【9】
そして周囲の風景は消え、辺りにはただ青い空が広がるばかり。
「………」
「………」
お互い発する言葉はない。私はは既に消えた過去を見つめるように、ただ一点を見続け。フォードはかける言葉が見つからず、ただ黙ったまま二人はその場に立ちつくす。
「……ああ、まぁ、なんだ。――頑張ったな」
「……ありがとう」
再び沈黙が二人の間に落ちる。
「それにしても、ひどい男だな」
「そ、そんな!」
フォードのその言葉に今まで下げていた顔を勢いよくあげて、全力で反論する。
「そんなことない! 慧さんは全然悪くない! 私が弱くて、寂しさに耐えられなかったから……」
また涙が溢れそうになって、必死でそれを押し止める。
「……自分のことばっかりで。慧さんのこと、気にかけられなくて。メールしなかったのだって、私が慧さんに嫌われたくなかったから。ただ、自分が傷つきたくなかったから。慧さんから「別れよう」って、「嫌い」だって言われたくなかったから、だから自分を守るために防衛してたの……。最後のメールだって私の身勝手だもの。大変で辛いはずの慧さんのこと、支えてあげなきゃ。彼女の私が力になって、支えなきゃいけなかったのに。慧さんに嫌われたくなくて、疎ましがられたくなくて、寂しくて、自分からメール送る勇気も、甘える勇気もなかったから……だから「別れよう」って。さよならしようって」
そこまで言ったあと、己の愚かさを思い知って、もう涙は引っ込んで自虐的な笑みを浮かべていた。
「……本当に、自分勝手でしょう?」
「………」
フォードは少し何かを考えたあと腕をのばしてぐしゃぐしゃっと頭を少し乱暴に撫でた。
「……」
「あ、ちょっ、もう! やめてよ! 髪がぐしゃぐしゃになっちゃうじゃない!!」
突然のフォードの行動に、心の内を占めていた切な、苦しさが一瞬吹き飛んだ。
「お前は可愛いよ。お前は嫌な奴じゃない。恋に一途で、誰よりもあいつのことが好きだっただけだ。お前は一生懸命恋をする、ただの可愛い女だよ」
「……ふふ。ありがとう」
「こんないい女、手放すなんてバカだ」
「じゃあ、フォードがもらってくれる?」
「それもいいかもな」
「もう。そんな気なんか、これっぽっちもないくせに」
不器用な、だけど一所懸命なフォードの言葉がどんなに飾った言葉よりも嬉しくて、素直に心に入った。それが嬉しくて笑みを浮かべた雪華だったが、その笑みを見てフォードは不機嫌なような、困ったような、悲しそうな、複雑な表情を浮かべた。
「……泣けよ」
「え?」
「泣けよ、我慢しないで。泣けばいい」
「な、に言って……」
そう言葉では否定しつつも、涙腺が緩み涙が出てきそうになるのが、声が震えているのが嫌でもわかった。弱いところなんて、もう、誰にも見せたくないのに――――。
「もう、無理して笑わなくてもいいんだ。無理に笑う必要なんて、ないんだ。―――頑張ったな」
そのフォードの一言で、私の中で何かが弾けた。瞳からは堪え切れなかった涙が零れて、次々と頬を伝って落ちてゆく。
「……ねぇ」
「なんだ」
「私、ちゃんと笑えてた?」
「……ああ、笑えてたよ」
「良かったぁ………」
いつも顔で笑って、心では泣いていた。
無理をしてでも、我慢をしてでも、それでも涙は見せたくなかった。どうしても、笑顔でいたかった。涙を嫌うあなただったから。いつでも笑顔でいたくて。それに、慧さんに覚えていてほしいのは、「笑顔」だから。
「ね、え……わ、たし。本当に好きだったんだよ? 慧さんが好きだった。誰よりも好きだった」
「ああ」
「好きで、好きで、メールも電話もとても嬉しくて幸せで……。本当に、ずっと傍にいたいと思ったの」
「ああ……」
「でもね、上手くいかなかった。駄目だった。私じゃ、駄目だった。本当に好きだったのに、それだけじゃ、だめ、だ…った――」
「……」
「見苦しくても、足掻いて、我が儘言って、しがみつけば良かったのかな?」
「……」
「でも、できなかった。だって、好きだったから。何よりも嫌われたくなかったから、我慢して、寂しさに耐えられなくなるまで、頑張ったの」
「そうだな」
その、肯定の言葉が一番欲しかった。
「……っ、」
私は頑張ったと、本当にちゃんと慧さんのことを好きだったんだと。好きで、愛していた日々は本当に在ったと。ただ、誰かに肯定してほしかった――。
そしてその言葉を今もらって、まだ奥深く出堪えていた、壁で堰き止めていた涙が溢れ出しそうになってとても苦しい……。
「……だから、堪えるなって。思いっきり泣いて、叫べよ。……大丈夫、誰も聞いちゃいない。あいつだって、ここにはもういない。見ていないし、聞こえていない。俺もただ、風が啼いている、としか思わないから」
「―――――っ!!」
フォードのその、優しい言葉と体を抱き包む温もりに強張っていた身体は緩み。壁は崩れ落ち、そして流れていた涙は今までの比にならないほど、洪水となって押し寄せた。
声にならないを上げて、思いっきり泣いた。
愛してる、
愛してる、
離れしまっても、もう傍にいることは叶わなくても。
誰よりあなたを愛してた。
電話も、メールも、もう来ない。
もう、あの腕の中に優しく抱きしめられることもない。
甘く紡がれる言葉が私のためだけに囁かれることもない。
離してしまった手が、温もりが、優しい声が、言葉が、大切だったもの全てに焦がれる。
会いたい。会いたい。恋しい――。
手放したものがあまりにも大きくて、悲しい。
―――でも、さようなら。
あなたのことが、誰よりも、大好きでした。
―――泣いて、泣いて。私は涙も涸れて、声も嗄れて泣き疲れて気を失うように眠るまで、眠ってから目が覚めるまで、ずっと、フォードに抱きしめられたまま泣いて眠っていた。
誰かの温もりが、あんなに優しいものだったんだと、今更実感した。




