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僕と彼女の変態日記  作者: 水月さなぎ
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3月15日 卒業式と変態

破条綾祗は卒業式の日、一人の少女に出会った。

少女の名前は音羽そのは。

ひょんなことから交際を始めたそのはは、筋金入りの変態だった。

これは、そのはの性癖に振り回される綾祗の、春休みの物語。

 今日は京都市立西陵中学の卒業式だった。

 僕の名前は破条綾祗はじょうあやぎ。15歳。つまりは本日の卒業式の卒業メンバーの一人だ。退屈な卒業式を終え、とくに感慨もなくこの学校を卒業していく。受験もようやく終わってこれからのんびりと春休みを過ごせることに思いを馳せてみる。何をして遊ぼうか。

「「「破条先輩! 制服のボタン下さいっ!」」」

 そんな事を考えながら校門の方へ向かうと、後輩女子らしきモノが一斉に群がってきた。

「は!? うえぉわいふぇっっっ!!!???」

 これはアレだろう。好きな人に制服の第2ボタンを下さいっていう、卒業式の定番イベント。しかし漫画でよくあるようなロマンチックな展開とは無縁な、まるで襲い来る野獣に為す術もなく押し倒されるような展開が現実だった。

「うわあぁぁぁあっっっ!!」

 群がる女子。むしり取られるボタン。西陵中学の制服は上着のボタンがやたら多いのでぶちぶちぶちぶちぶち、とむしり取られてもまだ余っている。やがて上着のボタンが終わると下に着ているポロシャツにまで手が伸びてきた。ぶちぶちぶちぶちぶち。

「って、へ!? ちょっと待てーっ!」

 そして最後に余ったズボンのボタンまでむしり取られて、ようやく事態は終了した。

「………………」

 僕は唖然とボタンを奪った女子どもを見上げる。みんな嬉しそうと言うよりはゲットだぜ! みたいな表情をしている。正に野獣だった。後ろの方では出遅れた女子どもが悔しそうな顔をしている。

「やった! あたしは1番目よ!」

「私は2番目!」

「あれ? でもうちの制服って第2ボタンの定義難しくない?」

「うーん、確かに」

 その通り。やたらとボタンが多く、横2列に並んでいるので右側と左側、どちらを第2とするべきか判断に迷う。しかも首元にも4つ付いているのでそれも含めると首元が第2ボタンという答まで存在する。

「くーやーしーいーっ!」

 後ろの方では出遅れた女子が唸りながら地団駄を踏んでいる。実に女の子らしくない仕草なのでやめて欲しいのだが、自分に好意を持ってくれている相手にそんな事を言うのも感じが悪いので黙っておいた。

「破条先輩、ボタン有難うございました! 思い出の品として大切にしますね!」

「あたしも大切にしまーす♪」

「私もー」

「………………強奪の思い出かよ」

 ボソリとツッコミを入れてみる。しかし誰一人聞く耳は持ってくれないようだ。

 ボタン争奪戦に勝利した女子も、敗北した女子も、用は済んだので僕の前から遠ざかっていく。同時に成り行きを見物していた周りからも注目の視線が外れていく。見世物じゃないぞコラ。

 ボタンを強奪してきた割には誰も告白などはしてこない。今まで何度も告白されて断っているので諦めているのだろう。

 自分で言うのも何だが、僕は結構モテるらしい。いや、自慢じゃなくて客観的な結論として。今まで何十人もの女子に告白されているし、その度に断ってきたし、街に出れば高確率で逆ナンされてしまう。成績優秀でもなければスポーツで活躍したわけでもない。モテる要素と言えば恐らくは顔だろう。僕の顔は母親譲りで結構整っているらしい。僕の目から見ても母さんは美人だと思うし、親戚からは母さんによく似ていると言われているので、この顔は遺伝の産物というわけだ。

 この顔に惹かれてやってくる女子に対して、僕はどうしても好意を持つことが出来ない。何故なら僕の顔は母さんから受け継いだもので、僕自身の人生の成果ではないからだ。いや、別に顔よりも中身を見て欲しい、なんて漫画みたいな事を考えている訳じゃないんだけど。ただ、自分の顔だけにしか興味がない相手を好きになれというのは、客観的に考えてみても無理があると思う。

 更に言えば僕は漫画が大好きだ。漫画のような刺激的な展開を人生に望んでいると言っても過言ではないだろう。勿論現実にそんな事はあり得ないと分かっている。理解している。だったらせめて付き合う女の子は個性的な子がいいのだ。

 平凡な日常をぶち壊してくれるくらいクセの強い女の子でも構わない。とにかくこの短い青春を少しでも刺激的に過ごしてみたいと思うのだ。

 まあ、そんな理想的な女の子にすら中々出会えないというのが現実なのだけれど。

 落ち着いたところでようやく立ち上がると、一人の女の子が目の前に立っていた。長い髪を綺麗に流して、意志の強い瞳でこちらを見ている。襟元のリボンの色からすると二年生だ。しかも結構可愛い。ちょっとだけドキドキする。顔にだけしか興味がない女の子は好きになれなくても、可愛い女の子はやはり目の保養になる。

「破条先輩」

 彼女もボタンを求めてやってきたのだろうか。しかし残念ながらボタンは全滅してしまった。上着からポロシャツからズボンのボタンまで一つ残らずむしり取られてしまっている。

「あ、ごめん。ボタン、もう無いんだ」

「はい。知ってます」

 にっこりと笑う女の子。笑顔も可愛い。

「ん? じゃあ何の用?」

 ま、まさか告白イベント!? 卒業式の告白イベントデスか!? ちょっと迷うな~。この子かなり可愛いし。でもやっぱり顔だけってのは……

「ボタンじゃなくて、金具が欲しいんです」

「…………は?」

 金具? 一体何の? この子は一体何を言っているのだろう。

「破条先輩の、ズボンのジッパー、そこの金具です!」

「はいぃっ!?」

 女の子は僕の股間あたりを指さして、満面の笑みでそう告げた。しかもわずかに頬を赤らめている。アレは恥ずかしがっていると言うよりは、興奮して赤くなっているのだ。なんか、怖ぇ。

「な、何で金具なんかを!? 普通ボタンって言わない?」

「だって、ボタンはもう無いんでしょう?」

「ないけど、いや、家に帰ればもう一着あるからそれで勘弁してくれない?」

「いえいえ。ボタンなんかどうでもいいんです。私が欲しいのは金具ですから」

「だから何で!?」

「何で?」

 女の子の表情がピクリと引きつった。不穏な気配を感じて僕の方もビクッとなる。

 女の子はダンッとこちらに踏み込んできて、僕の間近に迫る。可愛い顔を寄せてきて、迫力満点に言い放ってくる。

「何言ってるんですか! ボタンなんて所詮両サイドを繋げるだけの装飾品じゃないですか! そんなモノもらって何が嬉しいんですか!」

「さあ……何だろうね……」

 その理屈は分かるが、だからといって金具をもらって嬉しいという理解の助けにはならない。

「その点ズボンのジッパーの金具は違います! ほぼ毎日破条先輩の股間を隠してきた邪魔な……もとい、恥じらいの象徴! 毎日破条先輩の股間近くに触れてきた無機物! これをもらわなくて何をもらうって言うんですか!」

「………………」

 やばい。この子の感性はかなりアレだ。ぶっちゃけて言うとこの子はただの変態だ。こんなに可愛いのにもったいなさ過ぎる。しかも自分で語っておきながら鼻息が荒くなってきている。真性の変態である。

「いや、その……あげようにも、これ、素手じゃ取れないと思うんだけど……」

 僕は彼女にドン引きしながらも言い訳らしきものをしてみる。ジッパーの金具は小さくて硬い。指先だけでつまんで取れるほど脆いものじゃない。

「大丈夫です! ちゃんと道具は準備してきました!」

そう言って彼女は銀色のペンチを取り出した。右手にしゃきーんと構えている。

「嫌な準備だ!」

「という訳で、さあ、さあっ、さあっっ! 股間を出して下さい! 破条先輩」

「出せるかーっっっ!!!」

 金具を取りやすいようにそちらに寄せろという意味なのだろうけど、言い回しがかなりヤバくなっている。しかもこの子絶対わざとそうしてるぞ! この少ない会話の中でもそれくらいのことは確信できる。

「待って待って! 金具が欲しいなら今から家まで行こう! 僕の家にもう一着あるから、それの金具をあげるよ! わざわざ今穿いているのじゃなくてもモノは同じなんだし!」

「何言ってるんですか! ブルセラショップの下着に価値があるのは何でだと思ってるんですか! 使用済みだからでしょう! 洗濯済みのズボンから金具を剥ぎ取って何が楽しいんですか! 今穿いているズボンから剥ぎ取るからいいんじゃないですか!」

「嫌な喩えを出すなーっ! それから人のズボンをブルセラショップの使用済み下着と同列に語るなっ!」

「ええいっ! 往生際が悪いですよ破条先輩! いいじゃないですか金具の一つや二つくらい! 減るもんじゃあるまいし!」

「いや! 減るだろ、物理的に!」

「細かいツッコミは嫌いです! 大人しく毟られてください!」

 彼女は俺に掴みかかってくる。女の子相手に力ずくで対抗するわけにもいかず、慌てふためきながらも押し倒される形になる。

「ぎゃーっ! どこ触ってんだーっ!」

「いえいえ、ついでだからちょっとセクハラでも……じゃなくて、ほら、付近に触れないと目的の金具が取りづらいじゃないですか」

「絶対前半部分が本音だろ!? そうだろ!?」

「傷つくなぁ。私がそんなどさくさに紛れた変態行為をするとでも思ってるんですか?」

「今まさにしてるからっ!」

「気のせい気のせい♪」

「ぎゃあああああああああっっっっっ!!!」

 こんなやり取りを経て、ようやく金具がむしり取られた。ジッパー部分が変形しているのでかなり無茶な取り方をしたらしい。

「うわあ。これ帰りどうするんだよ……」

このまま社会の窓全開状態のまま家まで帰るのか? いやいやさすがにそれはちょっと……。

「ふふふ。有難うございます、破条先輩。思い出の品として大切にしますね♪」

「むしろ今すぐにでも忘れたい記憶だっ!」

 ボタンを奪っていった女子と同じような台詞を吐く辺り、中々に質が悪い。しかも若干鼻息が荒くて頬が赤いし。あれ絶対興奮してるよ。

「私としては窓全開で家まで歩く破条先輩を見るのも楽しくていいんですけど……」

「楽しむなっ!」

「じゃあその上着でも腰に巻いたらいいんじゃないですか? 取りあえずそれで誤魔化せると思いますよ」

「あ、そっか。そうだな。有難う」

「いえいえ」

 上着を脱いでそのまま腰に巻きつける。ジッパーの開きもこれで充分に隠れた。

「あ、そうだ。君の名前は?」

「え?」

「名前だよ、名前。君は僕の名前を知っているのに僕は知らないじゃないか。ここまでされたのに名前も知らないまま別れるのはちょっと悔しい。だから教えてくれよ」

「はあ。私は音羽(おとわ)そのはと言います」

「そのは、か。変わった名前だな」

「破条先輩の綾祗って名前もかなり変わってると思いますけど」

「そうか?」

「そうですよ」

 クスクスと笑うそのは。やっぱり笑うと可愛い。内面の変態性癖ともかくとして、この子、かなりいいかもしれない。

「もったいないなぁ」

「え? 何がですか?」

「いや、その性癖さえ何とかなればかなりモテるだろうにって思って」

「別にモテたいと思った事なんてないですけど」

「そうか」

 モテたい奴らが聞いたら殺意を覚えそうな台詞だな。僕もそのはと同意見ではあるのだけれど。その考え方が嫌みな感じになっているらしくて、ほとんど男友達がいない。

「それにこの性癖は私の生き様ですから直す気は更々ありません」

「生き様なのか!?」

「むしろもっともっと磨く気満々です!」

「それは頼むから勘弁して! 被害者が増える!」

「短い青春なんですからゴーイングマイウェイにならないと勿体ないじゃないですか」

「考え方は間違ってないけど方向性が間違ってるよ!」

 変態街道まっしぐらがそのはの目指す生き様らしい。ここまで堂々としているとむしろ清々しい気も……しないな、うん。むしろ迷惑極まりない存在のような気がする。

「その様子じゃ僕に好意を持って金具を貰いに来たってわけじゃなさそうだな……」

 それはそれで残念な気がするけれど。というかここまでされておいて好意なんて全くありませんとか言われたらちょっと傷つくかもしれない。

「まあ、破条先輩にラブラブってわけじゃないですね。ただ単にどさくさに紛れて金具を奪いやすそうな相手だったんで」

「………………」

「ついでに言えば破条先輩のような美少年のモノだからこそ興奮するというか……」

「モノとか興奮とか赤裸々に語るなよ」

「まあ好きか嫌いかで言えば好きですよ。いくらどさくさ紛れと言ってもわざわざ嫌いな相手にそんな事をするほど酔狂じゃありませんし」

「それはそれでMだな」

「どっちかと言うとSのつもりです」

「主張しなくていい」

 しかしこの子、よくよく見ると漫画のようなキャラじゃないか? クセの強い変態、というのはときどき強烈な個性を持ったキャラとして出てくる。そのはもそのキャラの性質を持っているのではないだろうか。

 この退屈な日常に、刺激をもたらしてくれる存在ではないだろうか。

 ……ちょっと強すぎる刺激のような気もするけれど。

「嫌いじゃないって言うんなら、試しに僕と付き合ってみる?」

「…………」

「嫌なら別にいいんだけど、そのはって何だか面白そうだから。付き合ってみるのも悪くないかなって」

「ロマンチックさの欠片もないですね」

「だよなあ」

 好きです、付き合って下さい! 僕も好きだ! みたいな展開が恋愛モノの理想なのだろうけれど、実際はそこまでロマンチックではないだろう。まあここまで軽いノリで交際を提案するというのも珍しいだろうけど。

「私と付き合うって事は、私の性癖に付き合うって事ですよ?」

「うっ……覚悟はしてる……」

 今ちょっと揺らぎそうになったけど。いやいやこの性癖の特殊さこそが漫画のような刺激的な日常への第一歩かもしれないしっ!

「うーん。これだけのことをしておいて付き合うのはちょっと、というのは虫のいい話ですよね。実際のところ破条先輩のことは嫌いではないですし、付き合ってみるのも悪くないかもしれません」

「よし。じゃあこれからよろしくな、そのは」

「うん。よろしくね、あや先輩」

「うわ、いきなり口調が変わったよ」

「付き合うんなら余計な気遣いは必要ないよね?」

「必要ないけど『あや先輩』って何か女みたいで微妙なんだけど」

「『破条先輩』って言うのも何だか他人行儀だし、『綾祗先輩』っていうのも呼びづらいから」

「まあいいけど……」

 こうして、僕は何となく音羽そのはと付き合うことになった。もしかしたら後悔するかもしれないけど、予測不能なこれからのことが少しだけ楽しみでもあった。

「ところであや先輩」

「何?」

「この金具、ちょっぴり舐めてみてもいい?」

「………………」

 やっぱりこの性癖に付き合うのは相当の覚悟がいるのかもしれない。早速後悔している僕だった。


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