伝説(2)
かつて、ある村からはずれた場所で、ひとり暮らしていた娘がいた。
最初から一人だったわけではない。小さい頃は家族とともに村に住んでいた。しかし、少し成長したあるとき、娘の両親が村の財産に手をつけるという事件が起こった。
村の財産はそのまま村人の生活に直結する。
それに手をつけたのだ、簡単に許されることではない。
両親は犯罪者として捕らえられ、村から騎士や探偵に連行されていった。強制労働が罰として課せられたのだ。
しかし、村で問題となったのは残された娘。彼女は何も知らず、罪を犯したわけではない。とはいっても彼女の両親がしでかしたことは村で最もやってはいけない行為。見せしめのためにも、何もしないわけにはいかなかった。
話し合いの末、彼女は村から外れた小屋に一人住まわせることになった。必要なものがあるなら取引もしよう、場合によっては恵みもしよう。村に入ってくるなとまでは言わない。ただし村の一員であることは許されなかった。
「一人慎ましやかに、娘は生きる。ほそぼそと野菜を育て、時には慣れぬ狩りを行い。彼女は必死に、生きていたのだ」
ポロロン、ポロロンと楽器が奏でる音に調子を合わせ、ナガレは物語を紡ぐ。その声は今までの軽い口調ではなく明らかに違っていたため、そのギャップが余計に強烈だった。
しかし、上手い。
そんな娘に想いを寄せる、一人の若者がいた。
彼は娘が村にいた頃から彼女に想いを寄せており、最後まで彼女が村から追放されることに反対していた。とはいえ所詮は若い衆の一人。彼の訴えが聞き入れられることはなく、娘は村から出ていくことになった。
それでも彼の想いが途切れることはない。
さすがに何から何までしてやることはできなかったが、自分の仕事の合間をぬって彼女の力仕事を手伝った。不慣れな彼女のために狩りや解体の手ほどきをし、時には彼がとった肉を分けたりもした。
おかげで村人たちは彼から距離をとることが多くなったが、彼は気にしなかった。一方で娘とは確かに仲が良くなり、その想いが娘に届くのは自然なことであった。
娘が村に戻ることはない。
一方で若者にも家族はいる。自分のわがままで家族に迷惑をかけることはできないということも理解はしていたので、娘にかまけることなく家族内での自らの役目はしっかりとこなしていた。
だがある日、村で事件が起こった。
次々と村人たちが謎の病に倒れていったのだ。幸い、村の外にいた娘には何も問題は怒らなかったが、原因が分からず村人からはついに死者まで出てしまった。
娘は看病をするために村に行っては戻りを繰り返していたが、状況は好転しない。そしてついに、若者までもが病に倒れてしまった。
娘は以前からずっと、食事の用意だけは任されていなかった。この状況の中で、かつて問題を起こした夫婦の娘であった彼女は信用されなかったのだ。食事はまだ症状が出ていない他の者が用意していた。
「“罪人の娘に、食事など任せられるか!”あぁ、彼女の献身は、信頼まで至らなかったのだ。それでも娘は、健気に看病を続けるというのに」
もはや俺やキリオ、アリアだけではなくその場にいたビッカーソやメイラ、ミーシャ親子までもがナガレの弾き語りに完全に聞き惚れていた。
それだけ彼女の歌声、そして語り方が俺たちの心をつかむのだ。彼女の弾き語りはついに、クライマックスへ入ろうとしていた。
彼女が食べるものを用意しても、村の住民は誰も手をつけてくれない。なかには、弱り切った腕を無理に使ってまで投げつけるものまで出ていたのだ。それだけ、娘の親が残した村への傷は大きかった。
心配するな。僕は君を信じている。
若者だけが娘の味方だった。
娘はせめてもと、森に入って安全な木の実や薬草をかき集めた。若者に食べさせてあげるのだがついぞ効果は出ない。それでも、若者は決して娘を責めることはなかった。
ついに村人の7割が病に倒れ、都にまで騒ぎが広まっていた夏のこと。
娘は若者のために赤い熟した木の実を用意した。その木の実は甘い中に酸味があり、せめて病の苦しみを和らげばというのが娘の考えだった。
こんなことしかできなくてごめんなさいと娘は言う。
気苦労をかけてすまないと若者は言う。
そのふたりの想いは、ついに実った。
翌日、若者は呆然としていた。
体が軽い。熱もない。おそるおそる立ってみるがめまいがすることもない。
娘が持ってきた赤い熟した木の実。それは彼の病状に効力があったのだ。若者が元気になったことを知り、娘は歓喜の涙を流す。
若者の話を聞いた村人たちは赤い木の実を娘とともに集め、ついに村は危機から脱することができたのだ。
ありがとう、チコ。君のおかげで僕たちは救われた。
もしも彼女が若者への想いから献身を続けなかったら。もしも若者が彼女に想いを寄せずほかの村人同様娘の食事を拒否していたら。
二人の想いが起こした奇跡に、ついに村人たちは娘を受け入れた。赤い木の実は娘の名をとって、のちに「チコの実」と呼ばれるようになったという。
「めでたし、めでたし」
最後にジャラン、と音を鳴らすとナガレは立ち上がり、俺たちに向かって深くお辞儀をした。
「皆様、御静聴まことにありがとうございました。これにて、「チコの実の伝説」弾き語り終了にございます」
彼女の言葉を受け、俺たちは全員惜しみない拍手を送った。いやはや、本当に素晴らしかった。この拍手も形式的なものじゃない、本当に感動したが故の拍手だ。
「いやぁー、照れるッスねえ。緊張したけどうまくできて良かったッス」
「いやはや、すごかったな」
「本当に、感動しました!」
「素晴らしかったわ。うふふ、キースには悪いけど残って本当に良かった」
俺、キリオ、アリアが笑顔を浮かべて感想を述べる。特にキリオは目が真っ赤になっている。いつものごとく泣いてしまったのだろう。でも、その感動はよくわかる。それだけナガレの弾き語りは素晴らしかったのだ。
「そこまで言ってもらえると嬉しいッス。いやぁ、昔の仕事やめて以来、吟遊詩人として楽器を持ってみたッスがうまくいく保証なんてどこにもなかったッスから。頑張ろうって思えたッス」
すっかり喋り方が地に戻ったナガレはメイラ達にも一礼する。
「お二方は仕事がまだあるのに申し訳ないッス。ましてやもう遅いのに」
「何言ってるのさ。食事も終わったし、あんたが謝るほどじゃないよ。いいもの聞かせてもらったしね」
メイラとしても満足だったらしい。気にするなとカラカラ笑っていた。
「もう寝させてもらう。いい弾き語りだった」
ビッカーソが2階の客室に上がったのをきっかけに、ナガレやキリオももう寝ると客室に戻り始めた。無論俺も。メイラとミーシャは片方が寝て、もう片方は深夜に掃除などをするという。
「そういえば」
階段を上りながらアリアが口を開いた。
「どうしました?」
「ナガレさんがどうして「チコの実の伝説」を弾き語りの内容に選んだかわかるかしら?」
「え?」
どうやら、ナガレがあの話をしたのには理由があったらしい。ナガレの方を見るとにやりと笑みだけを俺に返した。
「チコの実はね、あの伝説から想い合う二人で食べてお互いの気持ちを確認できるっていう風習があるのよ。一種のゲン担ぎみたいなものね」
「なるほど」
「それで、ここにはその実も生えているのよ? 詳しく知りたかったら明日教えてあげるわ」
そうっと横を見れば、真っ赤になったキリオの顔。チラチラとこちらを見ている視線が、何を求めているのかはっきり告げている。恥ずかしいらしく決して口にはしないが。
やれやれと首を振るとアリアの方を見る。
「わかりました。お願いします」
「うふふ、それじゃあ今日はおやすみなさい」
最後の最後で、またからかわれた。あの話、わざとここまで黙っていたのだろう。