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APOSTATE  作者: 原醍鼓
1/8

prologue.『ある男の最期』

 最後にマトモな思考をしたのは何時だっただろう。


 嵐の中だった。

 轟々と咆え猛る雨音は聴覚を潰し、銃弾のような大粒の雫は視界を覆う。

 身体を叩かれ続けている所為で、体力は奪われ続ける一方。動き続けているお陰か体温は下がる気配を見せなかったが、今は逆に熱過ぎるくらいに熱を持っている。

 加えて、場所は森の中だ。人工林というような生易しい所ではなく、肥沃な大地に根を張った正真正銘の森の中である。張り出した木の根や沼のような泥濘に足を取られて、思うように動く事が出来ない。

 ただ、これだけの悪条件がそろっているのにも関わらず、もどかしいとか鬱陶しいとかそういう余計な事は、一切思考に浮かばなかった。


「────……ッ!!」


 振り抜いた刃から、赤の飛沫が飛び散った。

 たった今顔面を殴り潰してやった男は、何か悲鳴を上げたのだろうか。

 足を掴んで引きずり回し、最終的には凸凹した木の幹に叩き付けてやった男は、どの段階で意識が途切れたのだろうか。

 人工灯の光が目に眩しい。雷の音が腹の底に響く。

 桶をひっくり返したような土砂降りの中だというのに、血の匂いがベッタリと貼り付いて離れない。


「───────ッ!!!!」


 吼える。

 真正面から突っ込んで来た奴の胴体に前蹴りを叩き込み、強制的に怯ませた所に腰の回転を乗せた拳をコメカミに叩き込んで吹っ飛ばす。

 間髪入れずにその拳を跳ね上げ、後ろから襲い掛かって来た奴の顔面に肩越しの裏拳。振り返り、鼻を抑えてよろめいていた相手の胸倉を掴んで強引に引き寄せ、一本背負いの要領で頭から地面に投げ落とす。得物の鞘尻を突き落として喉を潰し、トドメ。

 頭上で、雷光が目も眩むような光を放ったのはその時だ。光の中に紛れ込み、次の獲物に向かって走る、疾る。


「───────ッ!!!!」


 吼えた、かもしれない。

 散弾銃(ショットガン)を構えて此方に標準を合わせていた相手に一気に接近、銃口を掴んであらぬ方向へ捻じ曲げながら、相手の顔面に得物の柄を叩き込む。更には手の中に残っていたショットガンを空中に放って持ち直し、地面でのたうち回っていた相手の頭に銃口を押し付けて、固定。

  引鉄を引いた。

 ボンッと散華した赤は、雨の所為か酷く黒ずんで見えた。


「──……化け物がァッ!!」


  背後から敵意が迫って来るのを感じた。振り返れば敵の一人が、勢い良く突っ込んで来るのが見えた。

  即座に対応。地を蹴ってその場から飛び出し、突っ込んで来る相手に此方から肉薄。タイミングをずらされた所為かあっさりと懐に潜り込まれた相手を嘲笑いながら、突進の勢いをそのままにショルダータックル。

 鈍い衝撃から察するに、重要な器官を潰したらしい。相手が血反吐を撒き散らすのを認識しつつ、それでもまだ足は止めない。相手の身体を引っ掛けたまま疾走を続け、そのまま近場にあった大木の幹に突っ込んでいく。

 ドン、と盛大な衝撃の陰に隠れて、骨が砕けて肉が潰れる生々しい感触が伝わって来たのは、直後の事だった。

「テメェッ!!」

「よくも!!」

 左右からそれぞれ聞こえて来た叫び声。

 血反吐を撒き散らしながら崩れ落ちた相手はもう放っておいて、声が聞こえてきた二方向を素早く見回す。

 挟み撃ちだった。片方は双剣を、片方は長剣を振りかざして、左右から真っ直ぐに突っ込んで来る。どうしようか等と考えるまでも無く、気が付けば身体は左の双剣使いの方へと向き直っていた。

 斜め上から交差する軌道で襲い掛かって双剣を、腰を落として重心を低くする事で回避。更に振り抜かれる直前の片腕を掴んでホールドし、その身体を強引に引き寄せつつ得物の柄頭を下から鳩尾に向かって思い切り突き上げる。

「ぐぇ!?」

 思っていたより遥かに軽い。まるで蝦蟇のような悲鳴を上げながら、突き上げられた双剣使いの身体は此方の頭上を越え、背後に落とされる。

 長剣使いの一撃が、背後から襲い掛かって来たのはその瞬間の事。丁度落下中だった双剣使いの身体が盾となり、此方に届く事は無い。

「ぎゃッ!?」

「しま──っ!?」

 同時に聞こえた悲鳴と狼狽の声は無視して、即座に反転。振り向き様に得物を一閃し、一直線上に並んでいた二人を纏めて斬り捨てる。

 雨に悉く落とされて、大して血は飛び散らない。二人から四つへと変化した剣士達から視線を外し、代わりに少し前から気になり始めていた方向……即ち、頭上を見やる。

 二人に気を取られている隙に頭上から奇襲を掛けるつもりだったのだろう。視線の先では、やや小柄な人影が短刀を構え、木の枝から飛び降りようとしている所だった。

「う……ッ!?」

 まさか気付かれるなんて思いもしなかったのだろうか。短刀使いが怯えたように表情を歪め、小さく呻き声を上げるのが聞こえた。

 即座に跳躍。自分から相手に向かって接近していき、短刀が振るわれるよりも早くその顔面をひっ掴み、潰さんばかりに力いっぱい握り締める。メキメキと鈍い音と共に敵の身体が跳ねるのを感じながら、グルリと身体を捻って地上を睥睨。同時に、掴んだ相手を無造作に振りかぶる。

 バキッと手の中に変な振動を感じ、相手の身体から不意に重たくなったのはその時だ。きっと負担を掛け過ぎて、首の骨が折れてしまったのだろう。

 構わず地面の向かって力一杯投げ落とし、更に泥の中に埋もれた彼の身体の上に着地。ボキバキと踏み砕く感触を足裏で確かめながら、森の中に居る全ての敵に向かって、吼える。


「─────────ッ!!!」


 そこら中に敵が居る。

 得物を鞘から抜き放ち、そのまま直ぐ脇にあった大木を一閃。裏に隠れていた敵の一人を、大木ごと両断する。

 ガチン、と雷鳴にも似た鍔鳴りの音が森の中を突き抜け、斬られた大木がグラリと傾いだ。

 それが完全に倒れてしまうよりも早く、その場から駆け出す。雨の帷を引き千切り、足元の泥を撥ね散らかして疾走、跳躍。

 木々の枝葉に紛れて此方を狙っていた射手を空中ですれ違い様に一刀両断、そのまま放物線を描いて地面に接近、丁度落下地点に居た敵の一人を得物の切っ先で刺し貫きながら着地。名前も知らない誰かの口内に突き刺さった得物を引き抜いて、立ち上がる。

 どうやらここが、敵本隊の居場所であったらしい。わざわざ見回さなくとも、其処此処で蠢き、此方をジィッと睨み付けている気配は嫌でも感じ取る事が出来る。

「……」

 沈黙は、ほんの一瞬。

 今までよりずっと近い所で、雷が吼えた。


「化け物め!!」


「回り込め! 包囲して一気に叩み掛けるんだ!!」


「仇を取れ!!」


「殺せ!!」


「奴を殺せェッ!!!」


 悲鳴は聞こえない。代わりに、怒声が聞こえる。

 悪意。害意。敵意。殺意。

 分厚い雨の帳に覆われてはいても、それらの感情が森の至る所から噴き上がり、自分の向けられているのは、痛いくらいに感じ取る事が出来た。

「……」

 どうして此処まで濃密な殺意を向けられるのか。知っていたような気もするけれど、熱に浮かされボンヤリとした思考では思い出す事も叶わない。

 正直な所、そんな事はどうでも良かった。

 敵が居るという事。戦わなくてはならないという事。奴らを全部全部殺して殺して殺し尽くして、誰一人生きて帰してはならないという事。

 そうしなければ逃げ切れない。そうしなければ守り切れない。

 

 ──守る?


 ──一体、何を?


「……?」

 真正面から突っ込んで来た男の脇をすり抜け、同時に足を掛けて転倒させる。

 顔面を踏み潰してトドメを刺し、即座に屈んで出来立ての骸を拾い上げて、クルリと反転しながらそれを力任せに投げつけてやった。

「うぉ……ッ!?」

 後方から迫って来ていた奴が死体にぶつかって足止めされている間に、死体が落としていた長剣を蹴り上げて拾う。

 ポンと空中に放り投げて逆手に握り直し、大きく振りかぶって全力で投擲。

 ズドン、と鈍く派手な音。

 死体と仲良く串刺しになった男がそのまま勢い良く吹っ飛んで行き、木の幹に縫い付けられたのは直後の事だった。

「……」

 新手は無い。

 けれど、全滅した訳でない。

 木々の向こうから此方を窺う、沢山の目、目、目、目。何処か獲物を狙う獣を連想させるような沢山の双眸は、どれもこれも殺意に満ち満ちている。

 恐らくは奴らの仲間が全部集まって来たのだろう。周囲どころか頭上まで、完全に包囲されてしまっている。

 これだけの数を全部一人で、一気に相手にしないといけない訳だ。流石に骨が折れるだろうし、そう言えばだからこそ、移動しながら戦おうと考えたような気もする。

 何でこんな事になっているんだろう。どうして自分はコイツらと戦っているんだろう。

 思い出せない。思い出したいとも思えない。

 身体が熱い。まるで燃えているみたいだ。

 轟々と吼える雨の音ですら静かに響く静寂の中、ドクン、ドクンと自分の鼓動の音だけが妙に大きく響いている。

 視界はユラユラと朱く染まり、その中で蠢く敵はそれよりも紅い。敵の首領らしき人影が前に進み出て、何事かを言っているのが聞こえるが、ザーザーと雑音(ノイズ)のような音しか発さないのでは何を言いたいのかさっぱり分からない。

 トウコウ?

 メイヨアルシ?

 何だそれは。美味いのか?

「がぁッ!!!」

 間髪入れずに飛び出した。

 前に出ていた男の眼前にまで距離を詰め、胸倉を掴んで引き寄せると同時に、得物の柄頭を思い切り顔面に叩き付ける。

「──ッ!?」

 聞こえた雑音(ノイズ)は、ひょっとしたら悲鳴だったのかもしれない。

 地面に叩き付けられた彼は一度ビクリと身体を痙攣させたかと思えば、それきり起き上がって来る事は無かった。

 代わりに、周囲の空気がザワリと揺らめく。

 向けられていた敵意や殺意が、これまで以上に急速に膨れ上がっていくのを感じた。

「……」

 いいだろう。上等だ。

 相手の方に大きく踏み出して泥濘を跳ね飛ばし、森全体を揺るがさんばかりに吼える。

 掛かって来い。俺は逃げも隠れもしない。

 地を蹴って前方の敵の群れに向かって駆け出せば、敵もまた、それを機に包囲の輪を一斉に縮めて来た。

 全方位だけでは飽きたらず、上や下までから襲い掛かって来る敵、敵、敵、敵。

 一体何人居るのだろう、後から後から押し寄せて来る彼等を嬉々として迎え入れ、次から次へと片っ端から叩き潰していく。

 殴り、蹴飛ばし、踏み砕く。

 穿ち、斬り裂き、噛み千切る。

 思考が沸騰する。

 世界の輪郭が曖昧になる。

 何か大事な事を忘れているような気がしたけれど、戦う事に手一杯で、何より戦う事は楽しくて。思考が熱い狂乱に押し流されて、思い出す事は出来ない。

 斬った。撃たれた。刺した。穿たれた。

 砕き、へし折り、斬り裂き、踏みにじり、敵を、全てを、嗤い、嗤い、嗤い、嗤い──









 ──……最後にマトモな思考をしたのは何時だっただろう。

 最後にそんな事をチラリと考えたのは確かだと思う。

 けれどそこで意識はプツリと途切れていて、そこから先はどうなったのか分からなかった。


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