはずだから、これ以上は増えないはずなのに……」
疲労もそれほど感じていないし、ゴブリン相手に遅れを取るなんてこともないが、如何せん数が多すぎる。ゴブリンを葬る単純作業と化してきて、リヒトは若干焦れてきた。
「さすがにうんざりしてきましたよ……」
この間にも避難所のほうでは、村人が魔物に襲われているのではないかと思うと、一刻も早くその場に駆けつけたい気分だった。
「アイナさん、まだですか?」
リヒトの背後では、アイナが集中力を高めるように、目を瞑ったまま胸に手を当てている。
「もう少しよ。少しだけ待ってちょうだい」
アイナが何をしようとしているのかはわからないが、それでもリヒトは彼女を従順に策に従っていた。
本来ならばこの場を放棄して、自分たちも避難所に駆けつけるべきだと、リヒトは思っているのだが、それを口にしないのは彼女を信頼しているからだ。
「リヒトさん、ありがと。もうイケるわよっ」
妖艶に笑みを浮かべたアイナを目の当たりにして、リヒトの背筋がぞくっと震えた。
「これは……」
アイナの周囲にうっすらと魔力の粒子のようなものが、漂っているように見えた。
錯覚なのかとも思ったが、それははっきりとアイナの周囲を渦巻いて、リヒトも含めた周りの生物に圧倒的な存在感を与えていた。
そのときリヒトに生じた感情は、そんな巨大な力を持っているアイナに対する恐怖ともに、圧倒的な力を有するアイナに対する尊敬の念だった。
「…………」
ゴブリンも、リヒトも、アイナの存在感に文字通り釘付けにされ、その場から一歩も動けなくなってしまった。
周囲のすべてが自分に注目している中で、アイナは目を瞑りながら両手を合わせると、彼女の周囲を漂っていた光がさらに輝きを増して、彼女の手のひらに集まってくる。
間もなくして、その粒子がアイナの両手に取り込まれると、彼女は妖精のように透き通った声で、呪文の言葉を紡ぎ始めた。
「天より集いし万物を構成せしものたちよ。
邪悪なるものを滅するため。
今、我に力を貸したまえ。
『ホーリーブラスト』!!!!!!!!!!」
アイナは合わせていた両手を離し、天に向かって両手をかざすと、手の平から放たれた光は線へと衝突した。
その瞬間、目を開けていられなくなるほどの目映い光が空間全体を支配し、すべての視界を遮った。
「な、なにが起きたの……でしょうか」
呆然とした調子でぼやいているうちに、徐々に視界を覆っていた光が薄くなり、視界が開けてきた。
やがて、リヒトが目を開けたときには、天から光の雨が降り注いでいた。白い雨はピンポイントでゴブリンの群れへと降り注ぎ、周囲に溢れていたゴブリンは、文字通り完全に蒸発した。
「ふふっ、これで……村に現れた魔物は全部やっつけたわよ……」
魔力を使い果たしたアイナはその場に倒れこみそうになり、リヒトは慌ててアイナの体を抱える。
リヒトが見る限り、アイナが生み出した光の雨雲はこの周囲だけでなく、付近の空一面を覆っていた。おそらくは、あの光の雨は村中に降り注ぎ、村に蔓延っていた邪悪な魔物を完全に滅亡させたと考えてもいいだろう。
「助かりました。どこでこんな魔法を?」
リヒトも魔法使いの端くれであり、自分が魔法を習得してから、様々な魔法と関わってきたが、これほど強力な魔法は今まで目にしたことがなかった。
「内緒よ……。ミステリアスな女ってなんだか素敵でしょう?」
アイナは、人差し指に指を当てて、穏やかな笑みを浮かべ眠りについた。
念のため、村に潜む魔物の気配を探ってみたリヒトだったが、やはりその気配は完全に消えていた。
(かつて、王都を騒がせた天才児……。その能力の凄さは知ってはいたが、まさかこれほどとは……)




