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僕と彼女の変態日記  作者: 水月さなぎ
9/21

3月23日 この兄にしてあの妹あり

「………………」

 ああ、気が重い。

 何で気が重いって?

 そりゃあ借りた物を返しに行かなければならないからだ。

 借りた物を返すのは当然だって?

 ああ、そんな事は分かっている。分かっているさ。分かっているとも。

 分かってはいても気が重いんだよ。

 別に返したくないわけじゃないぞ。むしろ早く返してしまいたい。

 でも……!

 僕の手にはレンタルショップの袋。中身は魔法少女DVD。そして目的地のレンタルショップには坂井由香里がいるかもしれない。

 また坂井に蔑まれるような視線を送られるかと思うと、そりゃあ気が重くなるだろう。昨日の態度だけでも充分にダメージがあったのに、今日も同じように蔑まれるのは耐えがたいものがある。

 いや、しかし借りた物は返さなければ! 返しに行かなければ!

 もしかしたら坂井は入っていない時間帯かもしれないし! 例え入っていたとしても坂井を避ければ問題はないわけだしっ!

 逃げているような気がしないでもないが、まあ構わない。人間、逃げたい時は逃げてもいいのだ。逃げちゃ駄目だ、なんてのはアニメの主人公だけで充分なのだ。

「よしっ!」

 僕は覚悟を決めて家を出る。

「…………」

 家を出たのだが、レンタルショップへ向かおうとしたのだが、僕の足は家の前で止まってしまった。

「…………」

 止まりたくて止まったわけではないのだけれど、止まるしかない。何故なら、僕の目の前に知らない男が立っていたからだ。

「えっと、誰ですか?」

 年齢は多分、僕より年上だろう。背もかなり高い。僕を見下すように睨んでくる男は、そのまま僕に近づいてくる。

「お前が、破条綾祗か……?」

「はい。そうですけど」

 何か名前とか知られてるし。でも僕はこの人のこと知らないんだよなあ。どっかで会ったことあったっけ?

「え? え? 何!?」

 僕の名前を聞いた瞬間、男はいきなり僕の胸ぐらを掴み上げてきた。分からない。名前を教えただけでこんな事をされるほどに恨まれるようなことを誰かにした覚えはないのだけれど。っていうか、怖い。僕はケンカなんてしたことがないんだ。いきなりガチンコ勝負の殴り合いなんて御免被りたい。

「お前がそのはちゃんを誑かした間男かあっ!」

「はあああっっっっっ!!!???」

「問答無用――っ! 天誅――っ!」

 男は僕に拳を振り上げて、そのまま殴ろうとする。僕は目を瞑って歯を食いしばる。

「………………」

 だが、予測していた痛みは襲ってこなかった。

「?」

 よく見ると僕を殴る寸前でその手は止まっていた。男の手は震えている。殴りたいのに殴れない、みたいな。

「ぐ……殴りたい。その顔をぼっこぼこにしてやってそのはちゃんの前に転がしてやりたい! でもそんな事をしたら絶対そのはちゃんに恨まれる……。それは嫌だ……」

「あの~……出来れば離して欲しいんですけど……」

 殴られないのは有り難いがいつまでも胸ぐらを掴まれたままというのも気分が悪い。

「あ……そうか。顔じゃなくて腹を殴ればバレないか」

「いやいやいやいや! バラすから! 殴ったらそのはにバラしますから止めて下さいっ!」

 男が女に告げ口するみたいでこの上なく格好悪いが、殴られるよりはマシだ。しかも理由がよく分からないまま殴られるのは嫌だ。


 というようなやりとりを経て、男はようやく手を離してくれた。

「お前を殴るのは諦める。だからお前はそのはちゃんと別れろ!」

「………………」

 これはつまり、アレか? こいつはそのはの事が好きで、しかも多分片思いって事か? 僕のことを知って殴り込みに来た、みたいな。

 間男扱いされたとはいえ、そのはが二股をかけるとは思えない。変態だし、人をからかうし、時には馬鹿にもするけど、それでも人間関係に対してはある程度誠実な奴だと思うのだ。いや、僕の勝手な予想だけど。

「今更だけど、あなた誰ですか?」

 とりあえずはこの男の正体だけでも知っておきたい。そのはに片思いしているのなら尚更のこと。今のところは彼氏な訳だし。

「俺は音羽たつはだ! そのはちゃんの兄貴だ!」

「お兄さん……?」

 ああ。そう言えば髪の色や瞳の色、そして顔立ちはそのはとよく似ていた。何で今まで気付かなかったんだろう。むしろ納得だ。

「お前なんぞに『義兄さん』呼ばわりされる覚えはないっっっ!」

「いやいや! 『義』は付けてないから!」

「それでも『おにいさん』と呼ぶな! 気持ち悪いっ!」

「…………」

 そこまで言うか。

「あの~。それでお兄さんは何の用でここに……?」

「『おにいさん』と呼ぶなと言ってるだろうがっ!」

「……じゃあたつはさんで」

「……ぐ。それもむかつくが、まあいい」

 それもむかつくって、じゃあ何と呼べば満足なんだ? 多分、どう呼んでもむかつかれるだろうけど。

「それで、たつはさんは何の用でここに?」

「最初に言っただろうが! そのはちゃんと別れろ!」

「……だから、何で?」

「そのはちゃんは俺のものだ! 彼氏の存在なんぞ認めん!」

「…………ちょっと待った。あんたら兄妹ですよね?」

「そうだが?」

「義兄弟とかじゃなくて、実の兄妹ですよね?」

「もちろんだ!」

「つまり、近親相姦志望ってことですか?」

「それのとこが悪い?」

「………………」

 いや、ツッコミどころ満載だから。開き直られても困るから。さすがはそのはの血縁者。変態度合いの桁が違う。

「大体、あんな可愛い妹がいて好きにならない方がおかしいだろう! 抱きたいんだよ! ちゅーしたいんだよ! 孕ませたいんだよ! そして子供作って幸せな家庭を築きたいんだよ! 俺がそんな夢を見て毎日そのはちゃんに言い寄っているのに、それを横からかっさらいやがって!」

「………………」

 言いたいことは山ほどあるのだが、どこからツッコんでいいのか分からない。というかそのはがあんな変態に育ってしまったのはこいつの影響なんじゃないだろうか。

「取りあえず幸せな家庭を築くのは法律的に無理だと思うんですが……」

 僕にできる反論は精々この程度だった。我ながら情けない。

「ぐっ……。嫌な時代になったもんだ。平安時代辺りなら近親婚バリバリオッケーだったのに……」

「アンタはいつの時代の人間なんですか……」

 平安時代に近親婚オッケーだって言うのも初耳だけど。しかし普通に考えても自分と同じ因子を色濃く受け継いでいる人間を好きになれるものだろうか? そこが謎だ。そんなのは自分を見ているようなものじゃないか。

「まあ、そのは相手ならその気になるのも分からなくはない、かな?」

 何せ顔だけはめちゃくちゃ可愛いのである。

「そうだよ! あれだけ可愛いんだからエッチしたくならない方がおかしいだろっ!」

「…………せめて好きにならない方がって言って欲しいんですけど」

 妹相手に生々し過ぎる。

「男なら好きな女を抱きいって思うのは当然だろう! 本心を口にして何が悪い!」

「確かにその通りなんでしょうけど……」

 僕もそのはに対してそういう感情が無いとは言えないし。男とは所詮そういう生き物なのである。

「だからお前は邪魔だ! そのはちゃんと今すぐ別れろ!」

「嫌です」

「何だと!?」

「嫌です」

「この野郎……」

「大体、そのはが好きなら本人にそう言えばいいじゃないですか。僕なんかの所に妨害に来るよりも、よっぽどマシだと思いますが」

「そんなことは毎日言ってるわっ!」

「毎日ですか……」

 実の兄から毎日告白される妹か……。何だかそのはが可哀想になってきた。

「そうだ! 毎日毎日毎日毎日破条綾祗なんて奴とは別れて俺と近親相姦ライフを満喫しようって熱弁を振るってるのにそのはちゃんってば耳を貸そうともしてくれないんだ!」

「そりゃあ、貸さないでしょう……」

 僕なんかと別れて、ならともかく近親相姦を熱弁してくる兄貴がいたら、普通は逃げると思う。

「一体俺の何が不満なんだ! 俺はどっかの漫画や小説やドラマのように『好きになったのがたまたま妹であっただけなんだ!』なんてセコい台詞は言わないのに! 妹だから好きなんだ! 生まれた時から見守ってきて、成長する度にあんなことやこんなことで妄想したりしてるだけなのにっ!」

「…………」

 やばい。ついていけなくなってきた。

「エロゲーやる時だってヒロインの名前を『そのは』って脳内で置き換えて主人公の名前を『たつは』って置き換えてハァハァしてるのにっ!」

「いや、それはやめた方が……」

「くそ! どうしてもそのはちゃんと別れる気はないっていうのか!?」

「ありません。僕から付き合おうと言いだしておいて、他人に別れろと言われたから別れるとか出来るわけないじゃないですか、そんな無責任なこと」

「うぐ……そんなにそのはちゃんの事が好きなのか……。そのはちゃんの変態性癖に付き合えるのは京都広しと言えども俺だけだと思っていたのに……!」

「…………」

 その基準はどうかと思うけど……。

「大体、ぽっと出のお前なんかにそのはちゃんの何が分かるって言うんだ!」

「多分、分からないことの方が多いと思いますけど。とりあえず筋金入りの変態だってことぐらいは分かります」

「そうだ! そのはちゃんは硬骨のど変態なんだ! それなのにお前はまるっきりノーマルじゃないか! なんでそんな奴があのそのはちゃんと付き合えるんだ!」

「というか、そこが面白いと思ったからこそ付き合おうって言ってみたんですけどね」

「そんな適当な覚悟でこの俺からそのはちゃんを奪ったって言うのかお前はああぁぁぁぁぁああああっっっっっ!!」

「う……その程度って言われたらその程度ですけど……。でも付き合う以上は大事にするつもりですよ、これでも」

「駄目だ! お前なんかにそのはちゃんの処女はやれん! つーかお前にやるくらいなら俺がもらう!」

「いや、その、とりあえず処女ネタからは離れましょう。僕も今のところそういうつもりはないんで」

「何だと!? そのはちゃんのエロボディに何の不満があるって言うんだ!」

「………………そこまで見たことはないんでそれに関してはノーコメントで。ついでに言うと不満があるんじゃなくて軽い気持ちでそういう事をするのは趣味じゃないってだけです」

「むむっ。じゃあ俺がそのはちゃんの処女をもらえるチャンスはまだあるってことだな!」

「……ないと思いますよ、多分」

 あっても困るし。

「ふん。まあいい。今日のところは取りあえず挨拶だけにしておこう。いずれお前の手からそのはちゃんを取り戻してみせるさ!」

「はあ……」

 僕と別れさせられるかどうかは別として、間違いなくたつはさんには靡かないと思うけどなあ。

「いいかっ! それまで絶対にそのはちゃんに手ぇ出すなよっ!」

「それは保証できません。僕だって男ですし、いつその気にならないとも限らない」

「手ぇ出したらお前をぶっ殺す!」

「止めて下さい。犯罪者になりますから。檻に入ったらそのはとは会えなくなりますよ」

「うぐ! じゃあ男として殺してやる! 俺がお前を掘ってやる!」

「絶対に止めて下さいっ!!」

「そのはちゃんの為なら俺は男だって掘ってみせる!」

「いやいやいやいやいやっっっっっ! そのはの為なら何でもしていい訳じゃないですからっ! つーか僕が受けになる事を前提で話を進めないで下さいっ!」

「でもそのはちゃんは時々俺とお前でBL妄想してたりするぞ? もちろん俺が攻めで」

「そのは――――――っっっっっっ!!!!!!」

 なんというおぞましい妄想をしてるんだあいつはっっっっ!!!!

「もちろん俺だってお前なんか願い下げだが。でもそのはちゃんが妄想して楽しめるっていうんなら敢えて受け入れる覚悟だ!」

「捨ててしまえそんな覚悟っ!」

 この兄にしてあの妹ありって感じだった。まったくもって度し難い兄妹だ。この調子だと音羽一族全体が変態の可能性を否定できなくなってきたぞ……。

 うわあ。考えたくねえ……。

「おっともうこんな時間だ。そろそろ家に帰らないと。今日は俺が洗濯当番だった」

「………………」

 さっきまでど変態トークしていたくせに一気に所帯じみたネタになってしまった。洗濯当番って……。僕の家は当番制ではないからいまいちぴんとこないけど。

「そのはちゃんのパンツを取り込んで俺の匂いをマーキングしなければっ!」

「ちょっと待った! マーキングってアンタ一体妹の下着に何するつもりだ!?」

 前言撤回。全然所帯じみてない。一から十まで変態要素満載だ。

「何ってちょっと頭に被ってみたり頬ずりしたりするだけだ。以前舐めようとしたらそのはに殺されかけたからな。包丁で」

「………………」

 殺しても良かったような気がする。

 というか普段兄貴が頭に被ったり頬ずりしたりしているパンツをあいつは穿いているのか……。

 知りたくなかった事実だ。

「じゃあ俺は帰る! そのはのパンツが俺を待っている――――っっっ!!!」

「……二度と来ないで下さい」

 本心からそう言って、僕は音羽たつはを見送った。


 ちなみにその後レンタルショップにDVDを返しに行ったが、坂井はいなかった。無事に返却完了。続きは後日そのはに借りるとしよう。

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