2-14 雨上がりの散歩
結局、ふたりはキッチンに立って四苦八苦しながら、形がボロボロのサンドイッチを完成させた。できるだけ簡単なものにしようとした結果、サンドウィッチを作ることになったのだ。
見た目はともかくとして、味に関しては具材を挟むという失敗する要素のないものだったため、とりあえず腹は満たされた。
昼が過ぎると、空一面を覆っていた雨雲は消えていき、空から晴れ間を覗かせていた。
せっかくの天気になったので、引きこもっているのも勿体ないと思った勇斗は、しゃべるバットが入っているケースをたすきがけにして、ひとりで散策に出かけた。
自転車で出掛けようかとも思ったが、雨のせいで地面がぬかるんでいそうだったので、徒歩で出掛けることにした。
散歩にはサラもついて来ようとしたのだが、やらなきゃいけない宿題を思い出したらしく、家に残って宿題に精を出すことにしたみたいだった。
「んじゃあ、まずはどこに行こうかな……」
何度か村の中は歩き回っているとはいえ、馴染みの場所などはそれほど多くはない。倉庫と教会と、あの森の中くらいだろうか。
とりあえずはと思って、倉庫に顔を出してみたが、倉庫の扉にはは鍵がかかっており、リンカもギルもそこにはいなかった。
勇斗は本能の赴くままに足を動かして商店街を超えた。
以前にも、こんなふうに益体と目的のない散策をした覚えがあるな、と思いながら道を進んでいると、空き地のような広場で見たことある人影を発見し、勇斗はその人影に近づいて声をかけた。
「おっす、バジル。なにしてんだ?」
それほど言葉を交わしていない相手に対して、ちょっと挨拶が馴れ馴れしいかなとは思ったが、丁寧すぎるのもどうかと思ったので、ちょっと距離を詰めてみた。
「むっ、なんだ?」
勇斗の挨拶に素早く反応したバジルは、すかさず振り向いて、両手で握りしめている大きな剣の切っ先を勇斗に向ける。
「……っ!! うわっ! 危ないなあ……」
「確か勇斗だったかな」
「うん、正解。ところで、なにしてんの?」
「見ての通り素振りだ。剣を新調したから少しでも手に馴染ませようと思ってな。おまえも少しやってみるか?」
相変わらず眉間に皺を寄せたままのバジルが、勇斗に大剣を差し出してくる。
「うわっ、重い……」
バジルから剣を受け取ると、勇斗の腕にずっしりとした重さがのしかかってきた。
しっかりと地面を両足で踏ん張って、打席に入ったときのような構えで、大剣を握りしめる。
一度小さく息を吐いて、気合いを入れてから、勇斗は大剣を振り抜いた。大剣の遠心力で足元がふらついたが、それでも勇斗は踏ん張ってこらえた。
「重いなあ……。なんか振ったというよりは振られたって気分だったよ」
ふう、と額の汗を拭って、勇斗は大剣をバジルに返した。
「それだけ振れれば十分だ。な、なあ……ひとつ、聞きたいことがあるんだが、聞いていいか?」
勇斗から目を逸らして視線を彷徨わせているバジルは、でかい図体に似合わず、体をモジモジとさせている。はっきりといってその様子はかなり不気味で、一種の恐怖すら覚えるほどに気味が悪かった。
「――おまえは、リンカのことをどう思っているんだ?」
バジルの唐突な話題転換に、勇斗は少し面食らったものの、彼の意図するところはなんとなくわかったので、素直に答えることにした。
「どうって言ってもなあ、昨日会ったばっかりだし、はっきりとしたことは言えないよ。とりあえすは、親しみやすい人っていう印象かな。あんまり女の子と話すのって得意じゃないんだけれど、リンカとは割とスムーズに最初から会話できていたと思う」
「じゃ、じゃあ、つまりは、恋愛感情はないんだな?」
バジルはでかい体を小さくしながら、内緒話をするように勇斗の耳元に寄って小声で聞いた。
「まあ、今のところはないかな。何回も言うけど、リンカとは昨日会ったばっかりだし、その質問はおかしいって」
「今のところは……だとッ!? じゃあ、いずれそうなるかもしれないってことかッ!?」
バジルが、犯人を問い詰めるかのようにずいっと勇斗に近けてきた。
ただでさえバジルは強面なのに、その顔面が間近に迫るとその迫力は凄まじいものがある。
「だ、だから、それはわかんないって。昨日会ったばっかりで、リンカのことだって、俺はよく知らないんだから」
「じゃあ、なにか!? リンカに魅力がないってのか?」
「そうは言ってないだろ。ああ、もう会話がめちゃくちゃだよ」
「ええい! 勝負だ、俺と勝負しろ!」
バジルが長い剣を振り回しながら言った。目の前で大きな剣を振り回された勇斗は、背中を向けてバジルから逃げるようにして距離を取った。
「ったく、危ないなあ……。勝負って、何すんだよ……。大食いバトルでもするのか?」
会話を成立させることを諦めた勇斗は、それでバジルの気が済むのならと、勝負するという提案に乗ってあげることにした。
「そんなわけあるか。男なら拳と拳もとい、剣と剣で勝負を、いや会話をしようではないか」
「おいおい、かっこいいこと言おうとしてるんだろうけど、勝負に至った経緯が意味不明なんだからな。っていうか、ちょ、ちょっと待て。もしかしてまさか、そのばかデカい剣振り回してくるんじゃねえだろうな」
気軽な気持ちで勝負を引き受けた勇斗だが、勝負方法を知らされて青ざめた表情になった。
二歩、三歩と、さらにバジルから距離を取って、いつでも逃げられる態勢を整えておく。
「当たり前だ。おまえだって己の剣を肩に担いでいるではないか。お互いの剣で、お互いの命のやりとりというのはどうだ? とてもシンプルな勝負になるとは思わないか?」
勇斗は回れ右をして、一目散にその場から逃げようとした。しかし、バジルがその姿を見て待ったをかける。
「というのは冗談だ。俺は誰かを守るときにしか、自分の命を賭けるつもりはない。決して今がそのときではないということは、ちゃんと理解している」
だったら、もっと他に理解することがあるのではないだろうか、と思った勇斗だが、誰かを守るために命を賭けるという言葉には感銘を受けた。
「なんかかっこいいな。それ」
バジルに向き直った勇斗が、素直に感心すると、バジルは小さな子供のような無邪気な笑顔で答えた。
「だろ」
笑顔を見せた後に、バジルは少しだけ照れくさそうに人差し指で鼻の下をこすった。強面だった彼の顔がくしゃりと歪み、人の良さそうな表情へと変化した。
「そうと決まれば、俺の家から訓練用の竹刀を持ってくるからついてこい。それで勝負しよう」
「それなら、まあいいか」
(竹刀なんて使ってことないんだけどな……。受けといてなんだが、そもそも勝負になるんだろうか……)
これまで野球一筋だった勇斗は、剣道なんて一度もやったことないし、竹刀を握った経験すらない。おそらくこの世界に来なければ竹刀を握ることなんてなかったであろう。
しかし、この世界に滞在している間に、またリザードマンのような魔物に襲われるかもしれない。いざというときには、自分の身を守るために、そして誰かを守るために、力が必要となるときが来るかもしれない。
だからこそ、剣術を身に着けておいて損はない。そう思った勇斗は、バジルとの勝負には間違いなく負けるだろうが、これを機会に少しでもバジルから剣術を学んでおこうと思った。