3月30日 あやふやな気持ち
ぱんつ騒動……じゃなくて変態兄妹襲撃から1日経過し、本日は花見に行くことになった。
場所は円山公園。
公園のほぼ中央に、「祇園の夜桜」として有名な大きなシダレザクラがある。夜にはライトアップが行われ、夜桜の名所として花見客で賑わうらしいけど、学生のうちから夜遊びをする気はないので僕たちは昼の桜を楽しむ。
「やっぱり桜は満開よりも少し前くらいが見ごろだね~」
シダレザクラを眺めながら、そのははのんびりとした調子で言う。
「満開もいいと思うけど」
満開前も、満開もそれぞれにいいと思うんだけどな。散り際は少しさみしい気持ちになるからあまり好きではないけれど。
「駄目だよ~。だって満開の時って下に桜の花びらがたくさん落ちてるのよ」
「それも風情があっていいじゃないか」
「でも落ちた花弁は踏まれて潰れて無残な残骸になってるんだよ。満開だと下を向いただけでそんなのばっかりなんだよ?」
「…………」
見なければいいだけなのでは?
こんなきれいな桜を見ながらよくもまあそんな台無しなことを考えつけるものだな。さすがはそのは。変態性癖以外でもどこかずれている。
「昨日は大丈夫だったか?」
「ん? 何が?」
「だから、スカート」
のーぱんで家まで帰っただろうが! もう忘れたのか!
「ああ。大丈夫大丈夫。別に見せたところで減るもんじゃないし」
「見せたのかよ!?」
誰に!? つーかどこで!?
「見せてないよ~。お兄ちゃんはぱんつに夢中だったし。風もそんなに強くなかったしね。無事に家まで帰りついたよ」
「それはよかった……」
たつはさんを大人しくさせるためにのーぱんになったそのはだが、その後大きなトラブルもなく家に帰りつけたのは何よりだ。
「たつはさんは?」
「ん~。まだぱんつではぁはぁしてる」
「……………………」
まだやってんのかよ!
ったくこの変態兄妹め! お前もあっさり答えてんじゃねえよ! ちょっとは嫌がるとかねえのかよ!
「しかしまあ、本当にそのはのことが好きなんだな、たつはさん」
「まあね~。ほら、私って可愛いから」
「自分で言うな」
「じゃああや先輩が言って」
「可愛い可愛い」
「適当だなあ」
「可愛いとは思ってるさ。少なくとも外見だけは」
問題は中身が外見を大きく裏切ってることなんだけど、それは言わぬが花だろう。
「そのはに彼氏が出来る度にああなのか? たつはさん」
「さあ? あや先輩が初めての彼氏だから、そのあたりはまだ分からないわね」
「え? 僕が初めてなの? マジで?」
「ひどいな~。まるで尻軽みたいな反応じゃない?」
「あ~、すまん。そのははもっとモテると思ってたから。僕の前にも彼氏ぐらいはいたと思ってた」
「告白ぐらいならされてるけどね。でも私が最初に性癖をばらすようにしてるから、そこでドン引き」
「…………そりゃそうだろう」
隠すという考えはないのか。
「私って隠し事とかするの好きじゃないから」
「考え方だけは立派なんだけどなぁ」
だからって赤裸々すぎるのもどうかと思うんだよ。
世の中には隠すべき事というのが存在すると思うんだよ。
主に周りとの協調性とか、恥じらいとか、常識とかを考慮したうえで。
「だからあや先輩が初めてなんだよね。私の性癖を理解したうえで私と付き合おうって言った人は」
「…………」
「お兄ちゃんもすっかり油断しててね。まさか私を理解した上で付き合おうなんて男が出てくるなんて思わなかったみたい」
「思わなかっただろうなぁ、そりゃ」
多分僕がたつはさんの立場でも思わない。
「たつはさんは多分、そのはに本気なんだよな」
「え?」
「いや。性癖とか近親相姦とかはおいといて、たつはさんは多分、本気でそのはのことが好きなんだろ?」
「うん。それは間違いないと思う。だからといって私がその気持ちに応えられるかどうかは別問題だけど」
「兄妹だから?」
「それ以前の問題。近親憎悪、とまではいかないけど、やっぱり自分と同じような存在を間近で見ているのはあまり気分がよくないというか、そんな感じ。自分の事を棚に上げてこういうことを言うのはどうかと思うけどね、我ながら」
「本当に自分の事はしっかりと棚に上げてるな」
いっそ清々しいくらいに。
「その分、私とあや先輩は結構相性がいいと思うよ。お互いに違いすぎるからこそかみ合ってるっていうか」
「……それはどうだろう?」
むしろ僕の方が無理やりに引きずられているというような気がしないでもないのだけど。
「でもなんか、たつはさんに悪い気もするんだよな、僕」
「何が?」
「いや、だってさ。僕は多分、たつはさんほどにはそのはの事が好きなわけじゃないと思うんだよ」
「………………」
「付き合おうとは言ったけど、それはあくまで興味本位だし。もちろんそれなりの時間は過ごしてきたから愛着みたいなのは感じてるんだけど、じゃあそれが本気の恋愛かって言われると、微妙というか」
「それでいいと思うけど。私も似たようなものだし」
「う~ん。でもなあ。兄妹だということは差し置いて、そのはのことをあれだけ本気で好きな奴がいるんなら、やっぱりそのはの相手は本気で好きな奴じゃないと失礼というか、そんな気がするんだよ」
「何? あや先輩、私と別れたいの?」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃない。いや、どうだろう。ただ、僕の気持ちはたつはさんに匹敵する様なものじゃないというか……うーん、ごめん。上手く言えない」
「いいよ。言いたいことは何となく分かるから」
「そうか」
「でも一つだけ聞かせて欲しいな。あや先輩にとっての私は、どんな存在?」
「………………」
どんな存在、か。
一番答えに困る質問だな。
本気にはなれてないけど、それでもいい加減な気持ちでそのはと付き合っていたつもりはない。
「自分の気持ちに自信が持てない、っていうのが一番近い答えだな。この場合は。好きかと聞かれたら、好きだと言える。でも誰よりも好きかと聞かれたら、分からない。大切かって聞かれたら、多分そこそこ大切だって言える」
「そこそこね」
「ああ。そこそこだ」
「私はあや先輩のそういうところがいいと思う」
「?」
「誤魔化さないところ」
「………………」
「あやふやな気持ちに対して、あやふやなまま向き合ってるところ。強引に肯定したり否定したりした方が楽なのにね。キツいままでもずっと考えていられるのって、結構凄いことだと思うよ。大抵は、根負けして楽な方に傾いちゃうから」
そのはは僕の前を歩きながら、わずかに上を向いた。
その背中は、少しだけ寂しそうに見えた。
「距離を置いてみようか」
「そのは?」
「始業式までは会わないようにしよう。今までの生活に戻って、そのあやふやな気持ちにどんな変化が起こるか確かめてみたらいいよ」
「………………」
「あと一週間とちょっと。その間変態と無縁の生活を送ってみて、それで物足りないって思ったらあや先輩はもうこっち側だから」
「ちょっと待て! その認識はおかしいぞ!」
「あははは。まあ半分冗談だけど」
「半分は本気か!」
「勿論本気だよ~。あや先輩がそれでも私と付き合いたいって言うんなら、私ももう遠慮なんてするつもりはないから」
「今までは遠慮してたって言うのかよ!?」
「してなかったとでも思ってるの?」
「っ!」
目元を伏せて妖艶に微笑むそのは。
怖い怖い怖い怖い怖い!
「で、どうする?」
そのはは僕に近づいてきて上目遣いで見上げてくる。どこか挑戦的な表情だ。
いや、まさしく挑戦しているのだろう。
僕の気持ちに対して。
「……確かに。今の僕には考える時間が必要な気がするな。……色々な意味で」
「じゃあ決まりだね。始業式までは会わない。始業式の日に答えを聞きましょう」
「分かった。その日までには僕も覚悟を決めておく」
僕は考えなければならない。
自分のこと。
そのはのこと。
そして、これからのこと。
桜の下で、僕達は一旦別れた。