1-11 村案内その1
ふたりは並んで石造りの道を歩き、商店街を通り過ぎた。
商店街といっても、それほどの賑わいもなく、レールの村の規模相応の人通りという程度であった。
基本的には、勇斗が知っている商店街と雰囲気は似ているものの、一つだけ見慣れない店があった。それは、『武器屋』と書かれている看板を掲げている店で、通り過ぎるときに横目で店の中をのぞき込むと、店の中にはゲームなどで見かけるような剣や槍などが展示されていた。
「ねえ、サラちゃん、武器屋ってさあ……」
勇斗が恐る恐る問いかけると、
「ん? その名の通り、武器を扱う店だよ」
「うん、まあそうだよね……」
そんなやりとりがあり、意外なところで異世界の空気を感じ取る勇斗であった。
店の中を見てみたいという気持ちもあったのだが、店先の物々しい雰囲気に押され、武器屋の中に入る機にはなれなかった。
それからもサラと並んで歩いていると、時々、村の住民とすれ違ったりもしたのだが、そのたびにサラは彼らと挨拶だけでなく、親しげに言葉を交わしていた。村という閉じたコミュニティーでは、村民全体が家族のようなものなのかもしれない。
サラの隣を歩いていた勇斗は、その度に住人から奇異の視線に晒されていたが、サラが勇斗のことを紹介すると、すぐさま彼らは勇斗を歓迎する表情に変わっていた。
その表情を目の当たりにした勇斗は、よそ者である自分の存在が認められたことを感じ、レールの村に対する居心地のよさを感じていたのだった。
それから少し歩いていると、今度は公民館を連想とさせるような、大きな平屋の建物が見えてきた。
築年数が何年、いや何十年と経っているのか、遠目にも壁の一面がボロボロに風化している様子が窺える。
建物の隣には野球場ひとつ分ほどの広さのグラウンドが見えた。
(もしかして、これって学校とかなのかな?)
勇斗がそんなことを考えていると、その建物を指差したサラが少し申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうに言う。
「ここは私が通っている学校だよ。ちょっと小さし、ボロいかもだけどね……。この世界の学校が全部こんな感じってワケじゃなくて、王都とかまで行くと、もっとちゃんとしていて、大きかったりするんだけどね……」
校舎内からは人の気配が感じられなかった。ただそれは単純に、今日は学校が休みということで、中には誰も居ないからだろう。
「へえ~、そうなんだ。俺が前に通ってた学校もこんな感じだったけどね」
それでもこの校舎に比べると、幾分かマシだったかもしれない、という言葉は勇斗の胸のうちだけにしまっておく。
「そこもだいぶボロくなっちゃててさ。俺が卒業するときに近々立て直すやら、取り壊すやらとか言ってたっけなあ。他にも生徒が全然いなくて、近くの学校と合併するやらって話があったな」
勇斗は、脳内に中学時代に通っていた校舎を思い浮かべながら、しみじみと語った。
「私たちはこの校舎で、この国の歴史や、他にもいろんなことを勉強してるんだよ。ただ、生徒は私も含めて、全部で十人くらいしかいないんだけどね……。ちなみに、この学校の先生で、お姉ちゃんは私たちに魔法を教えてくれてるんだよ」
「えっ、アイナさんって、あの年でもう先生をやってるんだ」
アイナの言葉の節々から感じる、子どもを宥めるような大人のオーラは、先生という職業によって培われたものなのだろう。妙に納得してしまう。
「っていうか魔法ってのは、学校で習うもんなんだね。それだったら、今度俺もアイナさんに、魔法を教えてもらおうかな」
勇斗が深い意図もなくそう言うと、サラは少しだけさみしそうな表情をした。しかし、彼女の表情変化はほんの一瞬だったので、勇斗がそれに気づくことはなかった。
「ところで、勇斗さんはもう働いてるんですか?」
これ以上、その話を膨らませたくないと考えたのか、サラは別の話題を振った。
「いや、俺もサラちゃんと同じように学校に通ってるよ」
「えーっと、勇斗さんの年齢だと、上級学校に通ってるんですか? あっ――でも世界が変わったらそういう学校制度とかも、違ったりするのかな?」
「いや、その上級学校ってのが具体的にどんなのかはわからないけれど、認識的にはそれで間違ってないと思うよ。いちおう高等学校って言うんだけれどね。まあ、実際に俺が受けている教育が本当に高等かどうかは置いといて……」
現代社会において、ほとんどの学生が高校だけでなく、大学まで進学するため、高等学校という響きに特別感はなくなっているが、改めて高等という表現について、考えさせられる勇斗であった。
「そうですか。レールの村には上級学校はないから、上級学校に行きたいんだったら、別の町に行かないといけないんだよ。ちなみに、お姉ちゃんはね、この初級学校を卒業して、上級学校に通ってたんだ。その上級学校でもトップの成績だったらしいよ……。しかも、飛び級までしてさ……。すごいよね。それで、普通だったら八年かかるはずの上級学校の教育課程を、半分の四年間で卒業して、今はこの村に帰って来たんだよ」
自分で語って姉の偉業を改めて思い知らされたのか、サラはため息をついた。
「アイナさんってすごいんだなあ……。それで、サラちゃんはどうするの? っていうか、そもそもこの学校って、何歳になったら卒業なの?」
「私はあと二年で卒業だよ。初級学校には飛び級がなくて、お姉ちゃんも十二歳で卒業したからね。だけど、私はその後どうするかまだ決めてないかな……。もし、お姉ちゃんみたいに上級学校に行くんだったら、そろそろ入学試験の勉強をしないといけないんだけどね」
「なるほどね。こっちにも受験ってもんがあるわけだ」
どの世界でも、入学試験というものが付きまとってくるのかと思うと、嫌なところで身近なものを感じてしまい悲しくなってくる。
「それじゃあ、休みの日の学校なんて、これといって、見るものはないですし、次のところに案内するね」
「うん、よろしく」
ふたりは学校の横の小道を抜けて進んでいく。そこは土を固めただけの道となっており、それを踏み固めながら歩いた。
それからしばらく民家が続いた。続いたといっても、隣と隣の感覚が十メートル以上離れていたりするため、お隣さんが本当にお隣さんと呼べるのかは疑わしいところだ。
「なんか、この雰囲気、田舎って感じだよね。俺の地元もさ、他人のこと言えないくらい田舎だったんだけどさ……」
道の端に建っていた民家が見えなくなり、いつの間にか周囲は林に覆われていた。太陽の光を遮るほどではないが、道の端に立っている木々が勇斗たちを見下ろしている。
「ふふっ、そうですか。友達の中には、田舎なんて嫌だ、という子もいるけれど、私はレールの村が好きだよ。この村には、私の好きな人がみんないるんだもん」
そう言って、満面の笑みで微笑んでみせるサラは、これまで見せてきた背伸びをした少女の表情ではなく、十歳相応の子どもらしく無邪気な笑みだった。
勇斗は頭を撫でてあげたい衝動に駆られたが、サラに嫌がられるかもしれないと思って、自重した。
「でも、私も村の外っていうか、世界の外に興味がないわけじゃないの。っていうかすっごい興味ある。だから、村の外っていうか、この世界の外からやってきた、勇斗さんのお話をいっぱい聞かせて欲しいな」
可愛らしく小首を傾げる金髪少女に対して、「NO」といえる人間がいるのだろうか。少なくとも、勇斗にはできない芸当だ。
「まあそんなもんならいくらでも。それに時間もいっぱいありそうだし」
サラは「そうだね」と言って、小さく頷いてた。。
「さて、次はここだよ」
林の終着点へとたどり着き、サラはその先に見える建物を指差している。
その場所には二階建ての真っ白な建物が立っており、建物のてっぺんには鐘のようなものが見える。
「教会?」
どこか厳かな感じのする建物に対して、勇斗は第一印象から推測して答えた。
「うんっ、そうだよ」
サラはそのままゆっくりと入り口の扉まで歩み寄ると、その扉に手をかけた。サラが両手で扉を開けて、中に入ると、勇斗も彼女に続いて建物の中へと入る。
建物に入ると、そこには広々とした礼拝堂が広がっていた。
最初に、勇斗が目に付いたのは、真正面に掲げられている視界すべてを覆ってしまいそうなほどの大きな十字架だった。
さらに、その下にはいろいろな色、そして種類の花が敷き詰められている。カーテンにより自然の光はすべて遮られているが、その代わりにランプの明かりが部屋の中を照らしており、館内は明るかった。
「ロッドさん、こんにちは~」
サラはぴょこぴょこと館内を進んでいき、部屋の隅っこにある椅子に座っていた女性に対して、親しげに、そして元気よく挨拶をした。
ロッドと呼ばれた女性は、サラの存在に気づくと、ゆっくりと立ち上がり、こちらへと向き直った。
すべてを包み込むような、柔和な笑みを浮かべているロッドは、修道服を身に纏っていて、フードを被っている。その所作一つ一つが様になっている彼女には、修道服がよく似合っている。
「サラさん、こんにちは」
ロッドは穏やかな口調で挨拶を返し、上品な仕草で頭を下げた。
彼女は、アイナとはまた違うタイプの美人だった。全身からほんわかとした、それでいてミステリアスな雰囲気を醸し出している。目の奥に見える瞳は夕焼けのように真っ赤に輝いており、その見た目から察するに年齢は二十代前半といったところだろうか。
「そちらはどなたですか?」
おっとりとした様子で、勇斗の顔を見つめてくるロッド。
「こ、こんにちは、僕はサラちゃんの家に居候させてもらってる日野勇斗ですっ――ヨロシクお願いいたします」
勇斗は緊張でしどろもどろになりながらも、できるだけ丁寧にあいさつをした。
アイナにあいさつするときは、不思議とあまり緊張しなかった勇斗だが、美人な女性を目の前にすると、健全な男子である勇斗は舞い上がって緊張してしまう。
「ふふっ、おもしろい方みたいですね。私はロッド・フォールと申します。こちらこそお願いしますね」
柔らかい物腰で言って、ロッドは勇斗に頭を下げた。勇斗は彼女のその仕草に見とれて、ぼーっと眺めている。
ありきたりな言葉になるが、ロッドという女性を一言で表現すると、清楚な女性という形容しか勇斗には思い浮かばなかった。
修道服というのも、ファンタジーやコスプレの世界だけのものだと思っていたが、目の前の女性にはコスプレのような不自然さはなく、その修道服が彼女の一部であるかのように、よく似合っていた。
「ちょっと、勇斗さん。あんまりジロジロ見ちゃだめだよ……」
ロッドに見とれていた勇斗は、サラがジト目で睨んできたことにより、ハッとなった。
「い、いや、そんなこと――」
言い訳は聞きたくないとばかりに、勇斗のセリフに対して食い気味で、
「ねえ、ロッドさん、神父さんはいますか?」
「リヒトさんですか? 今日はちょっと出かけてますよ」
「サラちゃん、その神父さんになんか用事あったの?」
「うんちょっとね。っていうか勇斗さんのことを、神父さんに相談しようと思ったの! 勇斗さんだってずっとこっちの世界にいるわけにはいかないでしょ――」
「――しっ!」
「キャッ! な、なに……?」
勇斗は咄嗟にサラの言葉を遮ろうと、自分の手で彼女の口を塞いだ。
いきなり勇斗に抱きかかえられサラは心臓の鼓動が早まったのだが、そんな身体の内部の変化に勇斗は気づく由もない。
勇斗はその態勢のまま、ロッドには聞こえないように声量を落として、サラに耳打ちをした。
「こっちの世界とか、向こうの世界とかは、あんまり他人に言わない方がいいんじゃないの? 昨日アイナさんに忠告されたんだけれど、あんまり面倒なことに巻き込まれたくないんだけどな……。俺は」
サラはため息をついて、口を塞いでいた勇斗の手をどける。サラとしては、もう少しこの状態を維持していてもよかったのだが、このままだと話が進まないので勇斗から少し離れることにした。
そんな二人のやりとりを、ロッドが不思議なモノを見るような表情で眺めていたので、勇斗は場を繋ぐため、彼女に愛想笑いを返した。
「ロッドさんは大丈夫だよ。前から何回も迷い人の話をしていたから、迷い人に関する理解がある人なんだよ。それにロッドさんも本当に迷い人が現れたら一目会いたいって言ってたの」
サラは勇斗に言って、ロッドの方に向き直る。
「ロッドさん、そんなわけで、説明の順番がずれちゃいましたけれど、勇斗さんは迷い人なんです。しばらくは私の家に住んでもらうつもりですけど、やっぱりこのままこの世界に留まってもらうわけにはいきませんし、元の世界に戻る方法を知りませんか?」
「勇斗さんが、迷い人――ですか?」
ロッドはサラの言葉に目を丸くし、食い入るような目つきで勇斗を見つめた。
勇斗はまっすぐな視線で美人に見つめられ、恥ずかしくて彼女から目を逸らしてしまう。
しばらく勇斗を舐めるような視線で眺めていたロッドだが、何らかの結論を出したのか勇斗から目を逸らした。
「申しわけありません。私は存じておりません。リヒトさんが何か知っているかはわかりませんが、とにかくリヒトさんが帰ってくるまで待っていた方がよろしいかと……」
「う~ん、じゃあまた後でだね。残念」
「ねえ、サラちゃん。俺はこっちに来てまだ一日目だし、ちょうど元の世界で長期休みだったからそんなに急ぐ必要はないさ」
勇斗のために頑張ってくれている姿は素直に嬉しいが、勇斗自身、せっかくだからこの世界をもう少し楽しもうという気持ちが強くなっていた。
「ところで、お二人ともお昼はまだですか? そろそろお昼にしようと思うのですが、よかったら食べて行きませんか?」
ロッドの提案と同時に、タイミングを見計らったかのように勇斗のお腹が、ぐう~っと鳴った。
これまで時間を気にしていなかったのだが、どうやらもうすぐお昼時ということを腹時計が告げてくれた。
「ふふっ、どうやらまだみたいですね。今日はリヒトさんがいないので、お二人が来なかったら、一人の昼食になるところでした。それじゃあ、私についてきてください」
嬉しそうな様子のロッドが二人に微笑み掛け、部屋の隅にある扉を開けて、その先の廊下を奥へと進んでいく。
勇斗たちがその後ろに付いていくと、ロッドは階段を上り、廊下に並んでいるいくつかの部屋の一つへと入った。
部屋の中は、床が木の板が張り詰められ、壁は一面煉瓦造りになっていた。
キッチンと居間が一体となっているワンルームタイプで、礼拝堂は異なり、この部屋の窓からは太陽の光が降り注いでいた。
自室に戻ったことで、ロッドが被っていたフードを脱ぐと、灼熱の炎のように真っ赤で綺麗な髪が露わになり、バサリと肩にかかった。長さはちょうど肩にかかるくらいのショートカットヘアーだった。
「ここが私の部屋になります。お二人も、どうぞ上がってください」
ロッドに続き、彼女に招かれたサラと勇斗が、部屋に足を踏み入れる。
年上の綺麗なお姉さんの部屋ということで、恥ずかしながらそこを訪れることに僅かながら淡い期待を抱いていた勇斗だが、期待していたような光景は広がっていたなかった。
ロッドの部屋は、よく言えば綺麗に整理整頓された部屋、ただ言ってしまえば必要なもの以外は何も置いていないという殺風景な部屋だった。
「綺麗な部屋ですね」
とはいえ、当人を前に悪い印象を言葉に出来ない日本人の勇斗は、あえていい印象の方を口に出した。
「本当はなにもないだけなんですけどね。ふふふ」
ロッドは、勇斗の心を読んだように小さく笑う。
「ちょっと待っていてください。すぐに昼食の準備致しますので。お二人はテーブルにでも座っていてください」
ロッドは、キッチンに立って、鍋に火をかけた。勇斗とサラは、ロッドの言葉に従って、四角い木のテーブルに、向かい合って椅子に腰をかける。
ちょうど勇斗の正面に窓があり、ふと窓の外に目を向けると、窓の向こうにある林や墓地が目に付いたので、それをぼんやりと眺めていた。
「そういえば、ロッドさんがこの村に来てからもうすぐ一年ですね」
サラは、こちらに背中を向けて鍋をいじっているロッドの背中に話しかけた。
「そうですね。この一年は時が経つのが、随分と早く感じました。それはきっとこの村の居心地がよろしいからなのでしょう」
ロッドは後ろを向いてサラに微笑みかけるが、その間も注意は鍋に向いている。
(居心地のいい村か……)
勇斗自身も、まだこの村に来てから丸一日すら経っていないが、午前中に出会った住民たちから、この村の持つ暖かな雰囲気はすでに感じていた。
「あれ、ロッドさんはこの村の外から来たんですか?」
勇斗が二人の会話に口を挟むと、
「はい、そうです。でも、この村に来る前のことは聞かないでいただきたいです。正直言って、あんまりよい思い出がないんですよね」
ロッドは勇斗の質問を先回りするように、きっぱりとした物言いで釘をさしてきた。
彼女の拒絶からは明確な意志が伝わってきたので、勇斗はそれ以上聞き入ることをしなかった。
それからしばらく雑談をして時間を潰していると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。
「はい、できましたよ」
ロッドはそれぞれの席に、底の深い皿を配って、テーブルの中心に大きな鍋を持ってきた。
その鍋かあら香るいい匂いの正体はシチューだった。
「昨日の夜に作り過ぎてしまって、途方にくれていたのですが、お二人が来てくれたのでとても助かりました。残りもまだまだあるので、たくさんおかわりしてくださいねっ」
テーブルに運ばれた大きな鍋は、レストランで使うかのような大きさの鍋で、その鍋に並々とシチューが注がれていた。
見るだけで胃がもたれそうになる量に、キッチンからここまで運ぶのもけっこう大変だったろうな、と思うと同時に、これをすべて平らげるのは、もっと大変だろうなと感じた。
「ふふっ、さあ、お二人とも、遠慮しないでたくさん食べてくださいね」
しかし、悪意の一切ない籠もっていない笑みを目の当たりにして、男たる勇斗は、彼女の期待に応えるべく、シチューを胃袋に流し込んでいったのであった。