プロローグ
「はあ、はあ、はあ……」
少年は走り続ける。
ゴホゴホと咳き込んではいるが、立ち止まっているわけには行かない。
熱い。
こんなことなら、なんとしてでも止めるんだった。
きっかけは同年代の子供の一人が、魔術をこっそり練習しようと言い出したことである。危険だから大人の許可がなければ魔術の練習は禁止されていた。
「なぁなぁ、いいこと思いついたんだけどさ」
「なにー?」
「なんか遊びでもするのか?」
言い出した彼はガキ大将とも言うべき存在だった。彼の誘いはある意味強制に等しい。そんな彼が言い出したことが、こっそり森で魔術を練習すること、だった。
「そんなことしたら怒られるよー」
「あぁ!? 文句があんのか!」
嫌がる女の子に怒鳴りつけ、ガキ大将は意気揚々と森へ向かう。
少年もまた、彼に無理やり同行させられた一人だ。行きたくはなかったがガキ大将には何も言えず、仕方がなく着いていく。
それが、大間違いだった。
彼が練習しようとしたのは……こともあろうに、炎の魔術だった。
常識的に考えて、森で炎の魔術の練習など馬鹿げているにも程がある。
だが、所詮は子供。さらに言えばガキ大将の彼は人の注意なんて聞く子ではなかった。だから、何がダメなのか、なんでダメなのか、ちゃんと考えてはいなかったのである。
「よーし、練習してもっとすげえ魔術使えれば、大人たちだって文句は言わねえよ!」
「ちょ、おま」
そして、彼の炎の魔術は木に当たり、燃える。
その火はまたたく間に広がっていき……少年の目に飛び込んできたのは、周りの木に飛び火し、あたり一面が炎の世界となった光景だった。
「うわああああああああああ!!」
子供たちは慌てて逃げていく。少年とて同じだ、あんなガキ大将に巻き込まれて焼け死ぬなんてまっぴらごめんだ。しかし、火はどんどん広がっていく。
「ちくしょう、ちくしょうっ……」
少年は走る。
こんなところで、こんなことで死んでたまるかと。
しかし、もともとなぜ森で練習しようなどという発想が出たかといえば、大人たちから隠れるためだ。
そのため森の奥まで踏み込んでしまっており、村までたどり着くのはまだまだ時間がかかりそうであった。子供の足の速さなどたかがしれている。
「う……ゲホッ、ゴホッ」
周りの熱で体力が削れる。おまけに煙で視界もよくはないし、さらにはどんどん苦しくなってきた。
もう、だめかもしれない……頬をつたう汗をぬぐいながら、少年は足がだんだん重くなってきているのを感じていた。
その時である。
最初はついに幻覚まで見えだしたのかと、目をこすってみた。しかし、それはまぎれもなく現実だった。今もなお、変わらず少年の目の前にある。
「あれ、は……?」
今、森はあのバカのせいで燃えているはずだ。どの木も燃えているはずだ。なのに、なんで……あの木は。
今目の前に佇んでいる木は、なんで燃えていないんだろうか。
木というよりは大樹と言ってもいいかもしれない。
もはや何も考えられず、その木へと駆け寄っていく。
大樹は周りが燃え盛っているというのにも関わらず、今までと変わることなく堂々とそびえ立っていた。
周りの火の光を受けて輝いているようにすら見えるその木は、どこか神々しくて。
ああ、もう、大丈夫だ。
根拠があったわけではないが。少年はなぜかそう思えた。
そして、もう彼には限界が来ていたのだろう、安堵したと同時にだんだんとその意識は薄れていった。その身は木の幹に受け止められるように倒れ、少年は燃え盛る炎の中で木にすっかり身を任せていた。
少年が眠り続けているのを、唯一無事な木はただただ見下ろすだけだった。
大樹は、何も語らない。