3-9 森の中の攻防
勇斗たちが迷いの森の前の入り口まで来ると、炎に包まれたゴブリン数匹がうめき声を上げて散っていったところだった。
「大丈夫ですか? アイナさん」
勇斗がアイナに駆け寄ると、アイナが右手を上げて応えた。彼女の横顔からはびっしょりと汗を流しており、疲労の色が窺えた。
「ふう……、ようやく来たわね、ふたりとも。待ってたわよ」
「とりあえず、状況を教えてください――」
と、問いかけたリヒトの眼前にゴブリンが迫ってきた。しかし、リヒトは眉一つ動かすことなく短剣を突き刺すと、ゴブリンはあっさりと消失した。
「とりあえず森の奥から魔物がやって来ているみたいだけれど、キリがないのよ。おそらくは森の奥に何かあるはずなのだけれど、この防衛ラインを突破されるわけにはいかないから、ここから動けない状況なのよ。勇斗くんとリヒトさんで様子を見てきてくれるかしら? 私は引き続きここで魔物を食い止めるわ」
自分かリヒトのどちらかがこの場に残って、アイナのアシストをするべきかとも考えたが、アイナが大丈夫だと言っているのだから、この場はアイナに任せるべきなのだろう。
それに、奥にどんな仕掛けが施されているかわからない以上は、やはり奥へと進む人員は多い方が良い。
「わかりました。それじゃあ、リヒトさん、行きましょう」
「そうですね。それではアイナさん。この場はあなたに託しました。決して無茶だけはしないで下さい」
リヒトは帽子に手を触れ、アイナに軽く礼をする。
「ええ。その言葉、そっくりそのままそっちに返してあげるわ」
余裕を見せるように口元をつり上げて、笑みを作って見せるアイナ。その笑みを見て、勇斗たちは森の中に足を踏み入れた。
舗装のされていない森の中の道を進んでいくと、そこは完全にゴブリンたちの巣窟と化していた。
「勇斗さん、一匹ずつ倒していてはキリがありません。目の魔の邪魔なヤツだけ倒してください」
「了解です」
走りながら、邪魔な障害物を蹴散らすように、リヒトは魔法で応戦し、勇斗はバットを一振りして、ゴブリンたちを塵へと変えていく。
奥に進むにつれて――サラと出会ったあの廃墟に近づくにつれて、ゴブリンの数が増えてきた。それでも目の前に立ちはだかるゴブリンに対して、リヒトと力を合わせて蹴散らせながら進んでいく。
ようやく廃墟へとたどり着くと、そこには数匹のゴブリン集団と、その集団を率いるように一匹のリザードマンの姿が見えた。
彼らは宙に浮かぶ赤と緑の二つの水晶を守るようにして立ちはだかっていた。
「なるほど。おそらくあの水晶が、魔物を呼び寄せているのでしょうね」
リヒトが二つの水晶を見つめながら、勇斗にしか聞こえないような声量で囁いた。
実際にこうして二人が立ち止まっている間にも、水晶の周りからゴブリンが沸き上がっている。
「とはいえ、邪魔な魔物たちをやっつけない限りは、水晶を破壊することは叶わないでしょう。そういうわけですので、私はゴブリンの集団を殲滅します。勇斗さんはリザードマンをお願いできますか?」
「わかりました」
まず、勇斗とリヒトはそれぞれ左右に飛んだ。次いで、リヒトが回り込むようにしながら敵の集団へと迫り、勇斗に目で合図してから奇襲を仕掛けた。
相手の集団が、リヒトの奇襲に目を奪われているうちに、勇斗も、その反対側から地面を蹴りあげてリザードマンへと迫る。
「シシシ、見えてるぜ!」
しかし、さすがにリザードマンを欺くことはできず、リザードマンの脳天目がけた放った一撃は、ヤツの棍棒で受け止められた。
「そんな見え透いた攻撃は、オレには通用しないぜ」
小馬鹿にするように言うリザードマンの横では、リヒトが小さく呪文のような何かを呟いたかと思うと、優しい光が生まれ、ゴブリンの集団を包み込んだ。
その光が消えてなくなると、光に包まれていたゴブリンたちも一斉に消えてなくなった。
勇斗は一旦リザードマンから離れようと後ろに飛んだが、リザードマンは逃がすまいと、すかさず距離を詰めて棍棒を振りかざした。
勇斗は下がりながらその攻撃を受けとめ、リザードマンは地面を蹴って跳躍する。
空中で一回転したリザードマンは、勇斗の背後に着地すると、勇斗の後頭部めがけて棍棒を振った。勇斗はすかさず、振り向きざまにバットを差し出して、それを受け流す。
――その時。
ボンッ、と小さな破裂音が鳴り、二つの水晶が砕け散る音が響いた。
「これで終わりですよ」
水晶を粉々に砕いたリヒトが、リザードマンに向けて言った。リザードマンは勇斗に気を取られていた自分の失態を悔いるように歯噛みして、リヒトを睨み付けた。
(――今だ!!)
今度は、勇斗から注意が逸らしたリザードマンに向かって、勇斗が思い切りタックルをかまし、地面に転ばせることに成功した。
「――ぐふっ!!」
そのまま地面に仰向けになったリザードマンの顔面にバットの先を近づけると、観念したかのようにリザードマンの全身から力が抜けた。
「勇斗さん、まだ殺さないでくださいね。聞きたいことがありますので」
怒気に顔を歪めたリヒトが、こちらへ向かって歩いてくる。
「誰ですか? ここにあなたを送り込んだのは?」
リヒトがリザードマンに向かって言うと、リザードマンはリヒトを小馬鹿にするように不敵に笑う。
「シシシ、言えねえな。だけど、いいのかい? こんなとこでのんびりしていて?」
「どういう意味だ」
勇斗は低い声で相手を威圧するように言って、バットの先端をさらに近づける。
「そこの神父が破壊した装置だがな。そのうちのひとつはこの場所に俺たちを召喚するためのものだが、もう一つは別の役目を担っている。それはな、ここに召還されたやつを村にばらまく装置だったのさ。かはは、残念だったな、お前たちが何をしようとも、すでにこの村は魔物だらけだ。ぐひゃひゃひゃ――」
勇斗は力の限りバットを振り下ろした。地面もいっしょに叩いてしまい、少し手が痺れた。
「リヒトさん急いで戻りましょう。どうやら、まだ終わってないみたいです」
リヒトは胸に手を当てて、目を瞑って自分の感覚に集中する。
「確かに、魔物の気配が村の中のあちこちに分散してる……。くっ、さっき気配を探ったときは、この森の中に固まっていたはずなのに……。とにかく、勇斗さん、急ぎましょう」
リザードマンが消滅するのを見届けて、ふたりは急いで森の出口を目指す。
「リヒトさん、さっきの光みたいなやつも魔法ですか? すごい威力ですね」
「あれは魔の瘴気を放っているものにしか効き目はありません。ですが、効果は見ての通りです。かなりむずかしい魔法ですが、アイナさんや、もしかしたらサラさんも、あなたを助けた時のように本来の力を解放すれば、使えるかもしれません。まあ、高位の魔物や魔族相手には、そもそもあの光をぶつけること自体がむずかしいのですが……」
「それでも、十分すごいです。でも悪い魔物には効果あっても悪い人間には効かないってことですよね。でもまあ、悪い人間をやっつけるのは別の魔法を使えばいいだけか……」
とくに意図した言葉ではなかったのだが、その言葉にリヒトは少しだけ眉をしかめた。
そこから、ふたりは言葉を交わすこともなく、一直線に森の出口を目指した。
入り口にたどり着くと、相変わらずアイナはゴブリンの集団相手に、一人で立ち回っていた。
「はあ、はあ……。アイナさん! 魔物は村中に散らばってるみたいなんだ。たぶんここ以外にも魔物出てるはずなんだ! とにかく、奥にあった装置を破壊したおかげでこれ以上魔物が沸くことはなさそうだから、村に散らばったヤツらをどうにかしないと」
勇斗は息を切らせながら、まくし立てるようにアイナに言った。
「勇斗くん、少し落ち着いて。散らばっているのはわかったけれど、村のどこに魔物がいるかはわかってるの?」
勇斗とアイナはお互いに顔を見合わせた後、合図をしたかのように隣にいるリヒトへと視線を移した。
「魔物は村の至るところにいるようです。おそらく、現在はこの村の中にいる人間の数よりも、魔物の数のほうが多いかもしれないくらいです」
淡々と答えるリヒトは、勇斗とは違って息一つ乱れていなかった。
「そう、わかったわ。勇斗くんは、まず学校に避難した人の様子を見てきてちょうだい。それからリヒトさんは、ここに残って私のフォローをお願いするわ!」
「わかりました! それじゃ、行ってきます」
勇斗は一度大きく深呼吸をして、ある程度が安定したのを確認して、再び駆け出した。
勇斗がいなくなったことで、この場にはアイナとリヒトの二人、さらにゴブリンの残党が残された。
「ふふっ、それじゃあ、大きいのを一発ぶちかますから、リヒトさん、その間は私のフォローをお願いね。少し集中する時間がほしいから、ゴブリンの残党処理はリヒトさんに託すわ」
「わかりました」
リヒトが森の中を見ると、茂みの中からゴブリンの黒い瞳がいくつも浮かび上がっていた。
大元を断ったとはいえ、森の中にはまだ多くの数のゴブリンが残っていることだろう。
「やれやれ、いくら数が多いとはいえ、ゴブリンごときが私の相手になると思っているのですか。自惚れもここまで来ると、逆に感心してしまいますね」
言うと同時に、リヒトの前に白い光が浮かび上がり、数匹のゴブリンが光の中に飲み込まれた、