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【6】

 話を終え、帰り際に初めて中庭のほうへ寄った。店内から見えていた通りさまざまな花が咲き、小川の水のせせらぎが聞こえてくる。まさに楽園(エデン)というに相応しい場所。

「きれい……」

 鮮やかに咲き、瑞々しく、命の輝きが溢れていた。

(……フォード?)

 緑溢れる中、ゆっくりと歩いていると一際異彩を放つ紅茶色が視界に入った。

 カフェのスッタフの一人で、殆ど姿を見ることはないけれど。その燃える炎の様な紅茶色の髪と、エメラルドの様な碧の瞳がとても印象的で、その姿だけは強く脳裏に刻まれていた。

(何、してるんだろう?)

 好奇心に駆られて足音をたてないようにゆっくりと、静かに近づいて行った。

(――――っ!)

 近づいて声をかけようとしたが、三歩近づいたところで足を止め、静かに、しかし足早にその場から去って行った。

 ――どうして。

 見てしまった……。見てはいけないものを見てしまった。そんな焦燥感に駆られていた。

「――どうして……何で、」

 そう声に出して呟いていることに、私自身、気がついていなかった。

(何で、泣いていたの)

 男の人が涙を流していた。それは一瞬フォードに吸い寄せられるように、彼だけしか見えなくなって。初めて誰かが流す涙が、とても綺麗だと思った。まるでその雫は宝石のように煌めいていて、絵画の世界にきてしまったようだった。でも、ハッと現実に戻ってしまってみると、激しく逃げ出したくなる衝動に駆られた。一人で泣いていた。誰にもみられないように、中庭の奥の方で一人ひっそりと……。

 私は息を切らしながら、必死で走り続けていた。

 自分よりいくつも年上の男の人が涙を流すなんて、きっとよっぽどのことが……。


 ――ねぇ、あの涙。一体誰を、何を想って流していたんですか?


 そう心の中で問いかけるだけ。もちろん答えなど、返ってくるわけもない。

「はぁ、はぁ……」

 どこをどう通ってきたのかもわからないほど、苦しいくて喉がいたくて立ち止った。呼吸するのも辛い。

〝雪華。好きだよ〟

 そう言ってくれた愛しい人(あの)は、もう傍にはいない。

「――っ」

 胸に走った鋭い痛みと、思わず零れそうになった涙を必死で嗚咽と一緒に呑みこむ。

(ねぇ、慧さん。貴方は私がもしも、この世からいなくなったら、泣いてくれますか? あの時なら、泣いてくれましたか? ……別れを告げたあの日、あの時。悲しんで、辛いと想ってくれましたか?)

 もう二度と問いかけることなどできない思いを、私は未だに心の中で問いかけずにはいられない。

 ――あの時となんら変わらない桜。その変わらぬ美しい姿が今は私の心を苦しく傷つける……。

 ただ、それでもこの場所の優しさに傷つくと解っていても触れたいと願わずにはいられない。



「あ、良かった!」

「え?」

 カフェから走り去って、帰宅ラッシュで人の多い大通りを歩いていると、後ろから声をかけられ肩を叩かれて振り返って背中を叩いた主を見てみると、学校でぶつかった男子生徒だった。

「同じ方面だったんだね。今日中に会えて本当に良かった」

 彼は息を切らしながらも笑顔を浮かべ、学生服のポケットから取り出したのは見覚えのある物。

「これ、ごめんね。俺が拾ってそのままで」

「あ、本当ですね」

 彼が差し出したハンカチは確かに自分が今朝鞄に入れた物と同じで、鞄の中身を確かめると。確かにハンカチが入っていない。

「すみません、ありがとうございます」

 丁寧にお礼を言いつつ受け取り、鞄にしまう。

「これから帰るところかな?」

「あ、はい」

「良かったら送るよ。もう大分暗くなってるし、女の子一人じゃ危ないから」

「そんな。大丈夫ですよ。私なんか誰も見向きもしませんし、一人で大丈夫です。先輩の手を煩わせるなんて、とんでもない」

 そう。自分なんて誰も見向きもしない。空気のように扱われ、素通りしていく。景色の一部といってもいい。だから、放っておいてほしい。

「部活お疲れ様です。それじゃあ」

 そう言って去ろうとした腕を、彼が取った。

「待って。送ってく」

「本当に、大丈夫ですから」

「俺が送りたいんだ。俺だって男だし、暗い中女の子を一人で帰らすようなことできない。俺の自己満足のために付き合ってくれないか?」

 そんな風に言われるとも思っても見なくて、思わず笑いが零れてしまう。私だって、自己満足で断ったのに。これじゃあ、どっちもどっちだ。

「わかりました。そういうことなら、お願いします」

 そして結局、家の前まで送ってもらった。道中、他愛のない話をして、思っていたより楽しくあっという間に家についていた。


 でも、帰り道。私は彼に別の人の面影を重ねてみていた。あの人ならこうやって送ってもらったり、他愛もない話をどんな風にするのだろうか。失礼なこととはわかっていたけれど、あの人の面影がどうしても脳裏から離れなかった。



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