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【3】


 初めてカフェに立ち寄ったあの日から、学校帰りに足しげくカフェに通うようになっていた。授業終了の合図があるなり素早く荷物をまとめ、挨拶をしてきた知人には駆け足になりながら挨拶を返した後は、もう、全速力でカフェ・風の葉を目指す。制服の内側の胸ポケットには、最初にカフェを訪れたときにもらったお守りのポプリをいれている。家にいるときは机の上において眺めたり、寝るときは枕元においたりして大事に肌身離さず持っている。

 カランカラン…と、今では聞きなれた心地良い扉のベルの音が店内に鳴り響き来客を報せる。今日はネイナスさんが真っ先に出迎えてくれ、その後にいつもの優しい笑顔に出迎えられる。

「いらっしゃいませ」

「おや、雪華さん。今日もいらしてくださったんですか」

「はい! ネイナスさん、イサナさんこんにちは」

「はい、こんにちは」

「……」

 相変わらず無表情で出迎えお見送りの際の挨拶以外は無口なネイナスさん。だが、彼の容姿は綺麗な群青の髪にひまわりや蜂蜜のような澄んだ橙色の瞳をしていてとても印象に残りやすく。何より彼の顔立ちと良くあっていて、好青年…は言いすぎだがそれに近いほど「良い」印象を与える。無表情でも無口でも決して無視はしないからこそ、怖がることなく接することができる。言葉はないし、わかりやすい表情もない。でも挨拶をすれば確かに頷き返してくれる。それもここ最近になって気がついた、本当に些細な変化だけれども。

「では、こちらが本日のオススメティーセットでございます」

「わぁ~美味しそう!」

 いつもの定位置となった席に座り、いつもどおり注文をして待つこと約10分。出てきたのは美味しそうな香りを漂わせている紅茶に、甘い香りで鼻腔をくすぐるワッフル。陶磁器のポットとカップは程よく暖められていて、一口含むとふわっと紅茶の香りが口いっぱいに広がった。紅茶はホットのダージリンのストレートで、ワッフルは生地衣林檎の果汁と果肉を使ったもので甘さ控えめのバニラビーンズ入りのカスタードクリームが添えられている。何度か来ているうちに、私の好みも大体把握されているようで。いつぞや会話の中で漏らした、「生クリーム、それもホイップは特に苦手で……」という言葉を覚えてくれたようで。こうして生クリームが妥当な場合でも、カスタードに変更して持ってきてくれる心遣いが嬉しい。

「……」

 美味しい。何度きてもここのお茶もお菓子も、とても美味しい。

「……本当に、美味しい」

 ゆっくりと、一口を味わう。このお店の雰囲気もとても好きで、ここで過ごす時間がかけがえのない時間(もの)になっていた。



「お呼びでしょうか」

「イサナさん」

 手が空いたら来てもらいたい、と伝えてもらえないだろうか。と他のスタッフに頼んでから、しばらくしたらイサナさんがやってきた。

「今回のお話を聞いてもらおうと」

「かしこまりました」

 そう言ってイサナさんはいつも通り向かい側の席に座った。

「じゃあ、今日は詩ですが……」

 そう言って私はある詩を詠い始めた。いつも言葉を紡ぐ前はほどよい緊張感に包まれるが、紡ぎ始めればどこか心地いい安らぎに満たされる。



〝優しい唄を響かせて、私は貴方の幸せを夢見るの。

 ほんの少しだけ目を閉じて、大好きな貴方の姿を思い浮かべる。


 夢の中なら、君は微笑んでくれるから。

 大好きな私のあの、優しい笑みを見せてくれるから。


 貴方が私に伝えてくれた言葉、覚えてる。

 どれも私の失くせない宝物。


「甘えてもいいんだよ」

「泣いても大丈夫だから」


 そんなたった一言で楽になれる魔法の言葉。

 明けない夜に光が射し込んだのはこの言葉があったから。


 貴方が傍にいない悲しさはあるけれど。

 それでも寂しさに潰れずにいられるのは。


 何より貴方の想いが言葉として残ってたから。

 存在が言葉として私の傍にいてくれたから。


 貴方が傍にいてくれるなら、私は何時でも何でも頑張れる。

 だから私が思い浮かべるのは私の傍で笑ってくれていた貴方。


 もうソレが現実になることはわからないけれど。

 貴方との思い出を糧にして、私は今日も頑張るよ……〟



        ❀ ✝ ❀


 紅茶とワッフルもなくなり、一息つくついでに丁度他のお客様に注文の品を運び終え近くを通りかかったイサナさんを呼び止めた。

「あ、イサナさん!」

「はい。何でしょうか?」

「あ、あの。外に立てているお店の看板、結構傷んでいて文字も見えづらくなっているんですけど。修繕したり、新しく作り替えたりしないんですか?」

 内装の装飾に劣らず、外装も白い壁に木製の茶色い階段。植え込みには蔦、蔓植物と花々が植えられ壁には緑い絵を作っている。そして階段近くの植え込みの中に階段と同じ木製でできた看板らしきものがあった。しかしそこに書かれてあっただろう文字は掠れてしまって読むことができず、看板自体も所々傷んでいた。折角内装も外装も美しいのに、看板があれでは新しいお客様はこないのでは。と、最近気がついてから気になっていたのだ。

「ああ。やっぱり気になりますか?」

 イサナさんは苦笑しながら、そう返答した。

「そう、ですね。たまに視界に入ってしまうと、やっぱり気になってしまいます」

「あの看板、木製だったでしょう? 雨や風にさらされて傷んでしまって……。看板は本来の役に立てなくても、お客様はこうして来て下さるので直さなくてもいいかと思っていたんですけど。――そうですね、そろそろ直しておきましょうか。丁度、梅雨も暑い陽射しも、もう過ぎ去りましたし」

 そう言うイサナの顔は穏やかで、そんな彼の雰囲気と同じように。夏は過ぎ去った外は、残暑も消えつつあり穏やかな空気が漂っている。



 ――もう、夏は終わり。駆け足で過ぎ去った季節は、何故だか私に少しの切なさを残した。


 


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