1-18 成長の証
周りがスローモーションに見えるその感覚は、そのとき味わったものと、まるで同じものだった。
「…………」
すでに痛覚は消えており、垂れ下がっていた右腕を強引に引き上げてバットに添える。
「……かっとばせー、日野」
熱に侵されたような様子で、勇斗は誰にも聞こえないような声量で呟く。
スローモーションで迫ってくるリザードマンをボールに見立てて、勇斗はあの時と同じように、ほぼ左手一本で力みにないシャープに振り抜いた。
右手はバットを支えるだけ。
疲れ切っていて、余計な力みが入らなかったからこそ、勇斗のスイングは野球選手として、理想的なものだった。
「――なっ!」
あれだけ満身創痍の勇斗が反撃してくるなど、まったく予期していなかったリザードマンは、驚きに表情を歪めた。
直後、リザードマンの胴体は勇斗のバットによって一薙ぎにされ、その身体はそのまま上半身と下半身とに真っ二つに分離する。
「……シャ? なんで? どうして? もう力は残ってないはずなのに……」
意味がわからないと言った様子で、リザードマンは己の下半身と勇斗とを交互に見定めてわめいた。
「シャ、シャアアアアアアアアアアアーーーーー!!!!!!!!!!」
やがて、リザードマンは奇声を上げながら、その身体が粒子へと変化し、空気の中へと溶けてゆく。
首にかけていたペンダントは、支えを失ったせいで地面へと落下し、その衝撃で粉々に砕け散ったのだった。
完全に力を使い果たした勇斗は、立っていられなくなり、そのまま地面に倒れた。
「勇斗! やったわ! アンタ、ホントはすごい人間なのかもね!」
リザードマンを両断したバットは、勇斗以上に嬉しそうに声を上げて喜んでいた。
しかし、今の勇斗にはそれに構うだけの気力は残されていない。
仰向けで地面に転がっている勇斗は、血の色と同じくらい真っ赤な夕日をぼんやりと眺めていた。
(そういえば、あのときは、打った瞬間気を失っちゃって、打球の行方を見届けられなかったんだっけ……)
過去の記憶に思いを馳せながら、勇斗の瞼がゆっくりと閉じていく。
今日の勇斗は、三年前とは異なり、自分のスイングがリザードマンを消滅させた、という結果を見届けることができた。
(あれから、少しは成長したってことなのかな……)