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Lovestory in Railways

君が、好きだ。

作者: 秋葉隆介

 大学に入って間もない良く晴れた日の昼下がり、僕は学校から駅へ緩やかな坂道となって続く並木道プロムナードを歩いていた。

 何となく憂鬱な気分で俯いて歩いていた僕は、最初車道を挟んで反対側の歩道を歩いているその人に気づかなかった。プロムナードが大きな車道にぶつかる所で、信号が赤な事にも気づかないほどぼんやりしていた僕に、その人が大きな声をかける。

「危ない!」

 その声にハッとして立ち止まり声をした方を向くと、随分と慌てた表情をした女性が駆け寄ってくる。

「大丈夫? ぼーっとしてたら車にひかれちゃうよ?」

 怒ったような、呆れたような、でも気遣わしげな表情で、彼女が僕に語りかけてくる。彼女の顔を見て、僕は思わず謝罪の言葉を口にしてしまった。

「大丈夫です。ごめんなさい」

 そんな僕の態度に彼女は驚いた顔をしてたけど、急に吹き出して笑顔になる。

「そんなに改まらなくっていいよ? 同級生なんだからさ」

「え? そうなの?」

「あたしのこと知らなかった? ちょっと傷ついたなー」

 そう言って少しむくれる彼女に、僕はまた謝ってしまう。

「あ、ゴメン……」

 途端に重くなる空気。そう、僕は小さい頃から会話の間を量るのが苦手だった。また俯いてしまった僕を、彼女がどんな顔をして見ているのか、それがとても気になった。

「ねぇ…… 本当に大丈夫? 体の具合悪いんじゃない?」

 僕の耳に届いた優しい声。その声の主は、本当に心配してくれているような顔で僕をジッと見ている。見つめる瞳が眩しくて、僕はまた目を逸らしてしまった。

「大丈夫、どこも悪くないから。心配かけてゴメン」

 わざと素っ気なく答えるのは僕の精一杯の照れ隠しなんだけど、優しい言葉をかけてくれた彼女に対してそんな態度はないだろうと、自分の不器用さが嫌になってしまう。

 彼女が腹を立てているだろうと、おそるおそる顔を上げた僕の視線の先には、意外な彼女の表情があった。

 彼女は、まるで慈母のように微笑んでいたんだ。その優しい笑顔に僕は引き込まれてしまった。そしてやっと一つのことに気が付いたんだ。


 なんて綺麗なひとなんだろう……


三日月型を描く眉の下に、かなり黒目がちな切れ長の目。小さな鼻と小ぶりで艶やかな桜色の唇。だが彼女を一番印象付けているのは、彼女の髪だった。

 前髪は眉の辺りで後は肩の上で切り揃えられた髪は、スタイルこそ「おかっぱ」といっていいほどの前時代的な感じなんだけど、その髪自体が漆黒で艶やかで軽やかで…… 僅かな風にも陽の光を照り返して翻るその髪は、これまで見たことがないほど美しいものだった。

 思わず見蕩れてしまった僕を意に介することなく、彼女は僕に声をかける。

「良かった、大丈夫そうだね。じゃあ、これで」

 彼女はそう言ってにっこり笑い、あの綺麗な髪を翻して方向転換をすると、青信号になった横断歩道を足早に渡って、道路の向こう側にある小さな駅に入って行った。

 

 僕はずっと見蕩れていたんだろう。通りかかった男が、青信号を渡らなかった僕に怪訝な一瞥を投げて行く。それほど一人の女性を見つめてしまったことは、おそらく初めての経験かもしれなかった。そして僕の心の中にある思いが芽生える。


 もう一度、会いたい……!


思いがけず抱くことになった恋心を、僕は持て余すことになる。




 それからの僕は、学校の教室で、学食で、通路で、行き帰りの道程で、駅で、彼女の姿を追っていた。確か彼女は「同級生」だと言っていた。でも学部が違っているのか、学校で会うことはなかったし、行き帰りで出会うこともあれ以来絶えてなかった。いつもキョロキョロしていた僕に、仲間達は「挙動不審だ」とからかいの言葉を投げかけ、そのことに恥ずかしい思いをしながらも、彼女の姿を追うことをやめることができなかったんだ。

 そしてある日の授業の間の休み時間に、男子生徒達が大声で話しているのが聞こえて来た。

「あそこにいい女がいるぜー」

 その視線の先には、スレンダーながらも肉付きのいいお尻としなやかで長い足をスリムなブラックジーンズで包み、白にネイビーブルーのボーダーが入った長袖のTシャツを着た、モデルのようなスタイルの女生徒がいた。そして僕には、その人の綺麗な髪にはっきりと見覚えがあった。


 彼女だ!


それを意識した時、僕の心拍数が急速に上がって行くのを感じた。ずっと見つめていた僕の視線を感じたのか、ふと彼女が振り向いた。僕の姿を認めて彼女が微笑む。その笑顔を見て、僕の心拍数がさらに上がる。

 彼女が友達に何事か声をかけて、どういう訳か僕の方に近寄ってくる。天窓からの光が、彼女の髪を艶やかに輝かせる。それに僕が見蕩れている間に、彼女は僕の前に立っていた。

「先日は、どうも」

 大人びた微笑みを浮かべて、大人のような挨拶の言葉をかけて来た彼女。僕はというと、相変わらず気の効いた言葉は返せない。

「あ、ど、どうも……」

 口籠りながらそう返すのが精一杯だった。しどろもどろな僕の様子に、彼女がクスリ、と笑った。

「良かった、元気そうで。何だか元気がないような感じだったから、ずっと気になってたんだ、あたし」

 そう言って浮かべる笑顔が眩し過ぎて、相変わらずまともに見られない。

「ありがとう。気にしてくれて」

 僕の返事に、彼女はまたにっこり笑った。

「いいんだよ、同級生なんだもん。それにしてもなかなか会わないよねー、同じ学部なのにさ。取ってる授業が全然違うからかなぁ」

「え? 学部同じなの?」

 正直それは意外なことだった。毎日これほど君の姿を探してるのに、見つからないのは学部が違うからだと思い込んでたから。一つ共通点が見つかって、僕は単純に嬉しくなった。

「えーっ、それも知らなかったの? やっぱり傷つくなぁ」

 半分笑顔で半分詰るような顔をしてそう言った彼女が、とても可愛く見えて。僕が彼女を思う気持ちはどんどん深くなって行く。


 君が、好きだ。


そうはっきりと意識すれば、もっと一緒にいたい衝動を抑えることが出来なくなる。そこに無情にも次の授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

「それじゃ、また」

 彼女は綺麗な髪を靡かせて去って行く。僕と僕の気持ちを、そこに置き去りにして。




 ある日の帰り道、僕は駅のホームで電車を待っていた。その駅には止まらない急行電車が、軽やかなメロディーを奏でながら通過して行く。その銀色の列車の向こう側に、人影が現れたことに僕は気づいていた。

 やがて電車は走り去って、その人影が自分のいつも探している人だとわかった。その艶やかな黒髪、見まがうはずがなかった。


 彼女だ……!


彼女も僕に気づいたようで、目線を僕の方によこしてくる。ただ彼女の表情に、僕は少しの違和感を感じていた。何となく寂しそうな、申し訳なさそうな表情だった。

 彼女がどうしてそんな顔をしているのか知りたくなった僕は、思わず彼女の方へ歩み寄ろうとした。でも一歩踏み出したところで、僕の動きは止まってしまったんだ。その時一番見たくない光景を目にしてしまったから。

「よぉ、待ったか?」

 彼女に馴れ馴れしく声をかける男。肩に手をかけて親しげな様子だった。たぶん年上のその男は背も高く男前で、着ている服のセンスも良く、彼女と並んでいる姿が憎らしいほどお似合いだった。

 彼女は固まっている僕の方に一瞬視線を向けてくれたんだけど、直ぐに男の方に向き直った。そして滑り込んで来た電車に二人して乗り込むと、密着するように並んでシートに腰掛けた。そして僕は…… 走り去って行く電車を、呆然と見送ることしかできなかったんだ。


 そして唐突に始まった僕の恋は、唐突に終わってしまったんだ。

Railwaysシリーズ、第6弾をお贈りします。


またまた切な過ぎるバッドエンドになってしまいましたが、このお話はこの結末にしかならないと考えていましたのでこれで良かったと作者は考えております。

この話を書きたいと思ったきっかけのシーンは、最後に出てくる、電車が通過したら好きな人が向こうのホームにいたというもので、これを書きたいがために、無理矢理ストーリーを捻出したような感が否めません。ストーリーがちぐはぐな印象を受けられるかもしれませんが、お許しくださいね。


それではまた、次回作で。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったので、 次回作に期待しています\(^O^)/
2012/11/04 17:13 退会済み
管理
[気になる点] 時折、段落はじめの一字下げがないところが気になりました。あとは無いです。 [一言] 恋って三秒あれば出来るし、一日あれば終わりますよね。 その辺りの切なさとか儚い質感を表現するのって、…
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