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迷い人  作者: ぴえ~る
第二章 不吉な予兆
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2-3 少し騒がしい朝

「というわけで、勇斗君には配達の仕事をしてもらうわ」

 三人で木のテーブルを囲み、朝食を食べ終えると同時にアイナ・アルバートが勇斗に向かって言った。

 昨晩は遅くまでホープと話し込んでいた勇斗だったが、それにも関わらず、目覚めの時間はサラたちとほとんど変わらなかった。

 ちなみに、昨夜の話し相手だったホープは、サラの部屋の壁に立てかけられて眠っている。朝食を取るわけでもないホープは、わざわざ起こす必要もないだろうと思って、そのまま寝かせておいた。

「ねえ、私も勇斗さんのお手伝いしたいな。ねえ、勇斗さん、ダメ、かな?」

 サラがテーブルから身を乗り出し、つぶらな瞳で勇斗を見上げるように上目づかいでおねだりした。

「まあ、俺はやぶさかではないけど……」

 完璧な角度でのお願いに、勇斗は断ることも出来ずに、彼女から目線を逸らすことしかできなかった。あんな風に「おねだり」されてきっぱりと断れる男が、この世に存在するのだろうか? いや、仮に女の子であっても、彼女の魔力には抗えないかもしれない。

 彼女は無自覚のうちに男が喜ぶコツを心得ているのかもしれない、なんて馬鹿馬鹿しいことが頭を過ぎる勇斗であった。

 しかし、その「おねだり」は、勇斗に効果はあっても、身内であるアイナには効果がなかったようだ。

「勇斗くん、サラを甘やかしちゃダメよ。この間ふたりそろって危険な目にあったばかりじゃない」

 アイナの言葉に、反論の言葉が見当たらなかったサラは、しゅんっ、と俯いてしまう。

(お姉ちゃんの言うとおりだよね。それに、お姉ちゃんに迷惑はかけられないし……)

 そのとき、サラは病院に運ばれた時のことを思い出していた。

 あの日、勇斗とともに病院に運ばれたサラは、傷を負っていた勇斗とは異なり、その日のうちに目を覚ました。

 目の冷ましたその瞬間に、最初に目に入ってきたのは、綺麗で端正な顔をくしゃくしゃに歪ませて泣いていたアイナの顔だった。

 すぐに、サラが目を覚ましたことに気づいたアイナは、目を真ん丸く見開いて、サラを強く優しく抱きしめたのだった。

「…………」

 あれから、一日以上経った今でも、サラの全身には、抱きしめられたときに感じた、姉の優しさや温もりが残っていた。

 あの時にアイナという存在の偉大さを感じ、これが大人という存在なんだな、と率直に思った。

 そして、自分もアイナのような立派な大人になりたいと、サラは改めて思うようになった。

 その一連の出来事があったのが今から二日前のこと。よって、この場で自分の主張を押し通すという「ワガママ」ができるはずもなかった。

「わかったよ。今回は諦める――でも、勇斗さん! 何か困ったことがあったらいつでも言ってね!」

「うん、ありがとね。サラちゃん」

「それじゃ、勇斗さん、お姉ちゃん、行ってきます」

 サラはそれだけ言い残すと、リュックを持って家を飛び出して、学校へと向かったのだった。

 リビングには、勇斗とアイナが取り残された。

「アイナさんは、学校行かないんですか? 確か、先生なんですよね」

「私は、今日はお休みよ。常勤の教師ではなくて、魔法の授業が開かれる時だけ、教えに行くことになってるの」

「へえ~、そうなんすか」

「ま、私はそういうわけで、時間的余裕があるし、勇斗くんのお仕事までも時間があるわけだし、せっかくだからあの森で何が起きたのか。勇斗くんから聞いちゃおうかな。サラからは大筋のことは聞いているのだけれど、サラの見てないものを勇斗くんが見ている可能性もあるわけだしね」

 アイナは両肘をテーブルに乗せ、顔の前で手を組む。

 のぞき込むような姿勢で、勇斗を見つめていた。

 アイナの漆黒の瞳はどこまでも深く見えた。ひょっとすると、その深さは、先日、勇斗が落っこちた、奈落の穴よりも深いかもしれない。

 もともとテキトーなことを言うつもりはなかったのだが、より一層気合いを入れて、あの日の場面を思い出しながら、アイナにリザードマンと退治したときのことを話した。

 話を聞き終わったアイナは、腑に落ちないような表情で首を捻った。

「それにしてもおかしな話ね。レールの村は結界に守られてるのだから、魔物なんて出現するはずがないんだけど……。いえ、そもそもそのリザードマンは一体どこから、村に侵入したのかしら……」

「俺だけだったら、そもそもあの生物が魔物かどうかなんて、判断はできなかったかもしれないですけれど、実際にサラも俺と同じものを見ているわけですし、サラが魔物だと言っている以上は、間違いないと思いますよ」

「そう……なのよね。まあ、とかにく、今回は無事だったんだし、よしとしましょうか」

「そうですね。サラも俺も無事でよかったです」

「ふふっ、それにしてもサラはずいぶんと勇斗クンに入れ込んでるみたいね。まさか、サラが私が作った腕輪の力を破るとは思わなかったわ」

「どういうことですか?」

 勇斗が尋ねると、アイナはサラの右腕につけられていた腕輪のことを説明した。

「あの腕輪には、私の魔力が込めてあって、あの腕輪を巻いた人間は魔法の力が使えなくなっているはずなのよ。だけど、一つだけ欠陥があって。私が込めた魔力以上の魔力を放出しようとすると、制限を破られるのよね。もちろん、この私が腕輪の一つ一つに丁寧に魔力を込めたのだから、そう簡単には破られないと思ってたんだけどね……」

「ははっ、ということは、サラがアイナさんを超えたからこそ、今日の俺の命があるわけだ」

「なんか、その言い回しだと私が悪役っぽくなってるところが気になるわね……。けれど、まあ、概ね勇斗クンの言う通りなのよね。とにかく、お姉ちゃんとしては、サラの成長が嬉しくもあって。けれど、魔術師としては、自分の力を超えられたことに複雑な気持ちね」

 肩を竦めて、小さく息を吐くアイナは、満面の笑みとは言わないものの、口元を綻ばせて嬉しそうな様子だった。

「学校の生徒にも、サラと同じ腕輪をつけさせていたし、王都にいたころにも、同じものを作っていたのだけれど、もちろん、腕輪を無力化したのはサラが始めてよ。あの子は、もっと自分のしでかしたことの偉大さを自覚するべきなのよ。ねえ、勇斗くんもそう思うわよね?」

 サラを語るアイナの口調に熱が籠もってきた。

「ははっ、そうですね」

 本当にサラのことが好きなのだな、と伝わってくるアイナの姿に、一人でほっこりした気分になる勇斗だった。

 それからも、サラのことを熱弁するアイナに対して、勇斗は律儀に相づちを返していた。

「ふう、そんなことをしている間に、そろそろ時間みたいね。それじゃあ、勇斗くんの仕事場となる場所へと向かいましょうか」

 アイナはようやく一息ついたところで、いつもと同じような冷静な口ぶりに戻って時計を見て言った。


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