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APOSTATE  作者: 原醍鼓
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04.『刹那の休息』

 ひらひらと舞い落ちる灰は、さながら雪のようだった。天使の梯子を思わせる光の柱が幾筋か空から降りてきているのが見て取れるが、空そのものには全体的に雲が掛かっている。

 いつか見た灰色の光景。何処で見たのかは思い出せないし、何時見たのかも同様に分からない。涙が出る程に懐かしいような、けれど同時に寂しくて物悲しいような感情がジリジリと胸を焦がしているのは感じられたが、その正体が何なのかも自分には良く分からない。

「あ……?」

 気が付いたら此処に居た。どのような経緯を辿ったのかも、何が理由になったのかも分からない。ただ、ボンヤリと思考を遊ばせている間にも、身体はそれが決まりきった事であるかのように、灰色の世界の中をフラフラと歩き始めていた。

「……」

 廃棄された戦車は無残で、斃れた異形の骸は巨大である。大地は灰が積もり積もって白っぽく染まり、あちこちからは空へ伸びていくように黒い煙が立ち上っている。残骸や遺骸の間を縫うように突き立った剣は、さながら墓標のようだった。

「此処は……」

 此処は戦場の跡なのだ。此処で多くのモノ達が戦いを挑み、そして敗れていった事を自分は知っている。悲鳴。怒号。憎悪。狂気。向けられた様々な感情も、向けられた敵意や殺意をも、焔は等しく灰に変えた。触れた端からボロボロと崩れ去っていくそれは、打ち捨てられた戦場の記憶なのかもしれない。

「何だ、此処……俺は、どうして……」

 冷え切った世界の中で、掠れた声が虚ろに響く。人が居ないのは分かっていたし、元々、誰かに答えを聞いたつもりではない。ただ呟いてみただけだ。

 だから、横合いから返事を投げかけられた時は少し驚いた。

「──“深淵”トデモ言ッテオコウカ。ヒヒ、胡散臭イノハ勘弁シテクレタマエヨ?」

「……!?」

 酷く聞き取り辛い声だった。

 壊れたスピーカーから漏れ出してきたようなその声は、ノイズに塗れて男のようにも女のようにも幼いようにも老成しているようにも聞こえる。

 さっきまでは気配の欠片も感じなかった。なのに今は、その存在を痛い程に感じる。

 慌てて其方に視線を飛ばせば、見えたのは異形の人影だった。

「──初メマシテ、ト言ウベキカナ? 吾輩ハ“バロン・ナイトマン”。ナニ、遠慮ハ要ラナイ。“バロン”ト気軽ニ呼ンデクレ給エ! ヒヒヒヒヒ!」

 シルクハットに燕尾服。飽くまでシルエットに過ぎないから、詳細は殆ど分からない。ともすれば空間に切り取られた影絵のようにも見えるその男には、けれど確かに双眸があり、口があった。

 煌々と両目を赤く光らせ、ペタリと貼り付けたような三日月の口を更に大きく裂いて、ソイツは甲高く耳障りな嗤い声を上げる。

「ソレニシテモ君ニハ驚カサレタヨ。マサカマサカ、“ベリアル”ニ気ニ入ラレル者ガ居ヨウトハ! “セラフィム”モ大概気難シイガ、彼女ハ大分穏ヤカダカラネェ? ヒハハハハ!」

 ベリアル?

 セラフィム?

 聞き慣れない単語を聞いて眉を顰めると、ソイツは目敏くそれに気付いたようだった。

 手の中のステッキをクルクル回して気障っぽく持ち直し、その先端をある方向……丁度、此方の背後にあたる方を指し示す。

 低く、重い唸り声が聞こえてきたのは、正にその瞬間の事だった。

「君ハ彼デ、彼ハ君──」

 面白がるような影の声は、その唸り声によって殆ど掻き消された。背後の斜め上から聞こえて来たそれは勿論人間のものではないし、ついでに獣のものでもない。

 もっと遥かに強大で、そして恐ろしいモノ。

 振り向きたくない。振り向いてはいけない。

 振り返れば其処に居るのは分かっているのに、躊躇ってしまうのはきっと本能の成せる業だろう。

「セイゼイ、仲良クシマタマエヨ?」

 それでも、振り返った。

 歯を食い縛って本能をねじ伏せ、躊躇に縛り付けられた身体を強引に捻ってゆっくりと後ろを振り返り──


「……ッ!?」


 そして、見た。


○ ◎ ●


 ふわふわと頼りない感覚の中で、バタバタと走り回るような音が聞こえた気がした。今にも泣き出しそうな子供の声が聞こえて、穏やかで優しい声がそれに答える。ホタルとティスだろうか。顔の覗き込む銀の髪と紅い目を見たような気もしたが、あれはひょっとしたらヒナギクかもしれない。

 此方から何らかのアクションを起こす事は出来なかったし、見える光景は直ぐに途切れて見えなくなってしまうので、確かめる術は無かったが。

「──……」

 闇。

 前にもこんな事があったような気がする。確か、修道院で初めて目を覚ます直前も、こんな奇妙な空間を漂っていたような。

 確かあの時は大怪我をしていて、ティスに助けられたんだったか。シン自身はよく覚えていないが、何でも相当な重傷だったという。双子の存在があったとは言え、周りに大量の死体が転がっている中でシンを助けようとか考えたティスは何処か感覚がズレているとしか思えないが、だからこそシンは彼女には頭が上がらない。双子と同じく脅威から護るのは当然の義理だし、これ以上自分達関係の厄介事に巻き込んでしまうのは気が進まない。

 雷獅子のような厄介な者まで現れたのだ。少し名残惜しい気もするが、これ以上迷惑を掛けないよう早々に修道院を出て行かなくては──

「……ッ!?」

 いや、待て。

 雷獅子。そうだ、雷獅子はどうなった。

 決着を付けた記憶が無い。木に叩き付けられて、首を締め上げられて、それから。それからどうなった。ヒナギクやホタルは。ティスは。無事なのか。生きてるのか。声が聞こえない。気配も感じ取れない。そもそも自分は何処で何してるんだ。掌にシーツ、後頭部に枕の感触。寝かされているのか。悠々と、ベッドの上で寝転んでいるのか。

(何やってんだ俺……ッ!?)

 目を開けるのももどかしく、一気に跳ね起きた。

「あ」

 三人を見つけなくては。

 怠い、眠たいと駄々を捏ねる身体に喝を入れるのは後回しにして、先ずはとにかくベッドから降りようとして──


「わ」


 ぽよん、と柔らかい感触が顔面に突っ込んで来たのは、直後の事だった。

「吃驚したぁ。どうしたのいきなり? 怖い夢でも見た?」

 上から降ってきたのは、ティスの声。小さな子供の行動を見て微笑ましいといった感じの声音で、クスクスと笑っているのが分かった。

 彼女がこの調子なら、恐らくは双子も大事無いのだろう。一先ずは安心して息を吐くと、それに呼応したように後頭部に腕を回されて、抱き締められるのを感じた。

「よしよし」

 嗚呼、心地良い。

 強張っていた身体から力が抜けていくのを感じながら、もう一度溜め息を吐く。

 いい匂いがする。澄み渡った森の空気の匂い、清らかな水の匂い。ハッキリと何の匂いだと断定する事は出来ないが、ボンヤリしていると心が和らいで来るような匂いだ。気配のようなものなのかもしれない。

 ゆるゆると頭を撫でてくれる感触は心地良いし、柔らかく顔を圧迫してくる感触は少し苦しいが離れがたい。鋼鉄の巨体と殴り合ったり、雷撃を纏う肉食獣に殺されかけたり、最近はそんなのばっかりだった。少しくらいは安らいだって、バチは当たるまい。

「あはは、くすぐったいてば」

 ふにふに。ぽよぽよ。

 これは一体何だろう。時間が経つにつれ、漸くエンジンが掛かり始めた思考力でボンヤリと考える。

 上からはティスの声。後頭部にはティスの腕。心地良いと思ったこの匂いは、ひょっとしてティスのものだろうか。そうなると、自分は彼女に抱き締められている事になる。頭を撫でられながら彼女の胸に顔を埋め、安心して脱力しきっている自分の姿が脳裏に浮かび上がっ──

(……え)

 待て。ちょっと待ってくれ。

 思考力が、調子を取り戻してくる。停止なんて出来ない。放棄なんて尚更だ。

 ベッドから起き上がるや否や何故かその傍らに立っていたティスの胸に顔面から突っ込み、そのまま小さな子供宜しく居着いてしまった自分の姿が容赦無く脳裏に像を結んでしまう。

「うおおおおッ!?」

「ひゃあ!?」

 間髪入れずに、その場から跳び退いた。唐突な行動に吃驚した様子のティスが見えたが、それを気遣う余裕も無いままベッドに倒れ込み、そのまま後退りして壁際まで逃げる。

「ちょ、なっ、う──」

「もう、どうしたの? いきなり逃げたりして」

「だって、だって、おま──」

「ひょっとして私、何か嫌な事しちゃった? ごめんなさい、気が付かなくて。次はちゃんとするから、何処がいけなかったのか教えてくれる?」

「つぎ……!?」

 自分が今の今まで顔を埋めていた、彼女の豊満な胸に目が行った。行ってしまった。熱かった顔が更に熱くなり、湯気が出て来てしまいそうになった。

 知らず知らずとは言え、顔をグリグリと押し付けてしまったから分かるのだ。吃驚するくらいに大きくて、重くて、柔らかい上に弾力まで。オマケに形もいいと来た。

 って、駄目だ駄目だ。何を反芻してるんだ。落ち着け。落ち着くんだ。深呼吸。深呼吸だ。吸って。吐いて。

「……」

「シン……?」

 落ち着くまでには、結構時間が必要だった。目を閉じ、壁に背中を押し付けてベッドの上に胡座を掻いて深呼吸を繰り返していると、漸く頭が冷えて来た。

「……悪い。少し取り乱した」

「うん。まぁそれはいいけど」

 目を開けば、彼女は少し困惑気味だったらしい。此方の行動の方が異常だった訳だし、彼女はそれに応えただけだから、当然と言えば当然なのだろうが。

 此方の様子が通常に戻ったのを感じ取ったのだろう。まるで冬の氷が春の日差しに溶けていくように、彼女の顔が困惑が消えていく。

「……えへへ」

「何だよ?」

「別に?」

 頬に手を当て、ほぅっと余韻に浸るような息と共に浮かべられた彼女の笑みには、邪気というものが一切無い。氷を溶かした春の日差しのような、そんなじんわりと暖かい気配すら感じ取れる。

 なのに何だろう、この寒気は。やってしまった感は。追及したいのに追及出来ない。掘り返したくない。忘れ去りたい。そう思っているのはきっとシンだけで、きっとティスはしつこく覚えている。彼女はそれが恥ずかしい事だとか思い付きもしないから、人前でも平気で話そうとするだろう。

 それだけは。

 それだけは何としてでも阻止せねば。

「話すか?」

「え?」

「今の事だよ。誰かに話したりするか?」

「んー……」

 さて、どうやって口止めしようかと素早く考えを巡らせた。

 少し間、思案するように黙っていたティスが童女のような笑みを浮かべたその瞬間に、どんな言葉が来るかと身構えた。

「ヤだ」

「へ……?」

 だからその言葉が滑り出て来た時、きっと自分は間抜けな顔をしていたと思う。

「絶対、ヤだ。誰にも教えたげない」

「はぁ……?」

 どうしたらそんな結論が飛び出して来たのか、どうして秘密の宝物を見つけた子供のような顔をしているのか、気にならなかったと言えば嘘になる。

 実際、状況が許したら訊いていたかもしれない。けれどその時、ティスの背後の扉が開いて白と黒の双子がひょこりと顔を覗かせたのを見て、シンの意識は其方に向いてしまった。

「! お前ら……」

 元気で居るのを見て、取り敢えずホッとした。何を言うべきかと言葉に探していると、何か信じられないモノでも見たように硬直していた二人の顔が、ゆるゆると形を変え始める。

「シン……ッ!」

「うお……っと」

 まるで砲弾のようだった。跳ね飛ばすような勢いでドアを開き、さり気なく道を開けたティスの横を瞬く間に通過すると、ベッドに飛び乗った勢いをそのままに突っ込んで来る。

 あまりの勢いに困惑しながらも、腕を広げて飛び込んで来た二人を迎え入れ、受け止める。

 軽過ぎる体重を二つ分受け止めたくらいではさしたるダメージにはならないと思っていたのに、何故か身体はそれだけで悲鳴を上げるくらいに弱体化していて、声や表情に漏らさないようにするには苦労が要った。

「シン、よかった……ッ!!」

「シン、シン……ッ!」

 ヒナギクまで声を出した事に、只ならぬ事態を感じ取った。掻いた胡座の上に遠慮無く陣取り、左右の肩にそれぞれ顔をグリグリと押し付けてぐずり始めた二人を改めて抱き直し、ティスの方に視線を向ける。

「シン、ずっと目を覚まさなかったから」

 ベッド脇に配置された小さなテーブル。水が張られた洗面器と、その中にタオルが入っているのを見て、シンはティスが何の為にこの部屋に居たのかが理解出来た。

 抱き付いて来ている二人は、あまり気にならないのだろうか。今の自分は寝汗でベタベタで、きっと臭いもそれなりに酷いに違いないのに。

「……ずっと?」

「うん。かれこれ一週間くらいかな」

「一週間!」

 オウム返しに叫んでしまった自分は傍から見れば間抜けそのものだっただろうが、それを気にしている余裕は無かった。

 朝靄漂う森の中で、バチバチと弾ける雷撃の気配が脳裏に鮮明に浮かび上がる。一週間。一週間だと。そんなに長い間眠っていたなんて、悠長が過ぎる。その間にあの雷獅子やその仲間が、シン達がこの修道院に潜んでいる事を突き止めていったらどうなっていただろう。いや、その危険は今もなお継続中なのだ。標的を発見した地点を相手は重点的に捜索するだろうし、ひっそりと建っている修道院は森の中では目立ち過ぎる。

 自分が意識を失った後に何があったのか、それを把握するのは後でいい。今はとにかく三人に事情を説明し、一刻も早く此処から離れなくては。

「どうかしたの、そんなに慌てて?」

「事情は後で説明する。今はとにかく、此処から逃げないと拙い」

「ええ、また?」

「納得出来ないのは分かるが、今は説明してる時間が無い! 二人もボーっとするな! とにかく三人共急いで支度を──」

 ティスの言葉が頭に浸透を始めて、其処でピタリと黙り込む。洗面器に付けたタオルを絞っていたまま、キョトンと此方を見返しているティス。いきなり大声を上げ出したシンの剣幕に驚いたように、それぞれの表情で此方を見上げている双子。そして、自分が今の今まで眠っていた寝室。

 順々に見回していって、違和感を覚えた。というか、どうして今まで気付かなかったのか、逆に不思議なくらいだ。

 この部屋、修道院でシンがいつも使っていた部屋じゃない。

「……また、と言ったか?」

「うん」

 シンが背中を付けていた壁には、窓が設置されていた。

 未だに剣幕に驚いていた様子の双子に膝の上から退いて貰い、恐る恐る覗き込んでみる。

「……!」

 青だ。

 見渡すばかりの青が、其処にあった。

「……あの日ね」

 森の緑なんて欠片も見当たらない、古いコンクリートで出来た歩道。朽ちかけているようにしか見えない鉄柵の向こうには、見渡すばかりの空と海が広がっていた。

「その、えと……シンが何時の間にか居なくなっているのに気付いたから、それで森の中に居るかなって探しに出たんだけど……」

 遥か遠くに、風に乗って滑るように飛んでいる海鳥の群れが見える。窓を開ければ、潮の匂いがドッと流れ込んで来るに違いない。

「まぁ、“あんな事”になっていたからね。何処に居るかは直ぐに分かったけど、とにかく焦ったよ。急いで駆け付けて、貴方が無事なのかどうか確認して。気絶していたけど無事だったから安心して、その時は取り敢えず修道院に連れて帰ったの」

「……重くなかったか?」

「ズルさせて貰ったから」

 えへへ、と照れたように笑う声は、今はあまり気にならなかった。色々と突っ込み所があるような気はしたのだが、そもそもティスの言葉自体を上手く咀嚼出来ず、大雑把な把握しか出来ていなかったので、実際に訊き返す事が出来なかったのだ。

 どうやらこの部屋は二階に存在するらしい。眼下に見える古びた歩道には人影は見当たらず、寂れた感がどうしても拭えない。とは言え、硝子に顔を押し付けるようにして右手側を見やればごちゃごちゃと建物が立ち並ぶ鋼鉄の街並みが見えたので、完全に人が居ない場所という訳でもないようだ。

 街外れ、だろうか。今まで見た事は無かったが、ひょっとしたら此処がデルダンという都市なのかもしれない。

「でも、シンが」

「俺が?」

「“ここは危ない”、“逃げろ”って、うなされながらも何度も何度も言うの。ああ、これは何かあったなーって思ったから、私の友達の所まで逃げて来たんだよ」

「……」

 外の景色から視線を外し、元のように壁に背中を預けて座り直す。実際彼女の判断は正しかったのだが、それでも信じられないという思いは抑える事が出来ない。普通であればマトモに取り合わないような譫言(うわごと)を聞いて、彼女は住み慣れた修道院を置いて出て来てくれたのだ。

 物分かりが良いというのを通り越して、頭に馬鹿が付くような正直者だ。第三者が見ればきっと呆れるのだろうが、シンとしてはただただ、頭を下げる他無かった。

「……すまない」

「ううん。それより、何があったのか話して欲しいな」

「ああ」

 双子はしっかり理解出来ているかは怪しいが、それでも真剣な面持ちで此方を見つめている。子供に聞かせるような話ではないが、彼女達にとっても無関係ではないのだ。蚊帳の外へ追い出すような真似をするのは酷というものだろう。

 記憶の手掛かりを求めて、双子を攫った人物を探しに森に入った事。

 目当ての人物の代わりに、雷を操る獅子のような男と出会った事。

 どうやら自分は彼と同じ組織の人間で、彼等を裏切って双子の味方をしているらしい事。

 要所だけを簡潔に纏めたシンの話を、ティスも双子も黙って聞いていた。

「……其処から先の事は、よく覚えていない。気が付いたらこのベッドで寝ていたんだ。ひょっとしたら、お前の方が詳しく状況を把握出来てるかもしれないな」

「そんな事無いよ。あの時、私は私でいっぱいいっぱいだったし。正直、今だって驚いてるかな」

 話の間に、ティスは一言断ってベッドの縁に腰掛けていた。シンの位置は彼女から見て斜め後ろになるので、その表情を完全には把握する事は出来ない。

 僅かに視線を上げて、ぼんやりと虚空を眺めている様は、まるで何かに思いを馳せているようにも見えた。

「何か、気になる事でも?」

「……ううん?」

 答えが返って来るまでには、若干の間があった。

「“果実持ち(アダム)”と遭遇して生還出来るなんて、本当に運が良いよ。神様なんて信じてないけど、今はちょっとだけ感謝したい気分かも」

「……あだむ?」

強化人間(バイオヒューマノイド)の中でも、特別な能力を持った個体の事をそう呼ぶの。普通の人間は、雷を操ったり出来ないよね? 理由は分からないし、意図的には生み出せないんだけど、強化人間の中には時々そういった特殊能力に目覚めた人が出て来る事があるんだって」

「そうなのか?」

「うん」

 雷獅子。これはシンが咄嗟に付けた渾名だが、確か本名をレオンハルト・イェーガーとか言っていただろうか。

 恐ろしい敵だった。今、こうして生きて会話が出来ているのが不思議なくらいだ。皮膚のあちこちはこんがり焼けてしまっていたし、意識を失う直前に喰らったタックルは間違い無くシンの身体を破壊した。

(ん……?)

 ふと、おかしな事に気付いた。

 皮膚が焦げたり骨が砕けたり、あの時の自分はボロボロだった筈だ。目を覚まさなかった期間は一週間と言うが、逆に言えばあれからまだ一週間しか経っていない事になる。

 内に鈍く疼くような痛みはあるものの、ザッと見た限りでは大きな怪我もそれを覆う包帯も見当たらない自らの身体。幾ら何でも、回復が早過ぎやしないだろうか。

「? そっちこそ、どうかしたの?」

「いや。……なぁ、一つ訊いてもいいか?」

「もちろん」

「お前が俺を見つけた時、俺の怪我の具合はどうだったか覚えてるか?」

「怪我」

 振り向かないまま、オウム返しに単語を繰り返す。思い出すように一拍の間を置いた後、彼女はゆっくりと此方を振り返って来る。

「そう言えば、目立った外傷とかは無かったよね。傷の手当てなんて殆どやってないし。シンはあんな話し方したけど、その雷獅子さんとは結構互角の戦いだったんじゃない?」

「そん……っ」

 そんな馬鹿な。

 言おうとした言葉は、シンの両隣にちょこんと座り込んでいた双子の表情によって遮られた。キョトンと此方を見上げているその顔は、シンの言っている事が良く分からないと雄弁に語っていた。更に視線で問い掛けてみれば、怪我なんて無かったよ、とばかりに首を横に振って見せる。二人も、シンが大怪我をしたという認識は無いようだった。

「……極限の緊張の中だったから、痛いのとか大袈裟に感じちゃったんじゃない? えと、ほら、一週間も目を覚まさなかったのは、そのくらいに精神が摩耗してたとか?」

「そういう事ってあるのか?」

「実際シンはその間ずっと目を覚まさなかったけど?」

「……」

 分からない。

 あの時の自分は、確かに致命的に負傷していた筈だ。ティスはシンの事を強化人間だと言っていたし、だとしたら回復力が常人より高いのも頷けるが、それにしたってあの怪我を一週間というのは異様である。そもそもティスも双子も怪我なんて見ていないと言うし、それだったら怪我なんて最初から無かったと考えた方が辻褄が合ってしまうのだ。

「どうなってるんだ……?」

 元々から記憶の殆どを失っていたと言うのに。つい最近の記憶ですら曖昧で、定かではないのか。

 目を掌で覆い、溜め息を吐く。

 ギシリ、とティスがベッドから立ち上がる気配がした。

「シンは自分の身体に負担を掛け過ぎてるんだと思うよ。たまには、ゆっくり休んで欲しいな。全然目を覚まさなかったから、私もその子達も凄く心配したんだよ」

 サイドテーブルに置いてあった洗面器を取り上げ、パタパタと足音を立てて部屋の出口へ向かっていく。

「此処の人……私の友達なんだけど、シンが目を覚ましたって伝えて来るね。お腹空いたでしょ? 後で何か作って持って来るから、それまでその子達と一緒に居てあげて」

「……ああ」

 パタン、と扉の閉まる音が聞こえた。それでもシンは相変わらず視界を覆い隠したまま、動く事が出来ないでいる。

 身体に刻まれた戦いの記憶。知りもしない他人から向けられる敵意、殺意。

 失った過去を無理に覗き込まなくても、現在(いま)が確かなら充分だと思っていた。

 なのに、その現在ですら酷く曖昧なものだった。考えていると何だか笑えて来てしまって、シンは素直に自分を嗤う。

「俺は、誰なんだろうな?」

 乾いた笑い声と共に漏れ出た言葉。言葉にするつもりなんか無かったし、答えも期待していなかったその問いに、けれど答える者が居た。

「……。シンは、シンだとおもうよ……?」

 キュッと、服の裾を握る小さな掌。その動作の意味を訳するように、もう一人の方が小さく言葉を添えて来る。

 服の裾を握るヒナギクは、相変わらずの無表情だが唇をキツく噛み締めていて。言葉を添えたホタルは、声音の通りに何処か泣きそうな顔で。

 真剣に、或いはシンの投げやりな態度に挑み掛かるように、此方の顔を真っ直ぐに見つめて来ていた。

「……そうだな」

 二人の頭にそっと掌を乗せながら、シンは自らの口が綻ぶのを感じていた。

「ありがとう」

 嗚呼。

 この二人を護ると決めて、良かったなぁ。


○ ◎ ●


 嘘を吐くのは、あまり得意ではない。

 ぱたん、と音を立てて閉じた扉にもたれ掛かって、ティスは小さく溜め息を吐いた。

「……ごめんね」

 怪我なんてしていなかったんじゃないかと言った時、シンはそれなりにショックを受けていたようだ。

 彼が怪我をしたと言うのなら、恐らくそれは事実なのだろう。“果実持ち(アダム)”と呼ばれる特殊能力に目覚めた強化人間(バイオヒューマノイド)達は、その殆どが強力な戦闘能力を持っていると言っていい。正面からやり合えば一般の人間は先ず勝てないだろうし、特に強力な個体であればその戦力は単体で一個師団に匹敵するとすら言われている。

 シンにも言った通り、本来なら生還出来ただけでも奇跡なのだ。その上無傷ともなれば、きっと一生分の運を使ったって足りはしないだろう。

 彼の身体に傷が無かったのは、最初から無かったという訳じゃない。付けられたけれど、その後で急速に回復したと言った方が正しい。シンの記憶は、本当は間違ってなんかいないのだ。


『──ラシクナイネェ?』


 声が聞こえた。

 相も変わらず突然だったけれど驚きはしないし、わざわざ目を開いて確認するような真似もしない。若いような老いたような肉声のような機械音声のような、そんな掴み所の無い独特な声の持ち主なんて、そうそう居るものじゃない。

「……」

『オイオイ、無視シナイデクレタマエヨ。吾輩ハコウ見エテ寂シガリ屋ナンダヨ? 君ガ構ッテクレナイノナラ、吾輩モ手段ヲ選ンデハイラレナイノダガ……?』

「ああもう、面倒臭いなぁ」

 目を開く。

 日当たりが良いとはお世辞にも言えない、薄暗い安宿の廊下。ほんの少し視線を滑らせると、ティスから見て一番奥、階下へと繋がる階段がある辺りに、奇怪な人影が立っているのが見える。

 シルクハットに燕尾服。煌々と光る朱い両目に、ペタリと貼り付けたような三日月の口。周囲の薄闇の中に浮かび上がる濃いシルエットのようにも見えるけれど、本当の所はどうなのかティスは知らない。

「わざわざ出て来て、何の用? 今は貴方の言う慣れない事をしたばかりで、凄く疲れてるんだけど?」

『ツレナイネェ。折角オ喋リニ来タトイウノニ』

 声は、後ろから聞こえた。

 ついさっきまで確かに階段の辺りに居た筈のシルエットは、何時の間にかティスの真横、向けている視線の反対側へと移動していたのだ。

『マァ、先ズハ賞賛ヲ送ッテオコウカ。“ベリアル”ヲ無事ニ救イ出セタミタイジャナイカ。流石、“セラフィム”ノ名ハ伊達デハナイナ』

「……それは、どうも」

 頬と頬が触れ合うような至近距離。半ば振り払うように其方を振り向くが、既に視線を向けた先には誰も居ない。

『ダガ、真ニ賞賛スベキハヤハリアノ男ダロウネェ。深淵ノ住人ノ存在ヲ目ノ当タリニシテモ、マルデ物怖ジシナカッタ!』

「……たまに居るよ。ああいう人」

 居た。

 ティスが振り向いた先とは反対側の位置で、奥の階段へと向かって一歩二歩と歩を進めている所だった。床ではなく天井に足を付け、上下逆さまになっている状態なのだが、この生物を前に今更そんな事を気にしていても仕方無い。

『何ニセヨ、第二幕ハ始マッテシマッタヨ。“彼”ノ宿主ハ“彼”ノ事ヲ認識シタ。ジキニ同調シ始メルダロウネェ』

「……。そっか」

 時間と過程をすっ飛ばし、視界の中を無闇に移動しまくる人影は、もう気にしない事にした。

 改めてシンの部屋の扉にもたれ掛かり、其処で小さく溜め息を吐く。考える事は色々あるが、主に頭にあるのはたった今目の前の“影”が口にした言葉の内容。そして、先程吐いてしまった嘘の事である。

「……」

 いずれはシンも知る事ではあるし、どうせ知るなら早い方がいいのかもしれない。

 でも、本当の事はまだ言えないと思った。

 ただでさえ、彼は疲弊している状態なのだ。記憶を失って環境に慣れるのに必死なのに、わざわざ混乱させるような事を教えて追い討ちを掛けるような真似はしたくなかったのだ。

「だって……」

 目を閉じ、自分が見た光景を思い出す。

「だって、あれは……」

 煙たく濁った青空に、深く抉れた真っ黒なクレーター。木々はその悉くが灰となってその姿を消し、強烈な熱量によって深く抉れた大地の底からは、余熱の焔が轟々と音を立てて伸び上がって真っ黒な煙を噴き上げていた。

『──彼ハ耐エラレルダロウカネェ?』

 不意に聞こえた声にハッと我に返り、同時にその意味を理解して、眼前にあった逆さまの顔面を睨む。

 三日月の口はデフォルトだし、発光体の双眸から彼の思考を読み取るのは不可能に近い。が、彼が今、この事態を面白がっている事だけは疑いようのない真実だった。

『吾輩ニトッテハ幸運ダケレド、普通ノ人間ダッタ彼ニトッテハ不運デシカナイダロウネェ。“彼”ノ存在ニ彼ハ大イニ苦シメラレ、ソシテ試サレルダロウ。……嘗テノ君ガソウダッタヨウニネ』

「バロン」

『オオ、怖イ』

 顔を強張らせ、唇を強く引き結んだ此方に対して、相手は面白がるように声を上げただけだった。一瞬、頬を張ってやりたい衝動に駆られたけれど、それを察知したように目の前から居なくなり、気が付けば少し離れた所の壁に肩肘を付いてもたれ掛かっていた。

「……大丈夫」

 呟いた言葉は、自分でもハッキリ分かるくらいに頼りなかった。

 目敏く気付いた相手が壁から離れ、距離と過程をすっ飛ばして眼前に出現。ひょろりと長い体躯を折り曲げて、まるで試すように、或いはおちょくるようにティスの目の奥を覗き込んで来る。

『本当ニ……?』

「大丈夫」

 ニタニタ嗤うバロンの問い掛けが耳に痛い。脳裏には勝手に最悪の結末が再生され、知らず知らずの内に唇を強く噛み締めてしまっていた。

「シンなら、大丈夫」

 まるで祈っているかのようだ。

 ふとそんな事を思ってしまい、思わず自嘲してしまう。

「……」

 祈るだなんて。

 この世に神が居ないという事は、痛いくらいに身に染みているというのに。


○ ◎ ●


 不安に思わなかったと言えば嘘になる。記憶と違って傷一つ無い身体。どうやって撃退したか覚えていない雷獅子。具体的にどの辺りになるのか良く分からない自分の居場所。分からない事、曖昧な事だらけで、安心出来る要素が何一つ無い。

 怪我が無いとは言え、どういう訳が異様に身体が衰弱していた事も災いした。なまじ意識はハッキリしているものだから、ベッドの上に倒れている事しか出来ないでいるというのは生殺しにも近い状態だったのだ。

「……む……」

 けれど、その間にも時間は流れる。今にも雷獅子やその仲間達に足取りを掴まれるんじゃないか、窓や扉を突き破って入って来るんじゃないかとヒヤヒヤしている内に、気が付けばシンは三日目の朝を迎えていた。

「あー……」

 カーテンの隙間から朝日が差し込んで来ている。丁度いい具合に顔を照らされ、意識が覚醒。薄く目を開け、欠伸を一発かました所で、胸から腹に掛けてズシリと何かが乗っているのを知覚した。ついでにもう一つ、それと同じくらいの大きさの何かが、身体の脇にぴったりとくっ付いて寝そべっているのも。

「……」

 わざわざ確認するまでもない。身体の上にそれらを乗せたまま、先ずは大きく深呼吸。たっぷり時間を掛けて三回程繰り返した後、天井を見上げたまま言葉を紡ぐ。

「おい」

「……」

「……」

 反応は、無い。一度声を掛けたくらいじゃ起きて来ないのもいつも通りだったので、シンだってもう慌てたり狼狽えたりはしない。

「おい、お前ら」

「……?」

「んにゅ……?」

 我が物顔でシンの身体をベッド代わりにして丸まっている奴の身体を軽く叩きながら声を掛けてやると、今度は反応が返って来た。

 億劫そうに頭を上げて、寝ぼけ眼で周囲を見回す。と、その気配を感じ取ったらしく、脇に寄り添っていた方も目を覚ます。

 頭の上に疑問符を浮かべながら、ボンヤリしている小さな二人。一々見なくても分かってしまうのは、彼女達がこのところずっと同じ事を繰り返しているからだった。

「朝だ。起きるぞ」

「……」

「……」

 一秒。二秒。三秒。

「……はわッ!?」

「……ッ!?」

 自分達が眠っていた事に漸く気付いたらしい。ボンヤリしていた雰囲気から一転、『しまった』と言わんばかりの雰囲気に切り替わった彼女達には構わず、ムクリと起き上がる。

 シンの身体をベッド代わりにしていたのはホタル、抱き枕代わりにしていたのはヒナギクだ。毎朝シンを起こしに来るのが彼女達の役割なのだが、二人はいつもシンを起こすどころか逆に布団の中に潜り込んで来る。職務放棄も甚だしい。

「起こせよ?」

「だ、だってきもちよさそうだったから……」

 起き上がった拍子に転がり落ちないよう抱き留めてやっていたホタルが、恐る恐ると言った調子で弁解してくる。さも当然のように言われても困るが、双子の中ではそれが理由に足る事実であるらしく、言った本人はおろか比較的冷静そうなヒナギクまでが擁護するようにうんうん頷いている。

 目を閉じ、託宣を告げる神官のように厳かに頷いているその様を見ていると、もう何だか突っ込む気力も薄れてしまった。双子をベッドの上から追い払い、下に降りていく為の準備に取り掛かる事にする。

 一旦ベッドから離れて備え付けのバスルームに入り、大雑把に洗顔して眠気を撃滅。再びベッドの所まで戻り、サイドテーブルに掛けていた黒いシャツを手に取った。

 流石に、上半身裸と言った格好で下に下りていく訳にも行くまい。

「……ああ、腹減ったな。お前ら、朝飯は?」

「たべた! トーストと、めだまやきと、コンソメスープ! ニンジンもでたけどちゃんとたべたよ? ヒナも!」

「そうか」

 鬼の首を取ったように、と言うには些か無邪気する声で、ホタルが元気に報告してくる。確かヒナギクが苦手なのは人参じゃなくてピーマンだった筈だが、わざわざ口を挟むのも藪蛇な気がしたので、止めておいた。

「はしゃぎ過ぎてティスやプリッシラに迷惑掛けていないだろうな?」

「してないよー」

 疑われた事が不服だったのか、途端にホタルはむくれ顔になる。表情こそ変わらないがヒナギクも同様の心境だったようで、いつもより少し鋭い視線でジッと此方を睨み付けて来る。

 ついこの間までとは、吃驚するくらいの違いである。ティスに言わせれば心の距離が近付いた証だと言うのだが、そういうものだろうか。

「ボクたち、めーわくなんてかけないもん」

「なら、いい」

 シャツを着込んだ後、軽く伸びをして凝り固まった身体を解す。起き上がれるようになったのは一昨日からだが、寝たきり生活を続けた直後特有の身体の重さは不思議と無い。寧ろ今までの中で最も調子が良いくらいで、雷獅子達に見つかる心配さえ無ければ外に出て身体を動かしたいくらいだった。

 踵を踏みつけていたブーツをキッチリと履き直し、サイドテーブルに立て掛けていた倭刀を手に取れば準備は完了。扉に向けて踵を返せば、ちゃっかりベッドの上に腰掛けていた二人が軽やかに飛び降りる音が追い掛けて来た。

「きょうも、おそとにでちゃダメなの?」

「ああ」

「あのおおきなミズタマリがしおからいってホント?」

「らしいぞ」

「でも、まぶしいのはニガテなの。ゆうがたとか、よるとかがいいかも」

「ふぅん」

 廊下に出て、階段を下りる。それなりに年季の入った建物らしく、歩けばそれだけでギシギシと呻き声を上げてくる。一番下まで降りきれば、其処に広がっていたのは開店前の食堂の風景だった。

 シンから見て真正面にある出入り口、その両脇にある窓際のボックス席が二つ。その左右の壁際に設置されたテーブル席が二つずつ。後は室内に大きく張り出したカウンター席のみの小さな食堂である。カウンター席は中央にスペースが空いており、その中を人が行き来出来るようになっている。

 “兎と人参亭ラビット・アンド・キャロット”。

 ティスによって連れて来られたのは、デルダンの中でも海辺の区画にある小さな食堂だった。“複雑怪奇な港街(ポート・エリア)”と呼ばれる区画は、ティスの修道院から見てデルダンの反対側に位置していると言う。その中でも隅っこの方に位置しているこの食堂は、場所の所為もあってか常連の客しかやって来ないらしい。ただ一人で此処を切り盛りしているというこの店の主こそが、ティスの親友であるとの事だった。

「あら、シンちゃん。お・は・よ」

「ああ」

 どうやら、ちょうど店内の掃除に勤しんでいたらしい。そいつは顔を上げてシンの姿を認めると屈託の無い笑顔と共に挨拶をしてきた。

「相変わらず遅いお目覚めねぇ? 少しは双子ちゃん達を見習ったらどう?」

「悪かったな。眠いもんは眠いんだ」

「ま。典型的なダメなオトコの発言ね。ヒナギクちゃん、ホタルちゃん、こういう大人になったらダメよ?」

「……シンはボクたちがおこすからヘイキだよ?」

「あらあら、うふふ」

 例えばティスや双子なんかとは種類の違う、少しくすんだ白い肌。長めの黒い髪は項の辺りで団子状に纏められ、余った毛先が上方向に花開くように跳ねている。

 シンと似たような体格なのに、何処か華奢な感じのする肩や腰。薄く紅が刺された口元は、淑女がするように当てられた手の甲によって隠されてしまっている。人当たりの良さそうな柔和な笑顔と物腰だが、その顔は些か衝撃的だ。両目の下を横断する縫い跡と、左目を縦断する縫い跡。交差する二つの傷跡が、強烈な自己主張をしているのだから。

「シンちゃんは幸せ者ねぇ。いい女を三人も侍らせて、全くいい御身分だわぁ」

「何だお前。俺に何か恨みでもあるのか?」

「あは、まさかぁ」

 この店の白と黒の制服(ティスから聞いた話では、ギャルソンとか言うらしい)を身に纏い、床を拭いていたモップに体重を預けている“彼”こそが、この店の主である。

 名前はプリッシラ。

 女のようだが、生物学的にはれっきとした男である。

「ちょっとからかっただけじゃない。全く、良くも悪くも真面目なのねぇ」

「ほっとけ」

 あはは、と面白がるように笑っているプリッシラにはもう構わずに、カウンター席の適当な所に座る。

 コトン、と微かな音を立てて目の前にトーストを乗せた皿が置かれたのは、正にその瞬間の事だった。

「おはよう。良く眠れた?」

「……おう」

 ティスだった。

 住み慣れた場所を捨て、窮屈な潜伏生活を強いられても、この女はまるで頓着していないようである。寧ろ、何処か楽しんですらいる様子だった。

「ヒナギクもホタルもありがとう。やっぱり、御飯は温かい内が一番美味しいもんね」

「えへへ」

 トーストにベーコンエッグ、付け合わせの野菜にコンソメスープ。手際良く並べられていく皿はどれも簡単なものばかりだが、此方の食欲を大いに掻き立てて来る。

 手を合わせ、“頂きます”の挨拶。

 この国では馴染みの無い習慣らしいが、それ故に珍しいのか近頃はティスや双子も真似しているようである。周囲が記憶喪失である筈の自分の真似をするというのは、考えてみると少し奇妙な感覚だった。

「どう?」

「どうって?」

「此処での生活、少しは慣れてきた?」

「あー……」

 ザクリとトーストに齧り付き、香ばしい風味と共に咀嚼しながら、シンは掃除に戻ったプリッシラの方へと目を遣った。誉められたいのか、或いはシンとは違って人間が出来ているのか、双子が手伝いを申し出ているのが見えた。

「アイツらは、もう慣れてるみたいだな」

「? ああ、あの二人。プリッシラは子供好きだから。それにあの二人も、あんな風に褒めて貰えるのがとても嬉しいみたい。最初は警戒してたけど、今じゃ自分からこの店の手伝いをしてるよ」

「……」

 どうやら、何か申し付けられたらしい。二人は楽しそうにシンの背後を駆け抜けていき、カウンター席の端っこからその内側に入り、そのまま厨房へと消えていく。修道院では殆ど見る事の出来なかったその姿を見ていると、少し複雑な気分になるのは否めなかった。

 溌剌としていて元気の良いホタル。無表情ながら、自然にその背後にぴったりとくっ付いてフォローしているヒナギク。きっと、あれが本来の二人の姿なのだろう。

「慣れるも何も、俺はただダラダラと過ごしてるだけだからな。お前らが慣れたんなら、俺はそれでいい」

「……そっか」

 二人に下されたミッションはテーブル拭きだったようだ。濡れた布巾をそれぞれ一枚ずつ持って、二人は店内に戻って来る。二手に分かれてテーブルを拭き始めた彼女達からはもう目を逸らし、シンは再び食事へと戻った。

「美味いな」

「ふふ、ありがとう」

 シンの朝食で仕事は一区切り付いたようだった。ティスはカウンターから出て来ると、シンの隣に腰掛ける。

 と、気を利かせてくれたのだろうか。プリッシラがポケットから取り出したリモコンを操作して、備え付けのテレビの電源を入れてくれた。カウンターの一番端に設置されているそれは、プリッシラ曰わく随分と古い骨董品らしい。

『──による調査は本日で打ち切る予定となっています。尚、王宮は依然としてネメアの森の封鎖を続けており……』

「ところで、今日の御予定は?」

「ん? まぁ昨日と変わらないだろ。仕事の時間までは地下室か自分の部屋かだし、店が忙しくなったら皿洗いだな」

「皿洗いだけと言わず、もっと別の仕事をやってくれてもいいのよ? シンちゃんってば体格がいいから、きっとギャルソンとか似合うと思うわぁ」

 掃除が一段落したのだろう。双子より一足先に掃除用具を片付けて、カウンターの内側に戻ろうとしていたプリッシラが口を挟んで来る。丁度良いとばかりにティスがその袖を引き、リモコンを貸して貰ってテレビのチャンネルを変えているのが目の端に映った。

「……追われてる身分なんでな。手伝いたいのは山々だが、なるべく表に顔は出したくないんだって」

「毎回毎回真面目に同じ事を答えるのねぇ」

「それに、接客するならムサい男より美人だろ。俺がその服着たって映えないだろうしな」

「あら」

 男なのに妙に女のような仕草が似合ってるその顔で、プリッシラは頬に手を当ててまんざらでも無さそうに笑う。

 かと思えば唐突に、ティスの肩をまるで煽るようにパシパシと叩き始めた。

「良かったじゃない。シンちゃんってば似合ってるってよ?」

「え、ええ?」

 珍しく狼狽えたようなティスの声。テレビの方に意識が向いていた分、不意打ちに近くなったのか、少し面白く思えるくらいに慌てた様子で自分の服装を見下ろし始める。

「そんな、からかわないでよ。私プリッシラみたいにカッコ良く無いし……」

「そんなの貴女が勝手に思ってるだけよ。ね、シンちゃん。似合ってるわよねぇ?」

「ああ」

「ッ!もう、二人して……」

 ワイシャツにスカーフタイ、細身のベストに腰巻きタイプのロングエプロン。履いているズボンは、スキニーとか言う名前らしい。

 いつもとは違う白と黒の仕事着。プリッシラが着ているのと同じものを、此処ではティスも着用していた。なんでも、郷に入りては郷に従えと、プリッシラに強要されたらしい。双子から聞いた話ではティスもそれなりに抵抗したらしいが、当時気絶していた自分は知らない話だ。

「大体、こういう服って仕事とかバリバリこなすヒトが着るものでしょう? 私が着ると、その、なんだか違和感があるというか……」

「なぁに、照れてるの? 自信持ちなさいよ、凄く似合ってるわ。シンちゃんもそう言ってるじゃない。ねぇ?」

「だから、そう言ってる」

「あぅぅ……」

 居心地が悪そうにモジモジと座り直している彼女は俯いていたが、その頬が少し紅潮しているのはハッキリ分かった。

 驚いた事にと言えば失礼だが、ティスにも照れたり恥ずかしがったりといった感情は存在しているようだった。何処か掴み所が無く、そのくせ何でもソツなくこなしてしまう彼女にはそういった“弱い”部分が無いのではと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

 ……考えてみれば、当たり前な話ではあるが。

「何だか新鮮ねぇ。ティスがこんなに照れるのって初めて見るかも」

「そうなのか?」

「ちょ、プリッシラ……!」

「そうよぉ。いつもニコニコしてて、その分何処か遠く感じるコだったんだけど。友達を名乗る者としてはちょっと悔しいけれど、シンちゃんには感謝しないといけないわねぇ」

「其処で感謝される意味が良く分からん」

 プリッシラの意味深な発言はともかくとして、やはりティスの人物評は他の人間から見てもシンとあまり変わらないようだった。

 トーストの最後の一欠片を口の中に放り込みながらティスの方へ目を遣ると、彼女は既にプリッシラの制止を諦めているようだった。困ったような顔でプリッシラの方を見ていたが、シンと目が合うとすうっと顔を脇へと逸らしてしまう。

「……もうっ!」

 かと思えば、いきなり思い付いたかのようにシンの二の腕を叩いて来た。

「私だって人間なのっ! 照れる時は照れるのっ! 大体シンだって少し大胆過ぎっ! まさかとは思うけどワザとやってないよね!?」

「いや……何の話だ?」

 叩かれた。

 怒らせたとか非道い事をしてしまったとかそういう理由ではなくて、良く分からないままに叩かれた。怒るというか唖然としてしまいながらついついティスを見つめてしまうが、彼女は困惑している此方の様子に気付く様子は無い。

 両の拳を軽く握り、拗ねたようにシンの二の腕をぽかぽかと叩いてくるのに必死な様子だった。

「大体さっきから遠いとか何とか、酷いよ二人共! 私だって嬉しかったり腹が立ったり悲しかったり楽しかったりするんです! 其方と同じ人間なんですっ! 慣れない服を着たら恥ずかしかったりするんですっ!」

「……。いや、本当に似合ってるぞ?」

 ひょっとしてからかわれていると勘違いしているのかと思い、改めて褒め直してみたのだが、どうやら違ったらしい。

 うが、とティスが変な声を上げた。それだけではなく、ガチリと硬直すらしてしまった。反対側のプリッシラは何を思ったのか弾けたように笑い始めるし、シンはもうどうしたらいいのか分からない。

「~~~~ッ!! お、お皿洗ってくる……ッ!!」

 椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がり、ティスは厨房の方へと逃げて行ってしまった。まさかそのような反応を取られるとは思っていなかったので、半ば呆然としてその背中を見送る形となった。

「……何がいけなかったんだ」

「罪深いわねぇ」

「……」

 大笑いの余韻も濃いプリッシラの一言にカチンと来て、振り返りながらジロリと睨む。が、ヤツは此方が見ていない隙にヒナギクとホタルを招き寄せ、更にはホタルを自身の膝の上に乗せたりして防壁を作ったりしていた。

 このアマ。いや、野郎か?

「……お前。こっちは割と真剣に悩んでるんだが?」

「あら、ごめんなさいねぇ。でも、本当に珍しかったものだから」

「珍しい?」

「そ。珍しい」

 仕事を終わらせて、誉めて貰おうと寄って来ただけだったのだろう。いきなり防壁に利用され、ホタルはいまいち状況が把握出来ていないとばかりに大人達の顔を見比べている。

 ヒナギクはそんなホタルを暫くジッと見ていたが、そこで何を思ったのか、不意にシンの方へ視線を移して来た。

「…………」

 シンとプリッシラの間にスルリと滑り込んで来て、妙に熱の籠もった視線。遠慮がちに服の裾を摘んだりして、まるで何かを期待している様子だ。

 何となく少し緊張しながら答えを探していると、プリッシラがニマニマと笑いながらホタルの頭を軽く叩いているのが目の端に映った。膝の上に乗せられたり頭を撫でられたり、全く大した優遇っぷりだ。

(ん? 優遇?)

 待て。ひょっとして、こういう事だろうか。

 上体を屈め、ヒナギクの脇の下に掌を差し込んでヒョイと持ち上げる。そのまま膝の上に横座りさせてやると、最初こそ驚いたように若干身体を硬直させていたが、直ぐにぼすっと遠慮無くもたれ掛かってきた。

 表情はやっぱり変わらないが、何処となく御満悦な様子を見る限り、どうやら正解だったらしい。

「無愛想なコだと思ってたんだけどねぇ」

 面白がるような声に視線を戻すと、プリッシラはもう笑ってはいなかった。どちらかと言えば、微笑みを湛えていると言った感じだ。

「そういう事が自然に出来る人なんだもの。道理でティスも心を許す筈だわ」

「……それ、俺の話か?」

「勿論」

 無愛想と言うからヒナギクの話かと思った。目なんか閉じて完全にリラックスしている様子の彼女を半眼で見下ろすが、彼女は全くお構い無しである。まるで猫だ。

「あのコは誰にでも優しいし、何時だって笑顔を絶やさないけれど、街外れの人気の無い森の中から滅多な事では出て来ないの。迷い込んで来た人は受け入れる事はあるけど、必要無い限りは自分から誰かに歩み寄る事は無い。まるで隠者だわ」

「……アンタは。友達なんだろ?」

「そうね。そう在りたいと思ってるわ」

 不思議そうに自分の顔を見上げているホタルに向かって柔らかく微笑み返しながら、その頭を撫でている。

 どことなく寂しそうに見えるのは、きっと気の所為ではないだろう。

「あーあ、これでも一番の親友だと自負してたんだけどねぇ? それなのに、こんな何処の馬の骨とも分からないオトコに掻っ攫われていくなんて。えい、このっ、このっ!」

「……止めろよ」

 バシバシと叩いて来る手は、割と容赦が無かった。

 手首のスナップが利いた平手打ちはそれなりに痛かったが、何となくそれを振り払う気にはなれない。ホタルが顔を真っ青にしていて、ヒナギクは叩かれている箇所をジッと見つめていたが、コイツらはひょっとして此方が怒って殴り返すとでも思っているのだろうか。

「ねぇ、シンちゃん。出来る限りでいい。時間が許すギリギリまでは、あのコの側に居てあげてね?」

「……」

 紡がれた言葉は唐突だ。此方をからかってくるようないつもの調子とは違う口調に、咄嗟に声を出す事が出来なかった。

「情けない話だけど、アタシはあのコのあんな姿なんて見た事無い。あんな風に人間臭い所があるなんて、今の今まで知らなかったの。そういう性格だと思っていた時は諦めも付いていたんだけど、さっきみたいな姿を見てしまった後だと、ね……」

 こういう時、自分はどんな顔をすればいいのだろう。記憶を失う前の自分だったら、その答えも知っていたのだろうか。

「……。ああ」

 とは言え、無い物をねだっても仕方無い。

 何も思い浮かばなかったので、取り敢えず正直に相手の要望に応えておく事にした。

「出来る限りはな」

 断言は出来ない。この先何が起こるのか、自分には分からないからだ。

 だが、恩人(ティス)の事が心配なのはシンも同じである。変に無防備だったり、“豚司教”の丸出しな欲望に気付かなかったりと、プリッシラが心配している所とは少しズレているような気もするが、わざわざ言う必要も無いだろう。

「……何でそんな仏頂面なのよ? 役得なんだから嬉しそうな顔しなさいよ」

 真面目な話は終わり、という事だろうか。今までの表情から一転、ニマニマと意地の悪い表情を浮かべ、彼(女)は此方の頬を突っついて来る。

 偶に真面目な空気を出したかと思えば、直ぐにコレだ。

 鬱陶しい指を払いのけ、シンは残り少ない朝食に専念する事にした。

「うるせぇ。元がこういう顔なんだよ」

 目が覚めてから三日間。雷獅子と交戦してから十日間。

 いっそ怖いくらいの平穏が、緩やかに穏やかに流れていた。


○ ◎ ●


 その空間を一言で表現するなら、きっと“悪意”という言葉が最も相応しいに違いない。

 入念に組み合わされ、或いは丹念に積み上げられた無表情な石。天井と床、三方の壁を一片の隙間も無く構成し、出て行く事も入り込む事も許さない。

 奥の壁には金具の跡。床の上には鎖の残骸。どちらも焼け爛れて殆ど消し炭と化しているのできちんと判別する事は難しいが、此処が本来どのような場所なのかを知る者であれば、何とか推測する事は可能だろう。

 ガチャガチャと鳴り響く鉄鎖の悲鳴。暗闇に脅える誰かの叫び声。ブツブツと纏わり付いて来る低い呟き声は、きっとその全てが怨嗟の声だ。

「……」

 言うまでもなく幻聴だ。だが、幻聴だと簡単に笑い飛ばす事が出来ないのも事実である。

 拘束する為の鎖と金具。侵入も脱出も許さない無機質な石の囲い。この空間を遂に出る事の出来なかった者達の無念と、この空間を造り上げた者達の執念にも似た悪意。

 嘗て牢獄だったこの場所には、余りにも昏い感情が溜まり過ぎているのだ。

「ふー……」

 今は囚人の姿は見当たらず、人が生活している場所の気配は全く無い。

 ただその代わり、その場には酷く合わない人物がランプを片手に突っ立っていた。

 やや尖り気味だが整った顔立ちは今は険しく、疲れたように目頭を揉みながら溜め息なんか吐いている。手入れの行き届いた肌は暗い中でも分かるくらいに上品な白さを保ち、梳いた金髪はランプの灯りを必要以上に反射してキラキラと煌びやかに輝いている。

 身に纏った純白の衣服は所々に金や銀の刺繍が施され、一々豪華だ。軍服にも似ているが、素材そのものや刺繍による装飾の所為で暴力の気配は漂って来ないし、何より着ている本人の体型はヒョロリとしていて、軍人とは程遠い。

 貴族。或いは学者。

 彼を見た者は十中八九そのような印象を受けるだろうし、実際、それもあながち外れではない様子だった。

「……焦げ付いているな。だが、そんな事が有り得るのか? そもそも、三年前とは様子がまるで違った。元々から別物だったのか? それとも素体によって性質が変化したのか……」

 暗闇に支配された牢獄の中、自らの持つランプの明かりに照らされながらブツブツと何事かを呟いている。

 時折ランプを動かして光を当てる場所を変えているのは、どうやら何かを調べている為らしい。が、床も壁も天井も特に変わった様子は無く、調査は大して進んでいない様子である。

 それでも、男は調べるのを止めるつもりは無いようだった。頭の中で回転している思考を口から垂れ流しながら、熱心に黒ずんだ床を調べたり、ボロボロと剥がれる破片を光に当てて注視したりしている。

 カツン、と少しわざとらしい足音が背後から聞こえてきても気付いてないのか興味が無いのか、全く反応を示さなかった。

「──おい」

「くそ、焦れったい。やはり残骸を調べるだけじゃ物足りない。狗共は何をしている。早く早く早く早く……」

「おいって言ってるだろ無視すんな馬鹿兄貴!!」

「……あ?」

 痺れを切らしたような甲高い大声。夢中な様子でブツブツ呟いていた様子の男も流石に気が付き、背後を振り向く。

 ランプの光に照らされて浮かび上がったのは、先に居た男以上に目立つ容姿をした若い女だった。

「……何だ、お前か。演習はもう終わったのか?」

「は? 何言ってんの? あんなメンドいの行く訳ないじゃん」

 背中まで伸びた豪奢な赤毛に、少し化粧の濃いキツめの容貌。着ている服はベースこそ男と同じものらしいが、切ったり付けたりとやったらめったら改造している所為で同じものとは到底思えなくなっている有り様だ。

 女性としても背が低くて小柄な所為だろうか。顔立ちを見れば大人びていても、全体を見れば何処か幼いように思えてしまう。まるで子供が無理して大人ぶっているような、妙なチグハグ感があった。

「またサボりか」

「何よ。文句あんの?」

 興味無さそうに男が言えば、女は少し口を尖らせてそれに答える。

 追及すると面倒臭くなると踏んだのか、或いは単純に其処まで興味が湧かなかったのか、男は軽く肩を竦めただけだった。

「“猟犬”共からの連絡は」

「へ? ああ、はいはい。いや、まだ何にも。ほら、フレイガルドで起こった例の爆発事件? 何でああなったのか知らないけど、兄貴の言った通りアレに巻き込まれたのかもしれないね」

「そうか。使えない奴らだ」

 今までに比べると明らかに感情の籠もった声を吐き捨てて、男は再び調査に戻る。

 身を屈めてボロボロの床を念入りに調べている男を女は黙って眺めていたが、やがて堪えきれなくなったように溜め息を吐いた。

「何がそんなに楽しんだか。アタシには何にも無いようにも見えるけどなぁ」

「ふん、だからこそ異常なのではないか」

「はぁ?」

 先程とは一変し、何処か楽しそうに返した男の言葉に、女は怪訝そうな反応を返す。

 それを続きの催促と見なしたのだろう。男は立ち上がりも振り返りもしなかったが、今までの素っ気無さが嘘のように早口で言葉を紡ぎ始める。

「オリハルコンを知ってるだろう。精製すれば無双の矛となり、或いは無双の盾となる世界最強の金属だ」

「“矛盾”の語源になったアレでしょ。つーか、何? 馬鹿にしてんの?」

「盾と矛はどうでもいい。重要なのは、かつて栄えていた“旧文明(ロスト・アーク)”においても、彼の金属はそれだけの硬度を誇っていたという事だ。実際、我々はそれを見つけても傷一つ付けられないし、精製する方法も加工する術も未だに発見出来てない。たかだか鉛筆程度の細さの金属片が、超重量の合金鎚でぶっ叩かれても全く変形しないなんて信じられるか? 全く、どうして俺はこんな愚鈍な時代に生まれたんだか──」

「ああー、はいはいウチの奴らも持ってる奴は少ないよねぇ。オリハルコン製の遺産って」

 講義じみた男の話に早くも飽きて来たのか、女の声は既に投げやり気味になっていた。実際話は脇道に逸れて本物の講義に発展していく気配だったので、女は慌てて口を挟んだのかもしれない。

 望むような返答が返って来なかった事が大いに不満だったらしく、男の空気は一気に不機嫌なものに変わってしまったが。

「全く。お前に知性の欠片でも備わっていたらと思うと残念でならないな。どうしてそう平然としていられるんだ? 事の重大さが分からないのか?」

「今の話で何がどう重要なのかさっぱり分からないのは、アタシの頭が悪い所為なの? そっちの話し方が下手な所為じゃなくて?」

「ええい……!」

 高ぶった感情を吐き出すかのように、男は髪をグシャグシャと掻き回す。

「……で?」

 不機嫌というよりは呆れた様子でそれを眺めていた女だったが、少し経ってから先を促すように口を開く。どうやら男の癇癪が収まるのを待っていたらしく、ひょっとしたら雰囲気通りの子供ではないかもしれないと思わせる一面だった。

「さっきのオリハルコンの話がどう発展して、何が重大になるの?」

「……」

 対して、男は未だ不機嫌だ。

 声を掛けて来た女をギロリと睨むと、文字通り嫌みを吐き捨てる。

「此処が“旧文明”の時代に作られた事は、幾らお前でも知っているだろう」

「まぁね」

「此処に入るには金属で出来た廊下を通り、三枚の分厚い扉を潜り抜けなくてはならなかった事は覚えてたか?」

「絶対逃がしてはならない重罪人を捕らえておく牢獄だったから、だっけ?」

「ふん」

 馬鹿にしたように、男は鼻を鳴らす。

 女が解答を間違ったのかと思いきや、男は一度足を大きく踏み鳴らして先を続けた。

「それじゃあ、この床や壁にオリハルコンの基となる鉱石が大量に含まれていた事は知ってたか? あの金属製の廊下や壁が、全てオリハルコン製だったのは知ってたか?」

「……は?」

 男が求めていた反応とは、正にそんな反応だったのたろう。

 女の両目が、大きく見開かれる。ポカンとした表情で男を見つめ、それから慌てたように背後を振り返る。

「いや、待って、え……!? じゃあ、フレイガルドの爆発事件って……!?」

「やっと分かったか」

 女の背後。

 嘗て重々しく分厚い扉が塞ぎ、冷たく無機質な廊下が囲んでいたその空間は、今は黒く焦げ付いた臭いの漂う只の空洞に成り果てていた。

「どいつもこいつも何故か理解していないが、“奴”はもう人間じゃない。正真正銘、れっきとした化け物なのさ」


○ ◎ ●


 斧を振り下ろして薪を叩き割るのならば幾らか楽だ。

 刀を振り回して敵を撫で斬りにするのも、そんなに困る事は無かった。

 ただ、“これ”は今までに経験してきた事の中でも一番難しい。対象を捉え続ける集中力、同じく対象をうっかり握り潰してしまわないような包容力、腰に来る重圧に耐え続ける忍耐力。

「……あっ」

 手の中から、泡だらけの白い皿が勢い良くすっぽ抜けていく瞬間を嫌という程にハッキリ知覚してしまい、シンは胸の奥の心臓がキュッと縮み込むのを感じた。

 泡の尾の放物線を電灯の白い光にキラキラと輝かせながら、皿はシンの頭上を超えて行く。

「……っ」


 ……彼は疲れていたのだ。来る日も来る日も熱い料理を身体の上に乗せられ、人間達の食事に付き合わされる毎日。其処に尊厳(プライド)は許されず、ただ黙々と道具のように扱われる境遇しか許されていなかった。

 ならば、いっそ。

 それならば、いっそ。

 仲間達のように心まで人間の道具に成り下がるくらいであれば、この男の手の中から飛び出して、永遠の自由を手に入れてやろう──


「おっと」

 軽く驚いたような声に、我に返った。

 視界の先で、丁度室内に入って来たティスが、軽く驚いた様子ながらも飛んで来た皿をふわりと受け止めるのが見えた。普段はボンヤリしているように見える癖に、こういう所で身体能力と動体視力の片鱗を見せ付けて来るのだから侮れない。

「あは、危ない、危ない。またプリッシラに怒られる所だったね?」

「自由が……」

「はい?」

「あ、いや、何でも」

 俺は何を口走っているんだ。

 キョトンとした様子で首を傾げる彼女を見て、慌てて自分の仕事へと戻る。自我を得た皿の決死行の物語など、話した所で誰も得しないだろう。

「大丈夫? ちょっと疲れてるんじゃない?」

「いや、別に。ただ、ずっとやってると腰に来るな、これ」

 皿洗い。プリッシラが営む定食屋の下働きだ。ただで匿って貰っているのはやはり居心地が悪いので、せめてと思って始めたのがこの仕事なのだが、これが中々どうして難しい。

 一片の汚れも見逃してはならないのは勿論、割らないように気を遣わなければならないし、何より今言った通りに腰に来る。

 外で斧や倭刀を振り回している方が、まだ楽だと思ってしまうのは否めなかった。

「シンは背が高いもんね。そういう時はこうやって──」

 隣にやって来たティスが、肩幅程度に足を開く。真似すればいいのかと直感し、何気無い気持ちで立ち方を変えれば、途端に腰の辺りに蹲っていた痛みが嘘のように消えて無くなった。

「……おお?」

「ね、楽になったでしょう?」

「ああ」

 驚くと言うよりは素直に感心して彼女を見れば、どうだとばかりにニコリと微笑んで来る。

 そのまま彼女はズイと寄って来て此方に場所を詰めさせると、適当なスポンジを泡立て、山積みになっている未洗浄の皿をあれよあれよという間に洗い始めてしまった。追いやられてしまったシンは、必然的に泡を洗い流す係だ。ティスのスピードに付いて行けるか、今から不安である。

「あの二人だけど……」

 いやもう、スタートからしてシンとはまるで手際が違った。瞬く間に二枚、三枚と重ねられていく泡塗れの皿の処理に追われ、その所為でティスの言葉に対する反応が遅れてしまった。

「……あ? 何だって?」

「だから、あの二人だよ。ヒナギクとホタル」

「ああ、アイツら」

 チビ二人が熱を出した。今朝、まだ日も登っていないような時間の話である。

 ベッドで爆睡していた所を誰かにしきりに揺すられて起こされたかと思えば、ティスと一緒の寝室で寝ている筈の彼女達が其処に居た。

 何事かと聞けば、喉が渇いたと言う。

 ひょっとしてチビ達だけで夜の廊下を歩くのが怖いのかと思い、仕方無く下の厨房まで付いて行ってやったのだが、いざ水を与え始めると何時まで経っても満足する気配が無い。

 暫くするとお腹いっぱい、でも喉渇いた、等とよく分からない事を言い出して、その時になって漸くシンも二人の様子が変だという事に気付いた。

 丁度双子が居ない事に気付いて店内に降りてきたティスを捕まえ、状況を説明。直ぐさまは二人の様子を確かめた彼女によって、双子は早急にベッドに戻されたのだった。

「体力が尽きたんだろうね。やっと眠ってくれたよ。熱がって全然眠ろうとしないからちょっと不安だったけど、取り敢えずは一段落……なのかな?」

「そうか。……すまんな、任せっきりで」

「ううん。こっちこそ今日一日お仕事任せっきりでごめん。まだ慣れてないのに、大変だったでしょ?」

「いや、いい練習になった」

 症状としては熱と、それに伴う喉の渇き。体力も低下気味で、そのくせ熱の所為か中々寝付けないから厄介らしい。昼間は日の光を嫌うようにコンコンと眠り続けていたが、日が沈んだ途端に目を覚まして喉が渇きを訴えて来る有り様だった。

 ティスは一切表に出さないが、きっと大変だったに違いない。シンに文句を言う資格なんて無いし、寧ろ此処は自分の不甲斐無さを反省すべき所だろう。

「……本当はちゃんとしたお医者さんに診せるべきだと思う。何の病気か分かれば、もっと上手く対応出来るんだろうけど……ごめん……」

「お前が謝る所じゃないだろ。少なくとも俺がやるよりは遥かにマシだ」

「むぅ……」

 納得がいかないように唸るティスだったが、皿洗いの手は止まらない。シンが一枚の皿から完全に泡を落としている間に、一枚二枚と魔法のようなスピードで新たな処理済みの皿が積み上げられていく。

 きっと、身体が覚えているのだろう。数え切れないくらいの鍛錬を積み重ねて来たからこそ、今の彼女がある訳だ。

「大体、意識不明の重態って訳でもないんだろ。ガキなんざ風邪引きながら育つもんだし、お前が落ち込んだって仕方無いだろうが」

「うーん……」

 勿論、シンだって心配ではないと言えば嘘になる。偉そうな事が言えるくらいに子供の成長に詳しい訳でもないし、実は言葉や態度程に余裕がある訳でもなかったりする。

 虚勢を張るのは、狼狽えてもいい結果は出ないという常識から。そして医者に見せたくないのは、下手に動きを見せて追っ手に見つかるのを避けたいからである。

 雷獅子やその仲間の事は、未だに殆ど不明瞭なのだ。何処に奴らの目があるか分からないし、何がきっかけで所在がバレるかも分からない。

 守る側とは、かくも焦れったいものなのだ。

「とにかく、今は様子見だ。治ればそれで良し、治らなかったら俺が医者に連れて行く。それでいいだろ?」

「……。うん」

 もしかしたら、ティスにはこっちの心情など全てお見通しだったのかもしれない。彼女は暫く黙っていたが、やがて氷が溶けるように思い詰めるような表情を緩め、此方に向かってふわりと微笑んでみせた。

「確かに何処かが痛いとか、苦しいとか言ってる訳じゃないもんね。寧ろホタルなんか大暴れだったし」

「アイツか。アイツは元気良いもんな」

「運動神経も良いんだよ? この間、私うっかりコップを落としちゃったんだけど。あの子がこう、結構離れてたのに滑り込みでサッと」

「ほー」

 お前もそういう失敗するんだなとか。そんな滑り易い状態の手で皿を掴んだまま、激しめの滑り込みのジェスチャーするなよとか。言いたい事は色々あったが、積み上がった処理済みの皿の山がシンに突っ込みを許してくれない。

 楽しそうに話してながら皿を泡立てているティスと、手元の皿を睨み付けながら仕事に集中しているシン。傍から見れば、さぞかし噛み合っていない二人に見えるのだろう。

「ヒナギクは大人しいけど、その分冷静でお利口さんなんだよね。でも、口や表情に出さない分、ちょっと行動に出やすい所があるかな」

「行動?」

「すり寄って来たり、抱き付いてきたり。シンが一番多いと思うけど?」

「そうかぁ?」

「そうだよ。シン懐かれてるなぁって、ちょっと羨ましく思う事あるもん」

「あー……」

 確かに、気が付いたら其処に居る、というのは多い気がする。服の裾を掴まれて拘束されるというのも、何度か経験したと思う。

 別に不自由がある訳じゃない。ただ一緒に居てやれば満足で、その間何をするかは此方の自由らしい。それはホタルにしても同じで、シンはあの二人から我が儘も言われた事は余り無い。きっと、まだまだ遠慮があるのだろう。

「しかし、良く見てるよな」

「え?」

 思わず呟いたその言葉に、ティスがキョトンと不思議そうな顔をする。

 誤って割ってしまわないように皿を取り上げ、慎重に水に流しながら僅かに残った余裕を以て補足を付け足す。

「お前が、あの二人をだよ。アイツら造りそのものは一緒でも、配色同様中身は全然違うからな」

「配色って……」

 どうやら合点がいったらしい。此方の物言いに軽く苦笑いを浮かべながらも、ティスは此方の言葉に相槌を打って来る。

 修道院で近隣の人々の話相手をやっていた事もあってか、彼女の聞き役としてのスキルは滅法高い。彼女自身は何も言わなくても、彼女の纏う雰囲気が続きを促して来て、自然に言葉を紡いでしまうのだ。

「例えば、ヒナギクはピーマンが嫌いだがホタルは人参が嫌いだろ?」

「ああ、時々こっそり交換とかしてるねぇ。今度見つけたら注意しないと」

「ヒナギクは冒険とか英雄とか男子っぽい所に、ホタルは逆にお姫様とか色恋沙汰とか女子っぽい所に反応するよな?」

「絵本とか読み聞かせてる時でしょ? 最初は私もちょっと意外だった」

「ホタルはあちこちをちょろちょろ動き回るのに比べて、ヒナギクはその辺でジッとしてる事が多いよな」

「まるで子犬と子猫だよね。……とは言っても、子猫がジッとしているのは大抵シンが側に居る時なんだけど」

「は?」

「あはは、やっぱりそれは自覚してなかったんだね?」

 楽しそうだった彼女の声が一際大きく弾み、微笑程度だった笑顔も笑い声と共に大きくなった。此方としては、まるで不意を突かれたような気分である。

 思わず手を止めて彼女の方へと視線を向けるが、彼女はちゃんと教える気が無いのか視線を手元に落としたままだった。

「二人にとって、シンはやっぱり特別なんだなぁって話。最近はね、シンとこんな事話したとか、シンがこんな事教えてくれたとか、ずっとシンの事ばっかり話して来るの」

「それは、知らなかった」

「プリッシラはハンカチ噛んでたよ。『何であのダメ男ばっかり』って」

「ダメ男……言いたい放題じゃないか」

「まぁまぁ」

 キュッと蛇口の栓を閉めて、ティスは両の手首を軽く振って水気を飛ばす。どうやら彼女の受け持ちは終了したらしい。軽く視線を上げ、何かに思いを馳せるように間を置いていたが、やがてポツリと呟いた。

「でも、私もちょっと妬けちゃうな」

「何が。お前にだってあの二人は──」

「だって、あのコ達ばっかり。記憶喪失なのは仕方無いけど、シンってば昔の事なんか全然覚えてないって顔してるし……」

「──あれっ!?」

 思わず、素っ頓狂な声が出た。

 ティスの話にではない。悪いが彼女の話なんて全然聞いていなかった。

 山のように積まれていた皿が、何時の間にか無くなっていたのである。そう言えばさっき、ティスは“蛇口を閉めて掌から水気を飛ばしていた”事を思い出し、慌てて彼女が立っている側の流しに視線を走らせる。

 あった。

 山積みされた水も滴る良い皿達が、さっぱりしたように電灯の光に煌めきながら、ティスの向こう側で乾燥台に並べられるのを待っているのが見えた。

「お前、何時の間に」

「……。ボーっとしてるからだよ」

 いきなりだった此方の声に驚いたらしい。身を竦ませていた彼女は気が抜けたように溜め息を吐くと、咄嗟に胸に抱き締めていた皿を乾燥台に並べ始める。

 何だかさっきに比べて元気が無いような気がして怪訝に思ったが、其処で彼女の話を自分がぶった斬ってしまった事を思い出した。

 ティスがこなした分に比べれば圧倒的に少ない皿を目の前の壁に設置された乾燥台に並べていきながら、若干バツの悪い思いで口を開く。

「あー……。……それで?」

「何でも無いもん」

 あれ、何か機嫌悪くないか?

 怪訝に思い、改めて彼女に視線を遣るが、彼女は此方を見向きもしない。熟練の手際の良さで皿を乾燥台に並べて行き、あっと言う間に仕事を全部終わらせてしまった。

「意地悪」

「は?」

 ボソリと呟かれた言葉の真意は、ついに解き明かされる事は無かった。

 話の流れをぶった斬るように、突然聞こえて来たバタバタと慌ただしい足音。シンちゃんシンちゃんと切羽詰まった彼(女)の声がそれに続き、次の瞬間プリッシラが物凄い勢いで厨房に飛び込んで来る。

「大変!! 大変よ!!」

 下手に茶化すのも憚られるような空気だった。彼(女)の方に向き直り、何も言わずに視線だけで続きを促す。

 余程動揺していたのだろう。若干息切れ気味になっていたが、彼女はそれすらも捻じ伏せるように言葉を紡いだ。

「あのコ達が……!!」

 瞬間、自身を取り巻く世界そのものが凍り付くのを、シンはハッキリと自覚した。

 油断していたのだ。

 訪れた平穏に気が緩み、状況に対する警戒が薄れていたのだ。

「あのコ達が、何処にも居ないの……!!」

 プリッシラの言葉は、背中で聞いていた。

 双子から目を離してしまった自身の愚かさを呪いながら、シンは厨房から飛び出した。

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