【8】-遭遇-
ー・・アシュラ・・ー
ー・・モズモ?・・ー
ーアシュラー
ーモズモ。私は大丈夫。心配しないで。必ず帰る。だから、皆を、守ってねー
かすかな微香が鼻をくすぐる。嗅いだことのない匂い。
乾いた空気。森の瑞々しい空気とは、違う。
ゆっくり開いた瞼は、思いのほか重かった。
薄暗い部屋。揺れる灯籠の橙の灯り。
六角形の天井・・テント?
「!気がついたかい!?」
急に視界を塞いだのは至近距離に来た女性の顔。
少し白髪の混じった柔らかい茶の髪を団子に結い、大きめの瞳は新緑の色。くったくのない笑顔を向けてくる女性は、口早にまくしたてた。
「良かった!あんた結構深手だったからね。治癒したけれど、生命力が回復しなかったらどうしようかと思ったよ!ネイルと戦ったんだってね。そりゃあ、敵わなかったろうけれど、ウチの男達はあんたに簡単にのされたって言うじゃないか!大したもんだよ!その華奢な体で・・・!あ!動いちゃ駄目だよ!傷がまた開くからね!跡が残っても大変だ!あんた、せっかくべっぴんさんなんだからね、女の子は自分を大切にしなきゃ!」
・・口を挟む隙がない。
一気に覚醒したアシュラは、藍の瞳をぱちぱちして固まっている。
「それにしても、あんた、本当に綺麗だねぇ!ネイルもよくあんたみたいな美人に剣を向けられるよ!容赦ないねぇ・・・」
「あ。あの・・・・」
やっとの思いで口を挟んでみる。
ここはどこ?
貴女は誰?
と、口にする前に、更に豪快な女性に先手を行かれる。
「ぁあ!ごめんよ!ここはあんたの森を出てすぐの荒野で、私ら戦士の民の包だよ。あんたはネイルと戦って、深手をおったのを、ネイルとカナンが連れて来て手当したんだよ!ネイルってのは、私らの長でね、そりゃあ強いのなんの・・・て、それは身をもってあんたもわかってるよね。カナンはウチの2番手だよ。あ!!やだ!あんたが気がついたことをネイルに知らせてくるよ!悪いようにしないから!ちょっと待ってな!動いちゃ駄目だからね!」
アシュラに指をたてて、その女性は急いで包を出て行ってしまった。
一人取り残されたアシュラは深いため息をつく。
・・なんだか、嵐のような人だ。
でも、悪い人じゃなさそう。
他種族だって、敵にだって、守る人、家族が、生活が、幸せがあるのだ。
だから、それを確かめたい。
高い位置にある窓から差し込む月明かり。随分高い位置に月があるようだ。
夜中、なのだろう。さっきの女性はずっと自分に付いててくれたのだろうか。
『ネイル』とは、森で戦った、あのとんでもなく強い男のことだろう。
戦士の民の長の噂は知っている。
わずか10と少しの少年が戦士の民1番の力で長になったと。
切れ者でもあり誰よりも強い彼のもと、戦士の民はどんどん勢いを増した。
ありとあらゆる種族の長は、世界の頂点に立ち全てを統べる皇王の招集に集う。
通常は、強制的な招集ではない。
アシュラは、自分が長になる前から、幼い頃から皇王の城に出入りしているが、戦士の民の幼き長は、長になってすぐ、一度だけ招集に応じて城に登城した。
遠くから見たその少年は、少し暗めの茶色の髪に翡翠の瞳。その瞳は冷たく、周りを寄せ付けない空気を纏っていた。
あの時の少年が、森で戦った男なのだ。
アシュラ自身、当時は10に満たない少女であったのだが、自分のことをどこかへ置いて、あの少年が大きくなったわねーなどと暢気に考える。
そこまで考えて、やっと気がついたが、今まで着ていた淡い橙の装束が着替えさせられ、真っ白の長衣を身につけていた。胸元で少し生地を弛ませたデザインで、腰にはゆるく薄い青の腰紐が巻かれていた。そのシンプルな装束は、アシュラのもう一つの顔の正装を連想させ、知らず、自嘲の笑みが漏れた。
服を少しめくって傷を確かめる。確かに、見た目、傷は塞がっているが、中は完全に治っているわけではない。無理して動けばすぐに傷が開くだろう。
精霊の森の泉に行けば、精霊司の自分は、ありとあらゆる怪我を完治することができる。自然の恩恵は、精霊司を全力で守るのだから。
自然を司る精霊達。精霊に従い、精霊を従え、精霊を守る精霊司。
本来、守りの力を主に使う精霊司の中で、アシュラの力は攻撃に特化している。
精霊司としての力。選ばれた者としての力。
自分の思いに沈みかけていたアシュラは、砂利を踏むかすかな音に顔をあげた。