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迷い人  作者: ぴえ~る
第一章 異世界
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1-2 サラ・アルバートの日常

 サラ・アルバートは学校から帰って間もなく家を飛び出して、今日もいつもと同じように自宅の裏にある小さな森の奥を目指して歩いているところだった。

 白いシャツにミニスカート、黒いソックスという、森を歩くにはあまり馴染まない格好だ。

「今日こそ、いるかな……」

 彼女がこうして毎日のように森へ通っている目的はひとつだけだ。それは、森の中にある廃墟に現れるという「迷い人」に会うためである。

 「迷い人」とは、その名の通り、別の世界からこの世界に迷い込んでくる人間のことであり、その迷い人がこの森の奥に位置する廃墟に現れるという言い伝えがあるのだ。

 ――そう、所詮は言い伝えだ。

 だけど、サラはその言い伝えを信じていた。この世に生を受けてから十年経つが、ここ二年間は毎日のように、廃墟に訪れて迷い人を待ち続けていた。

 サラが今いるこの森は、迷い人が迷い込んでくる森という意味で、迷いの森と呼ばれている。それほど大きな森ではない上に、ほとんど一本道なので一度入ったら出られない森という意味合いはない。

 手提げのバッグをぶら下げて、リュックを背負ったサラは森の奥へと進んでいく。

 手提げバッグの中には衣服詰まっており、いつかこの場所に迷い人が現れたとき、自分の用意した服を着てもらおうと、姉のアイナに手伝ってもらって用意したのだ。

 迷い人が男性か女性かはわからないので、どちらの性別の迷い人が現れてもいいように、両方の衣服を用意してある。

 リュックに関してはサラの私物が詰まっている。廃墟で何もせずに佇んでいても仕方がないので、時間を有効活用するために、姉から借りた本や学校の宿題なんかが詰まっている。

 森の中は殺風景で、どこまでも同じ景色が続いている。道の脇に外れると雑草が伸び放題だが、サラが通い詰めたおかげで地面から伸びる道はしっかりと踏み固まって歩きやすくなっている

 サラが住んでいるこの村は、レールという人口百人ほどの村で、人口の割に村は広い。山と森に囲まれていて、よく言えば、自然に囲まれている。悪く言うと何もないところだ。

 サラは肩口まで伸びた金色のツインテールを揺らしながら、慣れ親しんだ森の中をゆっくりと歩く。しばらく同じような風景を見ながら進むと、ある地点で立ち並ぶ木々が消え、開けた空間に躍り出た。

 ――この場所こそが、サラの目的地である。

 この場所には、ボロボロに風化した建物が立ち並んでいる。

 かつてはこの場所に人が住んでいたと言われているが、廃墟に立ち並ぶ石造りの建物の天井は、そのすべてが完全に崩れ落ちてしまっており、人が住めるような状態にはない。

 そもそもにおいて、風化して一部が削られてしまっているとは言え、どの建物もこぢんまりとしていて、健在だった時でさえ、本当に人が住んでいたかどうか疑わしいところだ。

 廃墟の周辺を五分ほど掛けてゆっくりと回ってみるが、本日も見慣れた風景が広がっているだけで、これといった異常は発見されなかった。

 もちろん、サラの目的である、迷い人が現れている形跡も見当たらない。

 強いて言えば、建物の一つの柱がぽっきりと折れていたのが目についた。しかし昨日来た時、この柱が折れていたかどうかは覚えていないため、異常として認識することはなかった。

 サラは迷い人を迎えるためにこの場所に来ているため、廃墟に広がっている数々の建物自体に興味を持ったことは一度としてない。

 専門家が見れば興味をそそられるような歴史ある建物たちなのかもしれないが、この建物群に関する価値などサラには知る由もないし、知りたいとも思えない。

 サラは建物の一つに寄りかかり、荷物を地面に置いて、その場に腰を下ろした。

(今日は何をしようかな……)

 もちろん、サラの一番の目的は村の誰よりも迷い人を迎えることだったが、この廃墟に漂う退廃的な雰囲気も気に入っており、それを味わうということも、ここにやってくる目的の一つとなっていた。

 リュックから一冊の本を取り出し、一ページ目を開いた。

 そこに記されているのは、この世界の出来事や仕組みを簡単にまとめたもので、この本の序文にあたる。

 ざっと目を通すと次のようなことが記されていた。

 この世界の名前はルードルフ。魔物が溢れるこの世界では、古くから魔物やその上位種である魔族と、人間による抗争が絶えなかった。人間は古くから武力や魔法という手段で魔物や魔族からの襲撃を凌いでいる。

 町や村などの集落は結界と呼ばれる魔法で守られており、魔物だけでなく魔物よりも力を持っている魔族の侵入も防いでいる。結界は目に見えないものだが、町を取り囲むように張り巡らされている。

 結界は人びとが集落を形成した時期からいつの間にか使われていたものであり、結界の効果や範囲については解明されているが、その仕組み自体は未だに解明されていない。

『町があるところに結界があるのではなく、結界があるところに町があるというわけだ』

 その一文を最後に結界についての説明は終わっていて、次は近年の魔法の使われ方についての説明が載っている。

 魔法の力は元々一部の人間の魔法使いと呼ばれる人たちしか使えなかったのだが、最近では自分を守る武力として一般にも浸透してきている。

 これは魔法が学校教育の中に組み込まれるようになったためである。この田舎でも数年前から、サラの姉のアイナが教師となって魔法の授業を行っている。

 魔法教育の中では、魔法の使用方法だけでなく、より有意義に魔法を使うためのモラルなんかも教えている。

 さらに、魔法教育を施す上で、生徒には授業以外での魔法の使用を固く禁じている。

 大人の目の届かないところで、子供が魔法を使うことに様々な危険が伴うと判断してのことだ。

 ゆえにサラも、授業では魔法を使用しているものの、授業以外での魔法の行使を禁止されている。サラの場合は、というかこのレールの村の学校に通っている生徒たちの場合は、授業以外での魔法の行使できないような措置を施されている。

 そのまま、しばらく本を読み進めたサラだが、少し眼が疲れてきたので、いったん目を瞑って手に持っている本を閉じた。

「はあ~、会ってみたいなあ迷い人さん……。ここじゃない世界ってどんなところなんだろう……?」

 サラは膝を抱えて、地面に視線を向けたまま呟いた。

 決してこの世界やレールの村での生活に不満を抱いているわけではない。しかし、自分の知らない異世界というのがどんなものなのかということにかなり興味があったし、もしも迷い人がいい人ならば友だちになりたいと思っていた。

 しばらく自然に浸りながら迷い人の登場を待っていたサラだったが、この日も結局迷い人が現れることはなさそうだった。

 お腹から可愛らしい音が鳴り、夕飯の時間が近いことを告げている。見上げると、空がいつの間にか赤く染まっていた。

 間もなくすると暗闇が支配するようなことになるだろう。

 森の中は、人工的な明かりがなく、夜になるとほとんど何も見えなくなるため、いくらここまで一本道といえど、完全に夜になるまでここに残っているのはあまりよろしくない。

「う~ん、そろそろ帰ろうっかな。遅くなるとお姉ちゃんに怒られるし……」

 本日もいつものように何事もなく一日が過ぎ去ろうとしていた。

 毎日こんな調子なので、落胆も少なくなってきた。何もないのが当たり前なのだ。ここに通い詰めているのも、いつしか惰性のような感じになりつつあった。

 迷い人は所詮伝説であるということを、どうやら受け止める時が近づいてきているのかもしれない。

 そろそろ潮時かもしれない。いくらサラが望もうと、そんな簡単に伝説が起きることはないのだ。

(そろそろ、ここに通うのもやめようかな……)

 空の色を反映するかのように暗い気持ちが沸いてきて、そんな考えが過ぎった。

 ――その時だった。

「……ん、あれはなんだろ?」

 ちょうどサラの真上の空間が、蜃気楼のように歪んでいた。

 何か嫌な予感を感じたサラは、その場から一歩引いて、注意深く蜃気楼の様子を眺めていた。

 すると、今度は歪んだ空間から突如叫び声が聞こえてきた。

「ちょ!? これマジヤバイって! いや、ヤバいとかいう次元じゃない! っていうか、俺どうなっちゃうの!? このまま落ち続けるの? 地面にぶつからなければ死ぬことはないんじゃないのか? いやいや、餓死とかで死ぬかもしんない」

 声の高低から判断するに、その叫び声の主は男の人だろうと考えたが、そんなことよりもその叫び声にサラは恐怖を覚えた。

 その場から逃げようと後ずさりをするが、サラは足元に広がっている瓦礫に躓いて尻もちをついた。

「ぎゃ、ぎゃあああああああああ!!!!!!」

 その間にも相変わらず姿は見えないが、男の声がどんどん迫ってきているのを感じた。

「えっ? 何が起こってるの?」

 サラは地面に座ったまま、その空間を見上げながら言った。

 恐怖心がどんどん膨れ上がっていき、さらに腰が抜けてしまったせいで、その場から起き上がることもできなかった。

 間もなくして、歪んだ空間から人間の足が現れる。次に胴体、腕と出現し、最後に頭が現れた。

 男の体全体が晒された瞬間、男は重力という自然の摂理に引っ張られ、地面に落下する。

「――キャアアアア!」

 サラが思わず叫ぶと、ドシンッ! という衝撃音とともに、男は尻から地面に叩きつけられたのだった。

「うぐっ!」

 苦しそうにうめき声を上げる男。

 それほど高いところから落下したわけではないが、打ちどころが悪ければ怪我をしているかもしれない。

 いつの間にか恐怖心は心配へと変わり、サラはその男へと近づいた。

「あ、あのっ、大丈夫ですか?」

 サラが声をかけると、男は尻をさすりながら、その言葉に反応して顔を上げた。その瞬間、ちょうどサラと目が合った。

 なぜか裸にパンツ一丁という奇妙な格好をしていた男は、綺麗な黒色の瞳でサラを見つめていた。


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