【2】
天気は晴れ模様。朝の清々しい少し冷たい空気が心地いい。
「おはよう、秘書」
「あ、おはよう、まーち」
夢の時間があれば現実がある。あの、不思議なカフェで過ごした後はいつも通りの日常が待っていた。あっという間に昨日は帰る時間になり、店を出ないといけなくなっていた。家に帰っていつも通りに過ごして、寝て、また朝が来た。学校の靴箱で靴を履きかえている時に声をかけてきたのは、去年高Ⅱのときに同じクラスで共通の趣味がきっかけで話すようになった「まーち」の愛称で呼ばれている松木麻千だった。
「なんか元気だね? 何かいいことでもあった?」
「別に何もないんだけど。元気に見える?」
「うん。なんか明るい感じ」
「そうなんだ」
いつだって明るいまーち。ゲーム好きというちょっと特殊な趣味のため、中々人に打ち明けることも共有することも無く。また打ち明ける必要性も感じなかったので、これといって親しい人は今までいたことがなかった。しかし偶然のきっかけでまーちもそうなのであると知り、意気投合した。しかし他の人たちより少し親しいというだけで一緒にいて癒されることもなければ、安心することもない。
――偽りの笑顔。上辺だけの感情。
それでも何とかなるのだから、意外と簡単だ。人に、周りに合わせるなんて。相手がしてほしいようにするだけでいい、たったそれだけだ。例え相手が嫌いだろうと、何だろうと合わせることに関しては関係ない。穏便に、穏やかな日々を送るためには必要なことだ。
「ねね、今日の数学さあ。私のとこの担当、あの石井でさ。もう本当、またネチネチうんちくやら自慢話を聞かなきゃだと思うと気が滅入るよ」
「そっか。まーちのところは、私とは先生が違うんだもんね」
「そうなの! もう、なんでよりにもよってあいつなんだか!!」
教室前で別れるまでずっとこの調子で、愚痴から昨日のテレビ、好きな芸能人の話を延々と飽きることなくまーちは喋り続ける。そんな彼女に対して私はさして興味もない話をあたかも聞いているように相槌をし、愛想の良い風を装って話を適当にあわせる。
(――羨ましい、と正直思う)
天真爛漫とまではいかなくとも彼女のように明るかったら、この根暗な性格だけでもどうにかなれば。でも、中々「私自身」を変えることはできない。心の底から変えようとも思っていない。本気で変わろうとしていないのだから、変われるはずもない。
「じゃあまたね!」
「またね」
まーちは元気よく、自分のクラスに入って行く。静かになった空間にどこかで安堵し、そっと小さく息を吐いた。そして2クラス分の教室を通りすぎてたどり着いた自分の割り当てられている教室へと入っていった。
既に教室にいたクラスメイトと視線を交わすことも、簡単な挨拶をすることもなく席につく。鞄の中から必要なものをだし、片付けたところで本を一冊手にとって読書を始める。ゲームに集中できるときもあれば、読書に熱中してしまうときもある。今はどちらかというと、読書よりの脳になっている。ちなみに今読んでいるのは青春モノ。ありきたりすぎる青春ストーリーが、心地よく響く作品で読んでいて気持ちが良い。
”青春 ”
なんて言葉ほど、今の私に縁遠い…というか、そもそもの私の性格からして縁があるとも思えない言葉だ。どうしても「集団行動」に対する見解が、同年代とは違っているようでどうにも馴染めない。そして馴染まなければならない、という義務感も生まれないためクラスで孤立していても特に苦痛を感じたことはない。イジメも受けてきた過去の経験から、たいしたことでは動じない度胸も出来上がっていた。偶然を装って階段から突き落とされれば、十分すぎる経験だろう。「個」に怯え、下に見ることで優越感を感じ、そうしてやっと「安心」を見つけることができる。そうすることでしか自分を保てない低俗な輩に屈するほど自分は落ちぶれていない、馬鹿でも阿呆でも低俗でもない確固たる自信はある。それが事実だということも認知している。「群れる」ことが悪いことだとは思ってはいない。だが、「群れ」に依存することは愚かだと思う。
そんな私が自らの人生では得ようともしない感覚を得ることができる、という好奇心もあいまって小説やゲームなどの「架空世界」限定で青春という言葉は好ましいものと受け取れる。そしてその世界に純粋に魅了される。
現実世界はあまりにも普通すぎて、潔癖なほど綺麗すぎて、馬鹿馬鹿しくなるほど汚すぎる。それでも私はその世界の住人で、それを「当たり前」の日常として受け入れなければならない。
「――」
静かな。静かな時間。何かの世界に魅了され、誘われるままに世界に入り込めば現実世界はシャットアウト。どこでもこの時間ほど安らぎと高揚感を感じる時はないだろう。ただページをめくるだけで、そこには様々な感動が溢れている。私は今日も自分にとっての当たり前を過ごす。――でも、心のどこかでは当たり前の中に突然降って沸いた、出会いがちらついていた。




