【8】
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見覚えのある、懐かしい光景。
愛しいあの人と笑いあって、じゃれあって、冗談を交わして、好きだって言ってもらえてる。そんなとても幸せで、何より愛おしかったあの日々。けれど今の私には、何よりも残酷な光景として瞳に映る。
〝雪華、愛してるよ。〟
〝私もです。〟
〝友達の家居た……。メールしなくてごめんな?〟
〝もうー、寂しかったんですから。〟
〝本当にごめん!〟
〝友達の家に居たんじゃ仕方ないですよね。許します♡〟
〝本当ごめんな? ありがとう。〟
〝誕生日プレゼント届いた! すっごい嬉しい!〟
〝喜んでもらえてよかったです。〟
〝手作りだよね? 器用だね~大事に使うよ。〟
〝はい。どんどん使って下さい。〟
涙は出ない。私に泣く資格はないから。
「……私、ずっとずっと、続くと思っていた」
「……」
「―――ううん、そう信じたかっただけかもしれない」
フォードはただ静かに私の想いに耳を傾けていた。
「明日も、明後日も、明々後日も、一か月後も、一年後も、ずっと、ずっと一緒にいられるんだって。離れてたって、心は、いつだって傍にあるんだって、変わらずにずっと続いていくんだって。そう思ってた……。そう思って、信じて疑ってなかった」
何かを堪えるように唇を噛みしめた後、絞り出すように言葉を紡いだ。その声は僅かに震えていた。それを悟られたくなくて、一息深呼吸してから続ける。
「そう信じてた。絶対なんて、永遠なんてないって、知ってるのに。今度は、って……。そう錯覚してしまうぐらい、想ってた」
――ひとりにされるのが寂しくて、かまって欲しくて仕方ない。
お願い、かまって。私のこと。一人で寝れないから。お願い、もっとずっと、あなたをずっと感じてたいの。
そんな、あの頃の心の叫びが甦り木霊する。
私はは潤んだ瞳から雫が零れないように上を見上げ、悲しそうに微笑んだ。
「それに、そんな夢物語を信じてた私が、それを終わらせたんだから。――いい笑い者でしょう?」
「……」
沈黙。
口を先に開いたのはフォードだった。
「……馬鹿野郎だ」
「せめて野郎は除けてよ。これでも一応仮にも私、生物学上、戸籍上は女なんだから」
「知らん。バカはバカだ」
「もう」
変わらない態度が今はとても嬉しくて、涙も少し乾いてきた。変にぎこちなかったり、優しくされたら余計に辛いし。きっと理不尽な怒りをぶつけてしまっていたから。それをわかっているからこそ、フォードはいつもと変わらずに接してくれたのだろう。そんな分かり辛いけど、優しすぎる優しさがとても嬉しかった。
でも、フォードはこれだけでは終わらせてくれなかった――。
「行くぞ」
「……だ、やだ」
フォードは右手首を掴み、ガラスの壁の向こうへ行こうとする。
「やだじゃないだろ。お前が選んだんだ」
「やだ……っ」
いくら嫌だと言っても、フォードは聞いてくれない。
「……言いたいこと、あるんだろ」
何故だか自分よりも辛そうな表情をしているフォードに、意を決して一歩踏み出した。
その時、たった一歩踏み出しただけなのに、ガラリと世界が変わった気がした。後ろを振り返っても、フォードの姿はなかった。周りに広がるのは彼の日と全く同じ光景。いつの間にか、フォードの存在も忘れて気持ちはあの日に満たされていた。
唇を噛み締める。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ。――――大好き」
その言葉がまるで心の壁を拓く鍵だったかのように、感情が間欠泉からお湯が噴き出すように溢れだして止められなかった。
「……弱い私で、ごめんね。大切なあなたを支えられなくてごめんね。寂しさに耐えられなくてごめんね。―――大好きだったから、好きだったからこそ辛かったの………」
忘れようとしても忘れられなかったこの想い。誰かを強く想う気持ち。
「今でも好き、好き、大好きっ!」
弱い私でごめんさい。
辛い時、悲しい時に支えられない私でごめんなさい。
今の状況に耐えられなくてごめんなさい……。
あの日、あの時、あの瞬間。貴方にメールを送った。
振り返ってみると、丁度三週間ぶりにメールしてた。
勇気を振り絞って。
眠れなかった昨日の夜。涙で腫れた瞼。
何度ためらったかわからない。
でも、私は送ってしまった。戻ることは許されないメールを。
メールアドレスも変えてしまった。
――でも、淡い期待は抱いてた。もしかしたら電話をかけてきてくれるんじゃないか、って……。
でも、結局何も連絡はなかった。
しょうがないか。もう君の中ではとっくに終わってたみたいだし。
ただ私が好きだっただけ。最初に好きになってくれたのは、告白してくれたのは君だったけど。きっと後から好きになった私のほうが、君を想う気持ちは大きかったんだよね。
「絶対俺なしじゃだめだ、ってくらいにしてやる」
って、言ってくれたよね。
「相思相愛にしてやるよ」
って。
……本当、有言実行。かな?
だって、確かに私は君なしじゃだめだっていうぐらいに、君のことを心の底から好きになっていたんだから。
――でも、相思相愛は無理だったね。
君の想いが、もうなかったから。
仕方ないよね。私は初恋以外の恋を知らない、誰とも付き合った事がなかった私。君が初めての恋人。
超恋愛初心者。
それでもいい、って言ってくれた。私だから、好きなんだって。
でも、好きだから怖かったんだよ。甘えて、嫌われたら。って。
「寂しかったらいつでも連絡していいんだよ」
「もっと我儘いってもいいんだよ」
「一人で泣くなよ」
って。
すっごく嬉しかった。本当に嬉しかったよ?
――嬉しすぎて、幸せすぎて涙が出るほどに。
でも、怖かったんだよ。
だって、好きだって言ってくれて。私も貴方が好きで。嫌われたくなかったの。好きだから。
だから中々甘えられなかったし、我儘なんて言えなかった。
例えそれが嬉し涙でも、君は私が泣くと困ったから。
だから心配なんてかけたくなかったし、絶対君の前では泣かないって決めた。
心配してくれて、気遣ってくれて嬉しかった。
でも、寂しかったし辛かった。
初めての恋人。でも、遠距離。
距離が遠すぎて不安だった。
会えないなんて、寂しかったよ。
言葉にしてくれないから、不安だった。
我慢ばっかりはしんどかったよ。
急に連絡もなくなって、冷たくなって、不安だった。
さすがに私も、貴方が他のに「愛してる」って言っているのを見て平気でいられるわけないよ。私だってイイ子ちゃんなんかじゃない。ただ嫌われたくなかっただけ。色んなものを呑みこんで、我慢していた。
「平気 平気」 って、強がりは大得意だから。
『弱い』って思われたくなくて、期待に応えたくて必死に繕おうとして。本当に連絡がなくなると、落ち込んで。
『がんばり屋さん』と思われたくて、期待に応えたくて、必死で許容範囲以上頑張って。終わるとぐったり。
『いい子』と思われたくて、自分のことより相手のために奔走して。帰ると自分は何にも解決していないことに脱力する。
本当はすっごく寂しがり屋でかまって欲しいくせに……ついつい普通で、平気なふりをしてしまう。
そんな態度を気づかれたくない。けど気づいてほしい。矛盾した想いがぐるぐると、終わりのない迷路を巡る日々。
顔で笑って、べそかきながら送る毎日。
――でも、それじゃ駄目だったんだね。好きなだけじゃ、駄目だったんだね。
貴方と付き合って、初めて知った。好きなだけでは駄目なことを。
好きだからこそ、貴方を束縛したくなかった。嫉妬心なんて醜いって、見せて嫌われたくなくて。貴方は自由が好きだったし、私も自由が好きだった。でも、孤独は嫌いだった……。だから貴方と一緒にいたかったけど、束縛したくなかったから我慢した。でも、それじゃ駄目だった。心のままに接してたら、未来は変わっていたのかな?
君がしんどい時、辛い時、支えられなくてごめんね。
私が辛くて、連絡がないことに耐えられなくて、逃げ出してごめんね。
結局最初から最後まで彼女らしくなくて、ごめんね。
―――でも、
「ありがとう」
今でも迷っているけれど、それでも伝えたいから。
「声をかけてくれて、ありがとう」
この答えが正しいかなんてわからない。
「出逢ってくれて、ありがとう」
初めてあなたと出会ったのは運命? 偶然?
「見つけてくれて、ありがとう」
告白されて困惑したけど、でも嬉しかった。
「好きになってくれて、ありがとう」
ずっとはっきりしないままの私に、好きだって言い続けてくれた。
「隣にいさせてくれて、ありがとう」
恋愛初心者の私に合わせてくれた。
「誰かを特別好きになる想いを教えてくれて、ありがとう」
優しかったあなた。優しすぎたあなた。
「気持ちを伝えてくえて、ありがとう」
でも、これが私の真実の気持。
「私は慧さんが、」
正しくなくても、それでも、伝えたいと思ったから。
「だいすき、です」
貴方だけが……




