1-21 黒い男
勇斗の手に握られているバットは、とりあえず勇斗が一命を取り留めたことに、ほっと一息ついていた。
しかし、危機が去ったところで、この状況における別の問題点が浮上する。
「って、二人とも寝ちゃったら、アタシはどうすればいいのよ! ふたりとも早く起きてよ! 寝てる場合じゃないわよ!」
あたりは、いつの間にか暗くなっていた。危機が去ったとはいえ、このままでは森の中で野宿する羽目になってしまう。
バットの声は誰にも届くことなく、勇斗もサラも満足そうな表情を浮かべたまま、穏やかに寝息を立てていた。
「いやいや、お疲れ様です」
その男は足音もなく、まるで最初からその場にいたように勇斗たちの隣に立っていた。
「――誰!」
バットの声は男に届かない。
さっきはどういうわけか、その声がサラに届いていたみたいだったが、やはり普通の人間には聞こえないらしい。
もっとも、身に纏っている雰囲気から察すると、この男を普通の人間と表現するには多少の語弊があるかもしれない。
「こちらの迷い人に治癒を施したのはサラさんかな? いやはや、あの腕輪の制限がありながらこれだけの魔術を行使するなんて、さすがアイナさんの妹ですね」
男は全身真っ黒の法衣に身を包み、帽子をかぶっていた。慈しみに満ちた穏やかな笑みを浮かべ、ふたりを見下ろしている。
男は二十代と言われれば二十代に見えるし、三十代と言われれば三十代に見える。そんな容姿をしていた。細い目をしていて、背の高さは勇斗と同じくらいだった。
「それじゃあ、いつまでもここに放置しておくわけにもいかないですし、運んでしまいましょうか」
男は顎に手を当てて言った。
「でもその前にひとつだけ」
男は勇斗の顔に手をかざすと、小さく何かをつぶやいた。
「さすがに村の英雄を見捨てるわけにはいきませんから……、ですが――」
男は何かを言いかけたが、その先に続く言葉を言い淀んだ。
「いえ、やめときましょう。村を救ってくれて感謝します」
男は誰にも聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。
片腕に一人ずつ抱えたまま、男はその場を後にした。
法衣に隠れて見えにくかったのだが、男は法衣の下にはち切れんばかりの筋肉の鎧も纏っていた。
男は二人を抱えたまま、森を引き返した。