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迷い人  作者: ぴえ~る
第三章 悪の手先
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3-2 彼らの過去

 勇斗は十五分ほどその場で立ち尽くし、様々な考えを巡らせていた。

 リンカが怒った理由。

 迷い人という存在。

 それらについて考えても答えは見つからず、怒気に歪んだリンカの顔を思い出すばかりで、気分が落ち込む一方だった。

 その間、ホープが話しかけてきたりもしたのだが、彼女が何を言っていたのかは覚えていない。どんな返答をしたのかも定かではない。もしかしたら、何も反応せずに無視していたかもしれない。それすらも定かではなかった。

 落ち込んだ気持ちを抱えたまま、勇斗はアルバート家に戻った。

 帰り道を歩いている間に、いつの間にか空は真っ赤な夕日に染まっていた。

 家に戻ると、サラが出かけてしまっていたようで誰も居なかった。

 昼間のうちにサラから玄関の鍵の隠し場所を聞いておいたことと、家の中に誰もいないことは勇斗にとって幸運だった。

 今サラに会ったら、自分の沈んだ気持ちが彼女に伝染して、彼女にも嫌な思いをさせてしまうかもしれない。

「…………」

 何もやる気が起きなくなっていた勇斗は、自分の部屋の隅に座って、ぼんやりと天井を眺めていた。

 あそこまではっきりと敵意を向けられたのは、勇斗にとって初めての経験だった。それも自分にとっては、まったく身に覚えのない事に対して敵意を向けられた。

 リンカはかなり取り乱していたが、それでも迷い人に対する憎悪が尋常ではないということだけは理解できた。そして、迷い人たる勇斗は彼女の敵意をどのように受け止めればよいのか、見当もつかない。

「勇斗が迷い人なのは不変の事実よ。だけど、その存在を拒絶されたからって、勇斗自身にに非はないわ。気にすることはないわよ。それに悪いのは魔物、全部あいつらが悪いのよ」

 ホープが優しく諭すようん口調で、勇斗に言い聞かした。

「気にするなっていうのは無理な話だよ。昨日まであんなに良くしてくれたリンカに、あんなふうに拒絶されたんだから。でもまあ、バジルならなんか事情を知ってそうだったし、とりあえずあいつに話を聞いてみるよ」

 それでもホープの言葉は、心の中にあった重い塊がゆっくりと溶かしていき、少し気分が楽になった。

 その時、玄関の扉が勢いよく開かれる音が聞こえた。

「ただいまー!!」

 相変わらず、弾むような調子のサラの声が家中に響き渡った。

 サラを出迎えに玄関へ行くと、そこにはサラとバジルが立っていた。

「よう勇斗。また会ったな」

 親しげな調子で右手を上げて挨拶をしてくるバジル。

 その気軽さで、勇斗は少しだけ気分が楽になった。

「バジルか、ちょうどよかった。俺もおまえにいろいろ聞きたいと思ってたんだ」

「バジルさんてば、なぜか家の前でキョロキョロしてたんですよ。かなり挙動不審だったんで、とりあえず連れてきました」

 サラが笑いながら言うと、バジルは照れくさそうに後頭部をポリポリと掻いた。

「ははっ、ゴメンねサラちゃん。とりあえず、勇斗に話をしておきたいことがあってな。でもさ、玄関をノックしたときに、アイナさんとかが出てきたら困るだろ?」

 何が困るのか、勇斗にはさっぱり理解不能だったが、そこを問い詰めるよりも、やらなければいけないことがあるので、聞き流すことにした。

「バジルさん。勇斗さんに用があるのはわかりましたけれど、とりあえず上がってください。お茶くらい用意しますから」

 バジルをリビングのテーブルまで案内し、勇斗とバジルが向かい合って腰をかける。

 サラはすぐにお茶を用意するためにキッチンに立った。

 お茶がやってくる前に、本題に入るのもどうかと思ったので、二人の間にはお互いの様子を見るようにして沈黙が流れていた。

 少しして、お盆にお茶をのせたサラが戻ってきた。

「さて、どう話したもんかな」

 湯飲みに口を付けて、バジルが困ったように首を捻る。

「ひょっとして、私はお邪魔だったりします?」

 勇斗とバジルの表情を交互に見て、サラは自分を指差した。

「いや、サラちゃんにも聞いてもらって問題ないよ」

 除け者にされなかったことが嬉しかったのか、サラは嬉しそうな表情をしながら、ゆとの隣に腰掛けた。

「まあ、今さらかもしれないが、事実確認も含めて言っておくな。リンカは迷い人を心の底から憎んでいる」

 言い切った後に、バジルは勇斗とサラの表情を交互に見た。そして二人が口を挟まないことを確認して話を続ける。

「そんなわけで、とりあえずは、どうしてリンカが迷い人を拒絶してるかってことから話していくか。そのためには、俺たちの過去の話をしないとな。リンカと俺はな、レールから北に行ったところにあるパラニアという町で生まれた。でも、その町は今から十年ほど前、地図の上から消えた。そこに住んでいた人もほぼ全滅だった」

「何があったんだ? 地図から消えるって、普通のことじゃないぞ」

 勇斗の問いに、バジルは一呼吸置いてから答えた。

「そりゃあ普通じゃないことが起こったからな」

 自嘲するかのように、バジルは口元を歪めた。

「それは迷い人が原因だ。そいつは、この世界に馴染めなかったのか、もしくは元々頭がおかしかったのか。動機はわからないが、とにかくそいつは魔物と契約したんだ」

 一旦言葉を呑んで、バジルはお茶を一口含んだ。勇斗とサラは膝に手を置いたまま、黙ってバジルの話に耳を傾けている。

「滅んだ直接の原因は魔物による町民の虐殺だ。もちろん、その町にも結界の進入を防ぐ結界が張ってあったんだ。だけど、ある日突然その結界が消えた。その隙にいっせいに町中に魔物がなだれ込んできた。俺は、いや、俺たちは、必死に魔物から逃れようと走っていたんだが、そのときに、魔物と楽しそうに会話をしていやがる迷い人を見た。その内容も一言一句違わず覚えている。『約束通り結界を破壊しましたよ。これで帰していただけるんですね』だとよ」

 バジルは、全身を震わせながら、一つひとつ当時の出来事を思い出しながら語った。

「そいつがそのあとどうなったかは知らねえ。魔物との約束通りに故郷に帰れたのかもしれないし、魔物に約束を反故にされて殺されたかもしれない。まあ、そんなことどうでもいいんだけどな」

 バジルは鼻を鳴らして肩を竦めて見せた。

「俺はリンカといっしょに町の外に逃げた。俺たちの親は、俺たちを逃すために魔物に立ち向かって死んだよ。そのあと、俺とリンカは町の外にいた商人に保護された。そして、その商人の馬車に乗って、この村にたどり着いたというわけさ」

 バジルは事の顛末を簡潔に述べ、口の中を湿らせるようにお茶を一口含んだ。

 勇斗は黙って聞いていたが、その隣のサラは、終始何か言いたそうに体を震わせていた。

「まあ、簡単な説明だが、そんなわけで、故郷を滅ぼされた恨みから、あいつは迷い人を恨んでるんだ――」

「でも! 勇斗さんはそんなことしないっ!」

 とうとう我慢できなくなったのか、サラはテーブルから身を乗り出した。

「そんなことは知ってるよ。付き合いは浅いが、俺もこいつに助けられたしな。信用できるヤツだと思っているよ。俺は故郷を崩壊に追い込んだ迷い人を今でも恨んではいるが、迷い人という存在自体を恨んでいるわけじゃない。勇斗もアイツも迷い人という点は共通しているかもしれないが、それでもまったくの別人なんだからな。リンカだって、そのことには気づいているはずなんだが……」

「なんか、色々とむずかしいね」

 勇斗はお茶を一口飲んでから言った。

「こんなこと言うのはおこがましいかと思うけど、リンカのことを悪く思わないでくれ。あいつは本当に明るいやつなんだ。おまえも昨日一日だけかもしれないけれど、いっしょに仕事してたんだからわかるだろ。あれが本当のあいつの姿なんだ」

 バジルはこれでもか、というくらい真剣な表情を浮かべながらテーブルに手を置いて、勇斗に頭を下げた。

「別に俺だって、リンカのことを悪く思っているワケじゃないからさ。とにかく頭を上げてよ」

 勇斗が言うと、バジルは申し訳なさそうな顔をしながらも顔を上げた。

「自転車の練習するって、リンカと約束したのにな……」

 勇斗は下を向いてつぶやいた。

「俺の方でなんとかしてみせる。せっかく同じ年くらいの友だちができたんだ。みんなで仲良くしたいと思ってる。きっとリンカも昨日、同じ事を言ってただろ?」

「ああそうだな。ったく、昼間は節操なしに『勝負だ。勝負だ』って言って、突っかかってきた人間と同じ人間のセリフとは思えないな」

「……っるせえよ」

 勇斗がからかうと、バジルが白い歯を見せて笑みを浮かべた。

「そうね、勇斗君。そんな理由があるんなら、倉庫の配達を続けるのは気まずいだろうし、明日からは、バジル君といっしょに村の平和を守る自警団として働いてちょうだい。最近何かと物騒だし、いろいろと警戒してちょうだい」

「「「――うわっ!」」」

 突然現れた第三者の声に、三人がいっせいに声のした方向を振り向くと、そこにはアイナが腰に手を当てて、こちらを見つめていた。

「えーっと、いつからいたんですか?」

 勇斗がおそるおそる尋ねた。

「内緒よ」

 アイナは人差し指を唇に当てるて、ウインクをしてみせる。

「別に内緒話をしていたわけではなかったので、いるのなら声をかけてくれればよかったのに……」

 バジルが言うと、

「あら、そうかしら。でもなんか、こっちの登場のほうが、なんかミステリアスな感じがして格好いいじゃない?」

 アイナは悪びれた様子もなく、そう告げたのだった。


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