2-19 迷い人という存在
「ちょ、ちょっと! リンカ? どうしてここに……? っていうか、なにすんだよ!?」
リンカに胸倉を掴まれている勇斗は、自分の置かれている状況がわからずに喚いた。
「あんたが迷い人ってホントなの!?」
リンカはものすごい形相で勇斗を睨み、感情の籠もっていない冷たい声で問いかけた。
「うぐぐ……」
首元をきつく締められているせいで、唇の端から涎が垂れ落ちた。質問を投げかけられているのに、呼吸すらままならない状態の勇斗はうまく言葉を発することができない。
勇斗の首を絞めている少女からは、誰にでも気さくで、すぐに仲良くなれるようなあの笑顔の面影はなかった。負の感情で覆い尽くされているリンカの顔は、まるで昨日一緒に働いていたリンカとは、別人のようだった。
「リンカ、やめろ! 勇斗は迷い人かもしれないけれど、あいつとは別人なんだ。今だって、俺を助けてくれたんだから」
「うるさい、うるさいっ!」
リンカは駄々っ子のように首を振ると、よりいっそう力を込めて勇斗の首を絞めに入った。
「うぐぐっ……」
どうしていいかわからない勇斗は、力任せに振りほどくこともできないでいた。
見かねたバジルがリンカの背後から彼女の両腕を押さえて、勇斗から引きはがす。
バジルに抱えられリンカは力なく下を向くいて、体中の力が抜けたようにバジルにもたれかかった。
「げほっ、げほ……」
地面に膝をついた勇斗は、喘ぐように空気を求めた。
「今日は助かったよ。俺はおまえに助けられた。とりあえず、今日のところはこれで失礼する。それじゃあな」
それだけを告げると、バジルはリンカに肩を貸しながら、勇斗に背中を向けた。
「リンカ帰ろう」
「…………」
無言で頷いたリンカは、バジルに連行されるようにして勇斗から遠ざかっていく。
少し離れたところで、リンカは振り返って勇斗を思い切り睨んだ。彼女の目は涙と狂気で真っ赤になっていた。
「帰れ、さっさと帰れ。それができないなら、さっさとここから消えろ。疫病神」
吐き捨てるように言ったリンカは、バジルに宥められて勇斗から顔を逸らした。
散々な目に遭った勇斗だが、不思議とリンカに対する怒りは沸いてこず、ただただ戸惑いの気持ちで一杯だった。
勇斗は、その場に立ち尽くしたままふたりの背中を見送ることしかできなかった。
(………………)
どうすればいいのかわからなくて、心にぽっかり穴が空いたような気分だった。
心の隙間を痛めつけるように強い風が吹き、勇斗の顔を殴りつける。