【12】
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雪華が店を後にした次の日。
「あぁ~あ、何でこの仕事してると恋愛ごとが多いんだろうな」
「まぁそれだけ人が強く想えて、愚かになる。って証拠なんだろう」
お客様が誰もいない店内で、カウンター席に座ってテーブルに顎を乗せてぶつぶつ愚痴を言っているウィル。正面にはグラスを磨いているイサナ。ネイナスは店内の掃除を念入りに黙々とこなしている。フォードはと言うと、一人窓際で外を見ながらぼんやりしている。
「久しぶりの”外”の世界はどうだった?」
「すっごく綺麗だった。桜が咲いて、風に舞って…・・・。雪華がいたのは昨日の出来事なのに、もう外では雪華が去ったあの日から、二年経ってた。今でもこの感覚には慣れないよ」
そうウィルはおどけてみせる。
この店と外の世界、現実世界では時間の流れが異なっている。その為、この店では一秒後でも現実世界では一月、一年、と経っている場合がある。もちろん店の中の流れは現実世界とは切り離されているため、隔離して何の違和感もなく店を訪れた迷える人を現実世界へ還すことなど造作もない。雪華があの日、大学で見たのはウィルだった。本当は雪華の導人であるフォードが行くのが妥当だったのだが、本人がどうしても行きたくない。だけど、様子が気になるからと。ウィルに行かせたのだ。
「それにしても綺麗だったよなぁ、雪華。性格だって良いし、何であんなに自信ないんだろう」
「まぁ、外見が良いだけじゃ恋愛は上手くいかないって良い例だろう?」
ぶつぶつまだ何か言っているウィルに、イサナは苦笑を漏らすしかない。すると突然ウィルがバシン! と両手で勢いよく机を叩きながら立ち上がった。
「でも今回はあいつの慧っていう、彼氏が悪いだろう! 過去をオレだって見てみたけど、彼女置き去りにして、しかも他の女に愛を囁く? ふざけんなっ! って話だろう!!?」
「人は失敗を繰り返して、学習して、やっとみつけるんだ。自分だけの真実を」
憤慨しているウィルを宥めるように、イサナは落ち着いた口調を崩さない。
「彼女もきっと、次はいい恋ができるさ」
すると、小さな声が窓際の方から聞こえてきた。
「あいつも、きっと幸せになれるだろう」
そう、珍しい人物からかなり貴重な言葉を聞いた面々は、思わずそちらの方を向いてしまった。フォードは思わず、といったように、きっと本人も無意識のうちに言っていた。イサナの穏やかな声に、まるで誘われるように言葉が引き出されたようだった。
「なんだ、フォード。お前がそんな顔して、そんなこと言うなんて珍しいな」
「別に、どうもしない。ただ、少し…優しくて、嬉しくて、羨ましいと思っただけだ」
「お、なんだなんだ。まさかお前、雪華にちょっと惹かれてたのか~~」
「……」
「イッテ! 何すんだよ!」
そうにやにやとした顔つきで近づいてきたウィルの無防備で、いかにも叩きやすそうな頭頂部を遠慮なく、テーブルに置かれたままだったメニューで叩いた。バシッ! といい音がし、フォードは少し満足げに頷きながら言った。
「トリ頭に何言っても無駄だ」
「誰がトリ頭だ! どこに羽が生えてんだよ!」
「……阿呆」
「何だと――!!」
イサナはやれやれという視線をネイナスに投げかけ、ネイナスは苦笑して返す。きゃんぎゃんと騒ぐウィルだが、言われているフォード自信はどこ吹く風で明日の下準備をしている。まだ傍で騒いでいるウィルを無視し、フォードは再び外を見る。
もう逢うことはないだろうけど。
どうかこの店に訪れるような後悔はないことを願うよ。
俺も、イサナもウィルもネイナスも、皆お前の幸せを願っているから――。




