3月31日から4月7日 気持ちの在り処
3月31日
距離を置いて1日が経過した。
別れたという訳ではないので、辛いとか悲しいとかそういうのはない。
ただ、やはり物足りなさは感じていた。
ベッドでゴロゴロしていると、携帯のメロディが鳴った。この音はそのはのメールだ。距離を置くといってもメールまでしないわけではないらしい。
内容は、
『今日はお兄ちゃんが洗濯当番だから、私のパンツをハアハア言いながら干してる。朝から見るにはちょっと痛々しい光景かもしれないな~』
「………………」
いや、ちょっとどころかかなり痛々しい光景だから。しかし嫉妬と言うほどの感情は湧いてこない。面白くないというよりも、大丈夫かこの兄妹という感じだった。
やっぱりそのはに対する感情は本気ではないのかもしれない。
4月1日
今日もベッドに寝転がりながらボンヤリと1日を過ごす。
健全にロリエロ本でも眺めながら、ぼーっとする。……健全だよな? 健全? けんぜん……。
変態からもシスコンからも解放されて、ごくごく普通の生活に戻っている。
それのなんと平和なことか。
そうだ。日常とは本来こういうものなのだ。こういうものであるべきなのだ。
……とは分かっているのだけれど。やっぱり何か物足りない感覚が僕の中から消えない。
あと数日も経てば、慣れるだろうか……。
4月2日
デートの時に携帯で撮った画像を眺める。
動物園。
円山公園。
どれも楽しそうに笑っているそのは。
演技の笑顔なんかじゃない。本当に楽しそうに笑っている。
そのはに振り回されながら、自分も確かに楽しんでいたことを思い出す。
そのはは確かに変態だけれど、その変態を表に出せるぐらいに素直な性格なのだ。自分に素直に生きてるだけなのだ。
そう考えると、ちょっとだけ胸が熱くなった。
……いや、素直ならそれでいいってわけではないけれど。
4月3日
何だかもやもやとしてきたので散歩に出かける。
ちょっと遠出して哲学者の道に行ってみる事にした。500本のソメイヨシノが作り出す桜のトンネルはちょっとしたファンタジーだった。しかし哲学的なことは何も考え付かなかった。
いくらそのはでもここに来て変態的なネタを思いついたりはしないだろうなどと、いつの間にかそのはのことを考えてしまっていた。
いや、哲学者の道に関連していないのなら、まったく関係ないネタを唐突に喋り出す可能性を考慮して少しだけ青ざめた。
変態ネタを熱弁しながら哲学者の道を歩くそのはの姿を想像すると、尚更ぞっとした。
4月4日
たつはさんが家まで来た。
そのはが全く僕のことを話題にしなくなったので、心配になって来たらしい。
兄としては過保護すぎる気もするけど、男としては立派だと思う。
僕はそのはと距離を置いている最中だということを、たつはさんに話した。
するとたつはさんは意外にも眉をひそめた。
「僕とそのはの仲が崩れるのは、たつはさんにとっては歓迎するべきことなんじゃないんですか?」
「もちろん大歓迎だ! だがその事でもしもそのはを傷つけているのだとしたら、俺は貴様を許さん!」
「許さんって、具体的にはどう許さないんですか?」
「顔面ボコボコにした上で両手両足ブチ折る! しばらく身動き取れないようにしてやる!」
「………………そこまでされるほどのことはしてません」
「してるだろうが。そのはちゃんここ数日ずっと様子がおかしいんだからな!」
「おかしいって?」
「俺がそのはちゃんの尻を撫でても蹴りが飛んでこない」
「撫でるな!」
「胸を揉んでも肘鉄を食らわない」
「ちょっと1発殴らせろ」
「しまいには夜這いに行ってもけだるそうにため息をつくだけだ」
「妹相手に何をしている! つーかまさか手を出したんじゃないだろうな!?」
「出してねえよ。確かにあのまま抱いてしまえばよかっただろうけどな。あんな気の抜けた姿は俺の好きなそのはちゃんじゃない」
「…………」
そのあたりの誠実さはやはり兄妹だと思う。
「せめて6歳差くらいだったらなあ……」
「?」
いきなりたつはさんは意味不明なことを言い出した。
「おしめ代えたり、トイレの面倒見てやったり、着替えを手伝ってやったり、一緒に風呂入ったりして生まれたままのそのはちゃんの姿を見る機会が増えていたんだけどなぁ……たった2歳差だからそういう機会には恵まれなかったんだよなあ……」
「…………」
いきなり何をとち狂ったことをぼやいているんだろう、この人は。
「いいか、俺はそのはちゃんが大好きだ。俺は骨の髄までシスコンなんだ!」
「……いや。そんなことを力説されても困るんだけど」
しかも道のど真ん中で。ご近所に聞こえるから勘弁してほしい。
「ほかの男になんか渡してたまるか。そのはちゃんは未来永劫俺のものなんだ! だから俺はお前が大嫌いだ、破条綾祇。もしもこの先本気でそのはちゃんを俺から奪おうというのなら、俺も本気でお前をぶっ潰す」
「…………選ぶのはそのはだと思うけどな」
「そんなことは分かってる。だからお前が邪魔なんだよ」
「そんなこと言われても……」
「いい機会だからこのまま別れろ! どうせ迷ってる程度の気持ちなんだろ? その程度の気持ちでそのはちゃんを俺から奪われてたまるか」
「もともとたつはさんのものではないと思うけど」
「俺のものだ」
「…………」
断言したよこの人。
「いいか! 別れろよ!」
「…………」
僕は何も答えなかった。
たつはさんはそのまま背を向けて去って行った。
なんだかんだでそのはのことを心配してきたのだろう。
4月5日
たつはさんの事を考える。
妹だから好きなんだという事は置いておいて、あれほど真っ直ぐにはっきりとそのはの事が好きだと言えるたつはさんのことを、羨ましいと思った。
たつはさんに比べて自分はどうだろう。たつはさんと同じくらいそのはのことを好きだと言えるだろうか。
……いや、言えない。あれほどまでに感情を表に出してしまえるほど、そのはのことを思っているわけではない。
でも、今はもやもやする。
彼女がいないことが、彼女の変態性癖に触れられないことが、こんなにも物足りないと感じてしまう。
……いや、変態性癖は割とどうでもいいんだけど。
ほんとうにどうでもいいんだけど!!
4月6日
そのはの声が聞きたい。
唐突にそう思った。
あの口を開けばろくなことを言わないそのはの声を、無性に聞きたいと思った。
何も考えない時間が増えると、ついついそのはの事を考えてしまう。これは彼女を恋しがっているという事なのだろうか。
そのはのことを好きだということなのだろうか。
答えはまだ、みつからない。
4月7日
分かったことがある。
もやもやと考えて、イライラしたり、物足りないと感じたり。
寂しいという感情。
いや、違うな。
きっとこれは、恋しい、だ。
そのはがいないだけで、どうしようもなく物足りない気持ちになる。
僕は今、そのはのことを恋しいと思っている。




