目覚めと少年
まず、青の目の前に現れたのは本だった。
まるで、天使の羽の様にゆらゆらと彼の手の上に降り立ったその本は、大きさは志英瑠のものと変わらなかったが、厚さがその倍以上あることは一目瞭然だった。
その様子や雰囲気から、その本が魔法に関連するもの、つまり魔道書 的なものであることは、その場の全員が察していた。
そして青はその本が降り立った自身の手に集中力を結集する。
魔道書の扱い方を知らない彼にはそれが最善に思え、実際志英瑠の魔法のおかげでやっと起き上がれた程の体力では、それ位のことしかできなかったのだ。
しかし、それは正しい選択だった。
突如その本が発光したのは、それから数秒もかからないときで、その様子に志英瑠、さらに【サタナ狩り】までもが見入っていた。
「…嘘でしょ」
志英瑠は小さく呟いた。
けれどその小さな言葉には、驚きの感情が強く込められていることには志英瑠の顔を見れば一目瞭然。
けれど青にはそんな志英瑠の様子を伺う余裕も無く、確実に手から吸収されていく体力と自分の意識を保つ事に全力を注いでいる。
(…で、これどうやって使うんだ…?)
彼は余裕の無い思考で必死に考えるが、どうにも敵を倒す為にこの本を生かす方法というものは浮かびそうになかった。
…仕方ない。今回だけだよ。
「…手伝ってあげる」
私は『誰にも聞こえない』と知りながらも、小さく青に告げた。もちろん、彼はなんの反応も示さない。
…それで良い。
私は笑顔で青を見つめ、彼に小さく目配せをした。
そして私は本に手を伸ばす。
彼だけの力ではまだ足りないところを補う為に。
私が本に触れた直後、その本は唐突に開き、物凄い速さでページをめくっていった。
それは志英瑠の本で見た速度よりも格段に速く、志英瑠を驚愕とした表情に、【サタナ狩り】を顔の形が変形するほど笑わせるには充分だった。
「ページは…そうだなぁ、405ページとか?」
私は、目で追う事すら難しい本のページを見つめながら独り言を言いつつ考えていた。
…そんなとき
「…345ページ」
そう呟いたのは紛れもない、青であった。
…あり得ない。彼がこの本を『知ってる』なんて。きっとただの偶然。そうに違いない。
私はそう自分の中で決めつけ、本が405ページにたどり着くのを待っていた。
けれど、その本は急にページをめくるのを止める。…345ページで。
嘘だ…なんで。なんで。まさか。そんな筈は…確かに青は『彼の血を持つ』。だけど…
…怖い
私はたかが少年に恐れを抱いてしまい、すぐに彼から距離を取った。
図らずも傍観者へと逆戻り。
青はもちろんだが私のことを気にも止めず345ページをじっと見つめていた。
おもむろに彼はそのページの右上をゆっくり指差す。そして彼はそのままの体勢で小さく口を開いた。
『空の青さに、ただ見つめる事しかできなかった。そのあまりの美しさに、どこか苛立ちを覚えた。手を伸ばす。空を壊すように。空を隠すように。ずっと上へ、上へと。』
一瞬のことだった。
【サタナ狩り】は保健室の天井にめり込んだ。
あまりの急な出来事に対応することは出来ず、【サタナ狩り】はそのままバラバラの鉄くずとなり床に降りた。
そしてそれと同時に、青の手の上の本は音も立てずに消えていく。
「何よ…今の」
志英瑠は少し怯えるように青に声をかけた。
しかし、青はいつの間にか意識を失っていて彼女の問いに答えることは不可能だった。
(知らない…こんな魔法…あたしの知識にないなんて…)
彼女は、現実から目をそらすように窓の外の夕焼けを見つめる。
茜色に染まる空は彼女の不安を優しく包むようだった。
(そういえば、あたしがサタナだとわかった日もこんな夕焼けだった…。あの宝石と似た色にあたしは…)
恐怖を覚えていた。
そして、まだ彼女は気づけない。
青の魔力を示した宝石が、夕焼けとは比べられない程赤く、赤く光を放っていたことに。
彼が、普通でない事に。
「志英瑠…私ね…」
「待ってよ!すぐ!あたしが治してみせるから!ねぇ…」
「志英瑠がどうして悲しいのか、よくわからないの…ずっと一緒だったのにね…ははは」
「そんなこと言わないで!あたしだって…」
「でも…でもね、志英瑠」
「お願いだから…」
「私は…志英瑠といれて楽しかったよ」
「やめて…あたしは…あたしはっ!!」
「ありがとうね…」
「やめて…あたしのせいなの…ねぇ…」
「…志英瑠は悪くないよ」
「嫌だ…やめて!!いかないで!!」
「私はどこにもいかないから、安心して?ただ…ちょっと眠るだけなのよ?」
「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ!!!あたしを一人にしないで!!お願いだから!!お願いよ!あたしは…ずっと羨ましかったんだよ…?
お姉ちゃん…」
閲覧ありがとうございました!
更新超超遅くなりました…本当に申し訳ありません…
更に今話もシリアスというか説明ばっかですみませんでした…
次話からいつもの調子になると思います。
次話も是非読んでいただけると嬉しいです
最後に一言。
ほうれん草食べたい(切実)