1-12 村案内その2
結局勇斗は三杯目当たりから数を数えるのを諦めて、ひたすら無心でシチューを詰め込んだ。一方で、サラは一杯だけおかわりをした。
勇斗の頑張りもあり、鍋の中のシチューは無事に平らげられたが、それと引き替えに、勇斗の胃袋はシチュー一色で満たされてしまった。
胃液が入り込む余地すらないというのは、多少大げさな表現にはなるが、どう詰め込んでも勇斗の胃袋にこれ以上何かを収納できるスペースは残されていなかった。
「げふっ――次はどこ行くの? こっからけっこう歩く?」
勇斗は教会から外に出てから大きく深呼吸して新鮮な空気を吸おうと試みるが、腹に溜まっているシチューのせいで、上手く空気を吸うこともできなかった。
「えーっとね、レールの村はそもそもそんなに広くないから、あんまり歩いたりはしないよ。でもでも! まだまだ、勇斗さんに案内したいところは、いっぱいあるんだよ」
取り留めのない雑談に花を咲かせながら、二人は昼食の消化をこなしながら、土で固められた道をゆっくりと歩く。
勇斗にとっては取り留めのないことだと思っていても、サラは勇斗の話を新鮮そうに聞いてくれた。反対に、勇斗自身もサラが話してくれる話に新鮮さを感じ、彼女の話に聞き入っていた。
そんなこんなで二人がやって来たのは、レールの村の東側にある、入口兼出口となる門へだった。
レールの村は周囲を木の柵で囲っており、乗り越えるのが不可能なほどの高さなため、この門を通らずに、村の中に出入りするのは基本的に不可能である。
とは言っても、例外中の例外である勇斗は、この門を通らずにレールの村へと進入したのだが。
勇斗たちが門に近づくと、体格のいい門番がこちらの姿を認めて話しかけてきた。
「お、サラちゃん、どうしたんだい? 悪いけど、村の外は危険だから、ここを通すわけにはいかないよ」
「こんにちは、別に村の外に出ようと思っていたわけじゃないんですよ。ちょっと、こちらにいる勇斗さんに村の中を案内してたんです」
サラに紹介された勇斗が門番に頭を下げると、門番は顎に手を当てて、品定めをするように勇斗を眺めた。
(ロッドさんと言い、今日はずいぶんとジロジロ見られる日だなあ)
と、ぼんやり考えていたものの、ロッドに見つめられたときはドキッとして、良い意味でときめいたものだが、このときは悪い意味で背筋がゾワッとするような気分だった。
「うむ、勇斗くんか。キミはいつこの村に来たのかね? 今日は朝から、村の唯一の出入り口であるここに居たはずだが、キミを見かけた覚えはないんだがな……」
「えーっと……」
迷い人であることはなるべく隠しておくようにアイナに言われているので、森の奥の廃墟からレールの村に転送されたことを彼に告げるわけにはいかない。
そんなわけで、勇斗が言葉に窮していると、サラが助け船を出してくれた。
「勇斗さんが来たのは昨日だよ。ヘップさんは、昨日は門番じゃなかったんだから、勇斗さんに会ってないのは当たり前だよ」
「なるほど、そういうことなら納得だ。ま、善人っぽいって言うか、無害そうな兄ちゃんだし、心配する必要はねえか。それじゃあ、改めて、レールの村にようこそ。何もねえ村だが、気に入っていただけると幸いだ」
強面をくしゃりと歪ませた門番の男は、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて右手を差し出してきた。
「はい、いつまで居座るかはわかりませんが、いろいろとお世話になります」
勇斗も右手を差し出してがっちりと握手を交わしたのだった。
お腹に若干のキツさは残るものの、お昼がいい感じに昇華してきたところで、次は、村長の家に挨拶をするために訪れた。
村長の家は、民家が並んでいる通りから少し離れたところにあり、周辺には田んぼや畑が広がっていた。田畑では、数人の若者が農作業に従事していたが、勇斗たちの存在に気づくと、こちらに手を振ってきた。
サラがそれに対して、笑顔を浮かべながら手を振って答えている様子を見ると、彼女は本当にいい子で、村人たちに愛されているんだなと、勇斗は思った。
「村長さーん。いますか?」
サラが村長の家の扉をノックすると、その向こうから現れたのは、村長は白い髭をたくわえた背の低いおじいちゃんだった。腰が曲がっているせいで、余計に背が低く見えた。
「おやおや、サラちゃんじゃないか――と、そちらはどちら様ですかね?」
スローモーションのようなゆったりとした動作で、勇斗のほうに向き直った。
「初めまして、ぼくは勇斗と申します。昨日この村にやって来たのですが、今は理由があって、サラちゃんの家に厄介になってます」
「こりゃあどうも、ご丁寧に。こんなところで立ち話もなんだし、中に入りなさい」
村長に促されるまま、二人はお茶をご馳走になった。
村長は物腰の柔らかい人で、この村に住む勇斗やサラのような子供は全員孫みたいなものだ、と言って笑っていた。
ただ、それと同時に、村に住んでいた勇斗と同い年くらいの子どもたちは、村を離れて、上級学校に行ってしまう子が多いらしく、それが少し寂しいとも言っていた。
隣で話を聞いていたサラは、そのときに少しだけ苦い顔をした。そのわずかな変化は、村長だけが気づいていたのだが、村長は何も言わなかった。
村長へのあいさつが済むと、太陽がだいぶ傾いていた。まだ空には青空が浮かんでいるが、もう少しすると、夕日が顔を出す時間になることだろう。
(そういえば、昨日サラちゃんに会ったのもこのくらいの時間だっけ。あれから丸一日経ったのか)
なんだかこの一日は随分とあっという間に過ぎ去ったような気がする。それはひとえに、サラと過ごすこの時間が有意義で楽しいものだと感じているからなのだろう。
「それじゃあ、今日一日かけてレールの村を案内したわけだけど、どうだったかな?」
サラは金色のツインテールを揺らしながら、蒼い瞳で勇斗の顔をのぞき込んだ。
「う~ん、異世界っていう割には、俺が住んでいたところとそれほど大きな違いはないっていう印象かな。教会とか、商店街にあった武器屋は驚いたけど」
教会自体は、勇斗の住む地域にもあることはあるのだが、そこには足を運んだことがなかったため、見慣れない場所という意味では異世界という印象は強い。
武器屋に関しては、まず向こうではお目にかかれないだろう。白昼堂々、あんな店を開いていれば、警察が飛んでくるに違いない。
「っていうことは、つまり、それってこの村は住みやすそうってことだよねっ!」
興奮気味のサラはぐいぐいっ、と勇斗に詰め寄った。
イマイチお互いの会話が繋がっていない感じがした勇斗だが、それを指摘するのも躊躇われたので、黙っていることにした。
「まあ、そういうことになるかな。ところでさ、昨日、俺が落ちて来た廃墟? があるでしょ。もう一回あそこに行ってみたいんだけれど、いいかな?」
「べつにいいけど、昨日もみたと思うけれど、ほんとうになんにもないところだよ」
「うん、それでも。俺はあそこからこの世界に来たわけなんだし、あそこに行けば元の世界に戻る手がかりなんかもあるかなあって。別に急いで戻りたいわけじゃないから。今日じゃなくてもいいんだけどね……」
「う~ん、それじゃあ、夕食までもう少し時間あるし、行ってみよっか」
昼間に一生分のシチューを食した勇斗だが、胃の中の消化もほぼ完了し、若干小腹が空いている状態になっていた。
「うん、しゅっぱーつ」
じゃあ、さっそくと言わんばかりにサラは勇斗の手首を掴む。
ふたりは、昨日出会いを果たした森へと向かい、太陽が隠れて見えなくなるほど高い木々が並んでいる道を歩いて奥へと進んだ。