1-10 二人の距離感
「今日は晴れてよかったですね」
家の外に出たサラは、さわやかな日差しを体全体に浴びながら、晴れ渡った青空に空に向かって小さな手を伸ばした。
「そうだね。しかも、そんなに暑くなくてカラッとしてるから、ベストな天気だ」
左肩にバットケースをかけている勇斗は、サラの言葉に同意して空を仰いだ。眩しすぎるほどの太陽の光が、勇斗の網膜を刺激してくる。
この場にいるのは勇斗とサラのみで、仕事があるアイナは同行していない。
仕事といえば、勇斗は居候させてもらう身分として、やはりなんらかの仕事をしなければいけないと考えていた。
その旨を今朝アイナに伝えたところ、「仕事ならレールの村にたくさんあるから明日から働いてもらうつもりよ。だから、今日はのんびりしておくといいわ」と言われたので、とりあえず、今日一日は、素直にお言葉に甘えてのんびりしておくことにした。
「あ、そうだ。昨日の夜、アイナさんに敬語をやめるように言われちゃってさ。そういうわけだからさ、サラちゃんも俺に敬語を使うのをやめない?」
「でも……、やっぱり年上の人にため口で話すのは抵抗があります……」
ずいぶんとしっかりした子だな、と勇斗は素直に感心する。
勇斗がサラくらいの年齢だったころ、そもそも敬語なんてのは使っていただろうかと思い返すと、なんだか情けない気持ちになる。
とはいえ、このまま敬語で話されるのは、他人行儀な感じがするので、できればやめてほしいというのが勇斗の思うところである。
そういうわけなので、勇斗は少しばかり意地悪をすることにした。
「了解、わかりました。じゃあ、僕もサラさんに敬語を使うことにします。なんてったってサラさんは僕を拾ってくれた恩人なんですからね。いくら年下とはいえ、ため口で話すわけにはいかないですから」
勇斗の言葉に、サラは驚きと少しの寂しさが混じり合ったような表情をする。
「う~、わかりました。そんな風に言うんでしたら、私にも考えがありますから。私のことを子供扱いしないでくださいねっ! いいですか?」
サラは不満そうに唇を尖らせながら言うと、びしっと勇斗に指を突き立てた。
「まあ、それはわかったんだけどさ。今の発言は敬語だったよね?」
勇斗が指摘すると、サラはしまったという表情で、両手で自分の口を塞ぐ。
「じょ、徐々に慣らすつもりなのっ」
「ははは、そうだね。それじゃあ、そろそろいこっか。いつまでも、家の前で漫才やってても仕方ないしね」
勇斗はぽんぽんとサラの頭を撫でる。この行為こそが、勇斗がサラを大人扱いしていない証拠なのだが、サラはまんざらでもない様子でその行為を受け入れていた。
そんなサラを眺めて、勇斗は新しく妹ができたような、そんな気分だった。
「う~、ため口はちょっと抵抗あるけど。勇斗さんと、ちゃんと距離を詰めとかないと、お姉ちゃんに負けちゃうかもだし……。うん、がんばれ! 私」
力強い決意とともに拳を握りしめるサラは、勇斗には聞こえないくらいの小声で小さく呟いたのだった。