3月18日 動物園と牛乳の製造過程
交際4日目にしてようやくデートらしいデートをすることになった。僕は京都市動物園の入口でそのはを待っている。
待ち合わせは午前10時。僕は10分前には到着してそのはを待っている。しかしそのははまだ来ない。まさか遅刻してくるつもりではないだろうな?
「待たせてごめんね、あや先輩」
「……いや、謝るほどの遅刻じゃないからいいけど」
案の定、そのはは遅刻してきた。現在時刻は10時15分。15分の遅刻だ。まあこの程度ならちょっと寝坊したとか、電車に乗り遅れたとか、渋滞していたとか色々理由がありそうだけど。
「行きがけのコンビニでエロ本読んでたら電車の時間過ぎちゃっててさ~」
「やっぱりもっと謝れ! 重ね重ね謝れっ!」
僕との待ち合わせよりもエロ本の方が大事なのかよ!? かなり傷つくぞそれはっ!
というか、明らかに18歳未満であるそのはがコンビニでエロ本なんて立ち読みできるのか? 店員は一体何をやってるんだ!?
「あ、それはね。親戚のおじさんが経営しているコンビニだからよ。私の性癖のことは理解しているし、 私の趣味に合わせた本も少しだけ仕入れてくれるから」
「…………」
音羽一族の謎が一層深まった気がする。普通自分の姪がそんな性癖の持ち主だったら否定するか見て見ぬふりをするか更生させようとするかのどれかだと思うのだが。まさか賛同して協力しているとは……
「おじさんは私に甘いからね~。返品可能な雑誌とかだと店の損害にもならないし♪」
「最悪な経営だな」
姪馬鹿ここに極まれりだ。
「そんなことより早く入ろうよ。せっかく来たんだから」
「……そうだな」
全然『そんなこと』ではないと思うのだが、そのは相手にそんな常識を主張しても仕方がない。
まずは入園。しょっぱなから建設中のエリアにぶち当たった。入口がこんな有様なのは娯楽施設として ちょっとどうかと思う。看板には『もうじゅうワールド』と書いてある。熊とかライオンとかがいるのだろうか……
ルートに従って鷹やカバや爬虫類を眺める。そして熊のコーナーに差し掛かる頃には、そのはは片手に牛乳パックを持っていた。ちゅーちゅーと牛乳を飲んでいる。
「牛乳、好きなのか?」
あまりに美味しそうに呑むので、そんな事を聞いてみた。ちなみに僕は伊右衛門のペットボトルだ。
「うん。大好き」
そう言ってはにかむそのは。
「………………」
うわ。不覚にもドキドキしてしまった。そのはの笑顔はある意味最終兵器かもしれない。変態だと分かっていても僕の好みにどストライクだ。一度くらいは僕に向けて言われてみたい。
「僕は牛乳ってあんまり好きじゃないな。甘いし」
「え~。美味しいのに」
「女の子は甘いもの好きだよな」
「それもあるけど。ほら、牛乳って製造過程を考えるだけでとっても美味しく飲めると思うんだよね」
「?」
「だって『牛の乳首を愛撫してどぴゅっと搾り取られる白濁色の汁』だって思うとエロ旨くなると思わない?」
「思うか――――っっっ!!!」
牛乳一つにそこまで思考を及ばせる方がどうかしてるわっ!
やっぱり一般人とは感性そのものが違いすぎる……。
僕はいつまでそのはに付き合いきれるだろうか。ちょっと自信なくなってきたかも。
他にもゴリラのコーナーで、
「交尾しないかな~」
とか、
狐のコーナーで、
「そう言えば安倍晴明って狐の子だって言うよね?」
「ん? ああ、葛の葉狐、信田妻とかだっけ?」
「そうそう。その設定のお陰でちょっとファンタジーなキャラになってるけど」
「けど?」
「ぶっちゃけそれって獣姦なだけだよね」
「台無し過ぎるっ!」
などなど、周りに聞かれていないことを祈るような発言を繰り返していた。
夕方。
「………………」
まだまだ元気なそのはの横で、僕はげっそりとしていた。いや、もう無理。もう帰ろう。
「あや先輩、大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃない……」
「あや先輩ってもしかしてあんまり体力なかったりする?」
動物園を一日歩いただけでこんなになってるのだからそう言われても仕方がないが、理由は別のところにある。
「いや、体力的にはまだ大丈夫だと思うんだけど、精神的にちょっとダメージでかくて……」
そのはの変態トークに付き合うのがけっこう堪えただけだったりする。
「あははは。この程度で音を上げているようじゃ私とは付き合っていけないわよ~」
「…………」
何とも恐ろしい発言だった。どうやらまだまだ手加減しているつもりらしい。
「が、頑張る……」
あれ? 頑張っていいのだろうか? 何か違う方向に精神力を費やしているような気がしないでもないけど……。
「レベルアップしたくなったらいつでも言ってね」
「………………」
当分は言わないでおこうと固く誓った。