3-11 リンカ・エンカルシオンの戦い
学校の周りにも数多くの魔物が出現しており、それらの魔物はグラウンドのあたりに集まっていた。それは意図してグラウンドへと集めたというわけではなく、単純に魔物たちが開けた空間であるグラウンドを好んで、グラウンド側に寄ってきたという結果にすぎない。
それでも村人たちにとって、グラウンドという空間に魔物たちが集まってくれたのは、戦いやすくなるという点から考えると、僥倖と言えた。
魔物たちを構成している集団は、ゴブリンにオーク、体長が人間の身長ほどもある大ムカデ、さらに極めつけは人間の身長ほどのハンマーを振り回し、人間の数倍の体躯を誇るトロル、といった面子である。
対する村人たちは、男性約二十人が武器屋や倉庫から武器をありったけかき集めて、魔物たちに立ち向かっている。その中には男性だけではなく、リンカの姿もある。
腕力では村の男性たちには叶わないかもしれないが、リンカにはアイナから直々に教わった魔法の力がある。その力を存分に使って、魔物たちに対抗していた。
かつて、この村で魔法を使いこなせたのは、アイナとリヒトの二人だけしかいなかった。
リヒトは魔法に関して、達人と呼べるほどの腕前だが、魔法の力を村人に伝えるつもりはないらしい。以前、リンカがその理由を理由を聞いてみたところ、魔法が身を滅ぼすものであると理解しているから、そんな物騒なものを教えるつもりはないのです、と言っていた。
そして、もう一人の魔法使いであるアイナは、魔法の使い方を子供たちに広めることで、魔法が使える人間を育成している。
しかし、アイナがああやって魔法を教えるようになったのは最近のことであり、結局今現在、この村にいる人間の中で、アイナから「免許皆伝」を言い渡され、自分の判断で自由な魔法の行使を許されているのはリンカだけである。
魔法を習得中の子どもたちも、もしかしたら魔法の力を用いれば魔物にも対抗できるかもしれない。だけど、子供たちは誰一人として戦闘の場には立たせていない。中途半端な戦力はかえって邪魔になる上に、そもそもアイナの腕輪が装着されているので、そもそも魔法で対抗できるという前提が成り立たないからだ。
「はあ、はあ……。まだまだ……!!」
リンカはすでに、ゴブリン五匹、大ムカデ二匹にオーク一匹を葬っていた。
確実に数は減ってきているのは間違いないのだが、あまりにも数が多すぎるせいで、数匹仕留めたところで、成果が実感できない。
この魔物集団の中で、一番力を持っているのはトロルだった。
トロルが振り回すハンマーの衝撃を受け、戦闘している村人の約半数が負傷した。むしろ負傷で済んでことが、幸運といえるかもしれない。
村の男たちはとりあえず、トロル対しては深入りしないように決めて、ゴブリンのようなあまり力を持っていない連中から片づけることにした。
幸いなことに、グラウンドに集まった魔物たちは知能が低い魔物ばかりで、こちらの裏をかくようなことは絶対にしてこない。真正面からぶつかってくるだけだったので、こちらから仕留めることは困難でも時間を稼ぐくらいだったらなんとかなっていた。
(だけど、このままじゃ、ジリ貧になるかも……)
ギルもさっきまでこの場にいたのだが、リンカを庇った際に負傷してしまい、今は校内で治療を受けている。
「はっ――!!」
グラウンドの中央に立ったリンカは、両手を広げて四方に炎の球を飛ばした。
弾丸のようなスピードで飛んでいった炎の球は、ゴブリンに衝突すると同時に爆発が起き、周囲の魔物もろとも消滅させた。
十年前、リンカは自分が住んでいた町が襲われた時、逃げる惑うしかできなかった。両親をも見殺しにした。だけど、今のリンカには魔物を退けるだけの力が備わっている。
――あのころとは違うんだ。
すかさず、目の前のゴブリンへと一気に詰め寄り、右手の拳に冷気を纏わせ、ゴブリンの腹を目がけて拳を振り抜いた。
「ゴブッ!」
拳がゴブリンの身体を突き抜けると、ゴブリンの身体はあっさりと消滅した。
それを見届けて、リンカは膝に手を置きいて息を吐いた。
「はあ、はあ……、ちょっとしんどいかも。こんなんだったら、バジルみたいにちゃんと修行しとくんだったなあ……」
と、そのとき。
「――――えっ!!」
大きな影がリンカを覆い、頭上から注いでいた太陽の光を遮った。
敵の接近に気づいたリンカが、すぐに顔を上げると、目の前では今にもオークが斧を振り下ろそうとしていたところだった。
「――っ!!」
数瞬後の残酷な自分の未来を予想して、リンカは思わず目を瞑った。
もうだめだ。反撃する手段がない。
覚悟を決めたリンカだが、結局オークの斧がリンカの脳天に振り落とされることはなかった。
「…………」
恐る恐るリンカが顔を上げると、目の前にいたはずのオークは、胴体だけの存在となっており、首がなくなっていた。
ふと視線を下げると、オークの足元にはオークの首が落ちていて、踏みつけられたトマトように潰れていた。その隣には、オークの首を吹っ飛ばしたと思われるこぶし大の石ころが、真っ赤な血を付着させて転がっていた。
「リンカっ! 大丈夫か!?」
聞き慣れた声の方に目を向けると、でかい図体の幼馴染が巨体を揺らしながら、泣きそうな表情でこちらに駆け寄ってきた。
「ありがとうバジル。助かったよん」
リンカは右手でピースを作りながら言った。
「俺じゃない。勇斗だ。うしっ! 俺も負けてられないな。リンカは少し休んでいるといい。俺のかっこいいところ見逃すなよ!」
バジルはそう言って、彼の図体と同じくらい馬鹿でかい剣を手にとって、魔物たちのいる方へ走っていく。
バジルが来た方を見ると、そこにはリンカがあげたバイクと「迷い人」が立っていた。
リンカは勇斗に対して、申し訳なさから目を合わせることもできずにその場で立ち尽くすことしかできなかった。そんなリンカを見て、勇斗のほうからこちらに近づいてくる。
「無事でよかった」
勇斗は表情を変えることなく、リンカの肩をぽんと叩いて、バジルの方に行ってしまった。
「ちょ、まっ――」
制止を呼びかけるリンカの声は、勇斗の耳に届かず、彼の背中が遠ざかって行く。
(勇斗くん、どうして、私なんかを……)
嫌われているはずなのに。あんなひどいことを言ったのに。それでも勇斗はリンカのことを助けてくれた。
(勇斗くん、私……)
自分に対する情けなさから、涙が零れそうになったリンカだが、必死にその衝動を堪えた。