2-11 お仕事終わり
配達を終えた勇斗は、自転車でリアカーを引きながら倉庫まで戻った。
倉庫に戻ると、木箱の上に腰を下ろしていたリンカが、ジョッキほどの大きさのグラスいぱいに注がれていたミルクを口に運んでいた。
「ぷは~っ、仕事の途中に飲む一杯は最高だねえ~」
ミルクを一気に飲み干したリンカが、オヤジ臭く息を漏らす。手にしているのがミルクではなくビールだったら、間違いなくおっさんの仲間入りだろう。
「ただいま。戻ってきたよ」
勇斗は右手を上げてリンカに呼びかけると、勇斗の帰宅に気づいた彼女は、近くの木箱にジョッキを置いて駆け寄ってくる。
スパッツにTシャツという健康的な格好と、口元から垂れている白いミルクが勇斗にあらぬ妄想をさせたが、すぐさま勇斗は、そんな邪な妄想を振り切った。
「おかえり、勇斗君! 勇斗君も、よければ一杯どうだい?」
「ん? いや、俺はやめとくよ。ミルクってあんまり好きじゃないんだ」
勇斗はあらぬ妄想のせいで、自分がだらしない表情を浮かべていることに気づき、すぐに表情を正した。どうやらリンカには気づかれなかったようだ。
「駄目だよ~、そんなんじゃ大きくなれないよ。こうグイッと一杯どうかね?」
酒の席で絡んでくる性質の悪い上司のよう感じで薦めてくるリンカ。もちろん酒の席も、性質の悪い上司とのやりとりもどちらも勇斗は未経験なので、あくまで想像上のものである。
「小っちゃい子供じゃないんだからさ。それに、また仕事中でしょ」
「ん、今日はこれでお仕事はおしまいだよ」
「え、もう終わりなの?」
「まーね。一日中働いてても仕方ないでしょ」
勇斗の世界で、仕事をするということは、真っ暗になるまで汗水垂らして働いて、夜は疲れ果てて帰ってくるというイメージがある。どうやら、この世界ではそもそも労働に関する価値観が異なっているのかもしれない。
「私はもう少し整理があるから、少し残っていくけれど、勇斗くんは今日が初出勤だったんだし、のんびり家で休みなさい。これは先輩からの命令だ!」
手伝おうか、と提案しようかとも考えたが、ここは上司の命令を素直に聞き入れることにした。
「了解です。そうだ。ちょっと自転車借りていい?」
「いいよ。どうせ勇斗君以外には、あれに乗れる人いないんだし、実は私の家にもう一台あるんだよね。そういうわけだから、勇斗くんがさっき乗っていた自転車は、お近づきのしるしということで、勇斗くんにプレゼントしよう。ただし、その代わり今度私に自転車の乗り方を教えてね」
「ホントに。そりゃあ、めっちゃ嬉しい。乗り方なんて、俺で良ければ、いくらでも教えるよ」
「にゅふふ、ありがと、勇斗くん。それじゃあ、また明日ね」
「うん、おつかれー。また明日」
リンカに別れを告げ、勇斗は自転車に跨った。
(帰る前に、あそこに寄ってみようかな……)
ペダルを漕いで向かった先は、サラと出会い、そしてリザードマンにボコボコにされたあの森だった。