伝説(1)
感想をもらえた!
えーい、次の話も予定より早く投稿じゃーい!
夕食におりると、一階の食堂には料理を運ぶミーシャの他にも四人、見慣れない人物たちがいた。メイラの姿が見えないが、おそらく奥で料理を準備しているのだろう。
俺とキリオが降りてきたことに気づいたのか、ミーシャが空いていた席の上に食器を並べていく。
「ヴァンさんとキリオさんはこちらの席にどうぞ!」
「ああ、ありがとう」
案内された席に座っていると、そばの席にいた女性から声をかけられた。
「いいわね、二人で旅行に来たのかしら?」
「んなっ!?」
真っ赤になったキリオは飛び上がったが、俺は苦笑しつつ声のしたほうを向いた。
横のテーブルを挟んでひと組の男女が座っている。男性のほうは背が高く髪を短く刈り込んでいる。筋肉もついており、腕に傷がいくつか見えた。なによりかなり厳しい視線を向けている。
この目つきには見覚えがある。命懸けの危険を乗り越えてきた、冒険者の目。かつて事件で出会った冒険者たちを思い出す目だ。
一方で女性の方は全然荒事に関係するような雰囲気ではない。長い金髪をストレートにたらしたその女性は聖母のような笑みを浮かべていた。背も低いほうだろう、一緒にいる男との差がすごくある。
「いや、まあ、そうといえばそうなんですけど、なにか誤解してるような」
「あらそうなの? ごめんなさいね、てっきり若いカップルと思ってね。昔を思い出しちゃったの」
そこで俺たちにも食事が運ばれてくる。野菜を炒めた料理が置かれた皿が二つ、空の取り皿が二つ、そして大きな鍋がひとつだ。鍋の中には魚や肉、野菜がグツグツと煮えていい匂いを漂わせている。
ふと気づいたが、相手の机には鍋があるのはこちらと同じだが、野菜の炒め物は大皿に盛られ一つの皿しかない。
「あ、ごめんなさいね。ちょっと事情があって、私とキースの分は同じ皿に用意してもらっているの」
俺の視線に気がついたのだろう、女性は皿の数の違いについて説明してくれた。事情というのが少し気になったが、むやみに聞くことではないだろう。そう思って、料理を食べ始める。
「そうだったんですか。えっと」
「私の名前はアリア。一緒にいるのはキース。私の夫で冒険者をしているの」
キリオに自己紹介して、また俺たちに微笑みかけるアリア。その横でなんの反応も見せずに黙々と食事を続けるキースがすごく対照的だった。
「ヴァン・ホームズです」
「私はキリオ・ラーフラです」
俺たちも返事として自己紹介をする。
「いい匂いッスねえ……ウチもそろそろ食べたくなってきたッス」
そこで、ここにいたうち、まだ会話をしてない一人から声が上がる。
机の上には料理などが置いてなかったので、てっきり食事が終わったと思っていたのだがどうやらまだのようだ。
声を上げたのはウェーブのかかった金髪の女性。声といい外見といいたぶん俺より少し年上なくらいだろう。小柄で顔もどちらかというと子供っぽい。手に持っているのは、この世界でマルピーと呼ばれる楽器だ。元いた世界でいうリュートやギターに近いだろう。本体の木でできた丸い部分と飛び出たような長い部分。そして、その長い部分から弦が数本張られている。
「楽器をもっているってことは、演奏を?」
「ウチは流れの吟遊詩人ッスから。マルピーの演奏と歌は我ながらお聞かせできるレベルッスよ?」
故に我が名はナガレというッス! と手を掲げ高らかに宣言する。可愛らしい感じがするのはやはり幼い外見だからだろう。
しかし、ナガレとは……本名だろうか? いや、吟遊詩人というからおそらく芸名のようなものなのかもしれない。
「動くな。崩れる」
ボソリと呟く声。
「おおっと、面目ないッス。でもおなかが」
「もう少し。我慢してくれ」
ナガレの正面に座っている年をとった男が彼女を嗜める。木で出来た簡素な木の台をおき、その上に乗せた紙に筆を走らせている。
ナガレは元の体勢に戻りつつ、暇そうにマルピーとかいう楽器の調整をしている。
「今絵を描いているのはビッカーソさん。画家さんッス。吟遊詩人だという話をしたら、楽器を持っているのが絵になると言われてご覧のありさまッス」
ようはモデルになっているわけだ。
声をかけられたのがおそらく食事に降りてきた頃だったのだろう、お互い食事もせずに今の状態でいたようだ。ビッカーソは食事を忘れて絵を書く事に夢中なようだが、モデルのほうはそうでもないらしい。
「先に戻る。もう食事はいい」
そのまま食事を続けていると、急にキースが立ち上がった。
まだ皿には料理が残っているが、それには目もくれず階段を上ってしまった。部屋に戻ったようだ。
「うぅ……料理が目の前で残されるなんて」
「できた。待たせて、すまない」
ここでついに絵が完成したようだ。せっかくなので見せてもらう。
「うわぁ」
「これは、なかなか……」
覗き込んだキリオとナガレが感嘆の声をあげた。
絵の出来栄えは、見事と言えるレベルだ。目を閉じたナガレが楽器を抱え、歌いながら演奏している様子を描いている。実際モデルとなっていたナガレは演奏をしていなかったのだが、この絵からは本当に楽器の音色や歌声が聞こえてきそうな、そんな印象まで抱いてしまった。
「はい、これが二人の夕飯だよ。ビッカーソさん、温め続けるのも大変だからできれば飯時には我慢しておくれ」
「むぅ。善処する」
無口な人なのだろう、最小限の言葉で返事をすると、曲がった背中をさらに曲げ黙々とビッカーソは食事をとり始めた。
同様にナガレもようやくありつけた夕飯に笑顔を浮かべながら手をつけている。
その様子に食事を運んできたメイラやミーシャも満足気だ。もう温める必要が無くなったからメイラも出てきたのだろう。
「あぁー、生き返ったッスぅ」
満足げにナガレはお腹をさする。
俺たちも食事を終えている。アリアのぶんはキースが早く部屋に戻ってしまった分多めに残っていたのだが、その分は相当お腹を空かせていたらしいナガレがペロリとたいらげてしまった。
「私たちの分まで食べてくれてありがとうね」
「いえいえ、むしろお礼を言うのはウチの方ッスよ。いやー、満腹ッス」
再びお腹をさすったあと、ナガレはそばに置いてあったマルピーを手元に引き寄せた。弦を何度かピンと弾き、音を聞きながら調整している。
「せっかくビッカーソさんに絵も描いてもらったし、カップルが2組いることだし。ここは一つ、ウチの弾き語りにも付き合ってもらってよろしいッスか?」
ナガレの提案は、吟遊詩人である彼女が弾き語りをしたいとのこと。
「か、かかか、カップルとか、そんなんじゃないし……」
なにやらキリオがもじょもじょ言っているようだが、その様子を、食器を片付けたメイラとアリアがにこにこと笑いながら見ている。
俺の方にとばっちりが来ないようにと、俺はそっぽを向くだけだ。ヘタに口を開こうものなら逆にどんな言葉が飛んでくるかわからない。
「キースは戻ってしまったけど、仕方ないわね。私だけでも聞かせてもらうわ」
「俺たちもぜひ聞かせてもらいます。なかなかそういう機会はないし」
「かのヴァン・ホームズに聞いていただくなんて、こちらこそ光栄ッスけどねえ」
え? という表情が顔に出たらしく、ナガレは苦笑しながら説明をしてくれた。
「読ませてもらったッスよ、「捜査と裁判は死んでいる」。ウチは副業で物書きをしているから本に関しては情報がすぐ入ってきたし、知り合いに探偵もいるッスからね。……本当に、うらやましいッス」
俺を賞賛してくれるが、なぜかその声はだんだんと小さくなっていく。うらやましい、とは一体どう言うことなのだろうか? ただ話題になった本を書き上げたことを羨んでいるだけにはとても聞こえなかった。
「まあ、こっちの話ッス。それじゃあ、演奏を始めさせてもらうッスよ。このあたりの伝説に関する、お話ッス」
一礼すると、椅子に座り直し俺たちのほうを向いて楽器を構え直す。
ポロン、ポロンという音と共に、彼女の声、さらには口調までもが一転して唄を紡ぎ出した。
「村から外れ、森の方へ歩いて少し。そこには、一人の娘が住んでいた」
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