2-12 ほっと一息
森の中は相変わらず静かで、今聞こえるのは近くを流れている小川のせせらぎくらいだった。風もまったく吹いていない。
背の高い木々の葉が視界を遮っているせいで、空はよく見えなくなってしまっているが、もう少し時間が経てば、空一面が夕日で真っ赤に染められるだろう。
勇斗は自転車から降り、自転車を押していた。森の中は地面がデコボコとなっており、漕ぐよりも押した方が速いのだった。
「確か、このへんだったよな……」
勇斗がここにやってきた目的は、自分が見たロッドの生首が本当に幻覚だったのか確かめることである。
もし、あの生首死体が現実のものだったとしたら、仮にあの生首を誰かが処理してしまったとしてもどこかしらにその痕跡が残っているはずなのだ。勇斗が見た生首死体には、血の水たまりが出来ていた。あの水たまりの痕跡を完璧に消すのは、おそらく不可能だろう。
裏を返せば、その痕跡がなければ、あの生首死体は幻覚だったことが証明される。
道の脇に自転車を止めて、脇の草むらへと進入する。
「全然見当たらないよ……な」
自分の記憶を頼りにここまで来たが、周囲は血の一滴すら落ちていない。
幻覚だったという話を信じたい勇斗は、さっさと幻覚だったと結論を出して切り上げたい気分だったが、自分が本当に納得できるまで、もう少しこのへんを探してみようと、探索を続けることにした。
「ん? あれ、まさか……」
さらに草葉を分けながら、あたりの地面を捜索していると、緑色一色の草葉の中で一点だけ、赤い色が浮かんでいた。
心臓を鷲づかみされたような嫌な予感を覚えながら赤色へと近づいたのだが、それは血痕の類ではなく、真っ赤な髪の毛の束だった。
念のためと思って、その束を拾ってどかして地面を見てみるが、やはり血の一滴すら見つからなかった。
「これロッドさんの髪の毛? こんなところで散髪でもしたのか。って、そんなわけないか……。気にはなるけど、血じゃないってのは確かだな……」
その不自然さが気にはなったものの、近くに血痕が見られなかったため、勇斗はその場を後にした。
その後も、小一時間ほど探して回ったが、彼女の死体に関する痕跡はいっさい見つからなかった。
すなわち、勇斗が見た彼女の死体は幻であり、実際にこの場に血液が溜まっていたということもなかったのと考えることができる
「やっぱり、幻影だったってことだよな……」
だとしたら、ロッドは生きているということになる。
リヒトの言葉の裏付けが取れたことで、勇斗はようやくほっと一安心した。
内に眠っていたもやもやが晴れたような気分で、勇斗は自転車が止めてあるところまで戻り、今度は自分が滞在しているサラの家へ向けてペダルを回し始めたのだった。
心なしか、森の中に入るよりも、その足取りは軽くなっていた。