旅行(2)
旅行ということでキリオはスカートを履いてきた……なんてことは、なかった。いやまあ、わかってるけど、ちょっと残念だ。
「なに? ジロジロ見て」
「いや、キリオは変わらないなあ、と」
「ちょっ、変わらないとはなによ失礼ね! 私だって……」
後半はだんだん声が小さくなっていったので聞き取れなかった。
なんて言ってたんだろう?
「とりあえず、出発しようか」
「ええ、楽しみね」
目的地、エルワ森林公園は国内ではあるものの、僕たちが今いる王都から実に半日はかかる。なにせ移動は馬車だ、仕方ない。
今は朝だから、だいたい到着は夕方くらいになるだろう。できれば日が沈む前について、少しばかりでも森林公園を見て歩きたいものだ。
馬車で移動する間、これからの段取りを考える。ゆっくりしたいものだが、休みの関係上長期間滞在するわけにも行かない。だからこそ、時間は有効に使いたい。
そう思っている時期が、俺にもありました。
「まさか、予想以上に遅くなるとはなあ」
「ほんとね……」
エルワ森林公園に向かう道中では順調に進んでいたのだ。問題が起こったのはエルワ森林公園に入る直前でのことだ。
エルワ森林公園の地帯に入るには、山や森を危険を冒して越える以外ではトンネルをくぐるしかない。
そのトンネルの入口で、所持品検査が行われていたのだ。
聞いてみると、この森林公園はなかなか育たない珍しい種類のものや絶滅が危惧されている種類などの植物も生えているのだとか。
そのため、へたに外来の植物や動物を持ち込まれると生態系が崩れて珍しい植物が失われる恐れがあるそうだ。
むろん、これは植物や生物以外でも薬品など他の物でも同じようなことを引き起こす恐れがあるものは多いため、それらがトンネルの先に持ち込まれないように所持品検査は実施されていた。
俺はそんなに時間はかからなかった。服や本とかそれくらいしか持ってきていなかったからな。
問題だったのは……キリオだ。
あいつは宮廷医師。しかも今回は珍しい植物の生える森林公園ということでいくつか作ってみようと思っていた薬があったらしい。いくつか植物を持ってきていた。
さらに医師として傷薬など万が一のために薬もいくつか持ってきていた。
ここは王都と離れているために、このあたりからすれば珍しい植物・薬もある。キリオが持ってきたのがまさにそうだった。薬品は検査のために効果を確認したりなど時間を取られ、植物は図鑑で確認するためその用意まで待つ羽目になった。
検査をする理由は至極当然だと納得はできる。
しかし、検査をする量が量だっただけにかなりの時間待たされてしまった。おまけに自分の持ち物に難癖をつけられたように感じたのだろう、キリオがマッハでイライラしていったのが目に見えてわかった。
「だっからただの傷薬っていってんでしょ! 文句があるならちょっと腕切りなさいよ! 塗ってあげるから!」
「いや、だから本当にそうなのかだな」
「やっかましいわねえ、そんなに疑うならアンタの体で試してみろって言ってんでしょ!」
見ていて怖かったです。ええ。
女性の持ち物を検査するのだから当然女性の検査官もいたのだが、だんだん涙目になってこっち見てたぞ。
「なんとかしてください」ってあの助けを求める視線が余計痛かった。
今思うと時間がかかるいくつかは預かってもらうという手もあったのだろうが。薬の保管というのは医師でもない人に任せるには安心できなかったのだろう。
けっきょく、全ての検査を終えてトンネルをくぐる頃には日も暮れ、すっかり遅くなってしまっていた。
「ごめんねヴァン、私のせいで」
「いや仕方ないよ。それに、キリオがここに来るの楽しみにしてたのが分かったからさ」
あんなにたくさん本やら薬草やら持ってきていたのだ。調合に関して楽しみにしていたのが多かったのだろう。危険なものや許可されていないものでなければ植物は多少摘んでもいいらしいし。
そんなことを話しながら、馬車を降りた俺たちは歩きながらトンネルを進んでいく。
そして、トンネルをついに抜けた先には
「うっわぁ……」
舗装された地面が円形の広場を作っており、まずその中心にある大きな木が目に入る。
広場の円にならうように建物が数軒建ってはいるが、あとは全て木々や草だけだ。暗いがこの辺はまだ建物からもれる明かりで外が照らされている。
しかし、奥まで行くとなるとさすがに今日は無理かもしれない。明かりがなさそうだから真っ暗になってしまったら戻れる気がしない。
「こりゃあ今日はもう公園を歩くのは無理そうだな」
「そうね、とりあえず今日は休みましょ」
それもそうだ。疲れたし、今日は休むとしよう。
疲れた体を引きずるように、窓から明かりが漏れる宿屋に向かう。どうやら宿屋はひとつしかないようだったが、そのぶんトンネルのそばにあったためすぐに見つけることができた。
戸を開けると、カランカランと小気味いい音が鳴った。
「らっしゃい! おや、こんな遅くにお客さんかい?」
戸を開けてすぐ飛んできたのは、元気の良さそうな女性の声。
一階は机や椅子がたくさんおいてあり、壁際にはカウンターがある。どうやらここで食事などができるらしい。
「ほらほら、そんなところに立ってないで入っておいでよ!」
お盆を持ったまま近づいてきたのは、茶髪を肩より少し伸ばした恰幅のいい女性。髪の先が少しカールしており、ニコニコとこちらが見ていて清々しい笑顔を浮かべている。
「遅くに済みません。ヴァン・ホームズといいますが、部屋を……」
「おやおや、貴族様かい? コイツは失礼したねえ、申し訳ない。あたしはここの女将をしている、メイラってもんです」
俺が名字を持っていると知って、急に態度が改まるメイラ。
「よ、よしてください。俺はただの若造ですからそんなにへりくだらないでください。こちらはキリオ。俺とキリオ、ふたり分の部屋を用意して欲しいんですが」
「どうも」
キリオを紹介しつつ、部屋の確認をする。
宿屋がひとつしかないので、もし部屋がいっぱいということなら非常に怖いのだが。
「はいよ、お二人さんだね。心配せずとも、今はお客さんが少ない時期だからね。多い時期にはほかにも宿屋を期間限定で営業していることもあるけど、今はここだけで十分さね」
もともとそんなにお客さんが押しかけるわけでもないからねえ、と言うメイラ。言われてみれば、あそこまで出入りの際に厳しい検査があるわけだし、人がたくさん押し寄せてくるということはないのだろう。
ともあれ、部屋は用意してもらえるようだ。疲れていたので正直助かった。
「しかしだねえ」
安堵していたところに、なにやら思案げな声を出すメイラ。なにかまずいことでも
「二人部屋じゃなくていいのかい?」
「「結構です!!」」
カラカラと笑われる羽目になった。くそ、どうして年上の女性というのは人をからかうのが好きなんだ。
「そんな顔で睨まないでおくれよ。冗談だって。ミーシャ! おいで!」
「なにー? 母さん」
俺たちをなだめた彼女が奥の方へ声をかけると、カウンターの奥から14,5くらいの少女が顔を出した。メイラにそっくりの顔に茶髪だが、こちらはメイラと違い髪は伸ばさずショートカットにしているようだ。
「この子はうちの娘のミーシャだ。ミーシャ、新しいお客さんのヴァンさんとキリオさんだ。6号室と7号室に案内しておいで」
「よろしくお願いします。ではご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
ミーシャは俺たちに一礼すると荷物を持ち、二階への階段を上がっていった。俺たちがついていくとミーシャは二階に登って少し廊下を進んだ先で足を止めた。
「こちらが6号室、その横が7号室となっております。カギはこちらになるのでなくさないようお願いいたします。なくされると賠償していただきますのでお気をつけください。外出の際はカウンターにて私か母さんに渡して頂ければお預かりします」
俺たちに部屋の鍵をそれぞれ渡すと、彼女は夕食をとるか俺たちに確認してから、一礼して下へ降りていった。手伝いなどがあるのだろう。
「んじゃ、いったん部屋で休むか。また後でな、キリオ」
とりあえず少しでいいから休みたい。
いったんキリオと別れると、俺は6号室に入って荷物を置いた。
感想あればどしどしカモンです。
筆者のガソリンになります。