【7】-遭遇-
相棒の気配が側にあることを気にしながら、ネイルは来た方向へと駆け出した。
明るく眩しかった森は、先程迄の姿が嘘のように鬱蒼としている。
何に追われているのかわからないが、確かにネイルとカナンは「何か」に追われていた。
森の動物?
・・それだけではない。もっと漠然とした、姿の見えない「何か」。
木々に、風に、影に、追われている。
森を形成する全ての自然に追われている・・?
戦士の部族の長であり、幾多の戦いを重ねたネイルであるが、正体の知れない、姿の定まらない、「何か」に本能的にぞくりと震えた。
眼前にあったはずの小道が、ない。
茂みの中を思う方向へ無理に駆ける。
意識のない娘を抱えて走るネイルの行く手に道を作る為に、木々を払おうとカナンが走りながらブーメランのような短く曲がった刃を構えた。
「カナン!森を傷つけるな!」
ネイルの声に、カナンは投げかけた得物を懐に戻して舌打ちした。
わかっている。
今、ネイルが抱えている「姫さま」は、森を守ったのだ。
これから、一族の、一時でも休息できる場所を望むのなら、恐らくこの森を傷つける事は、持ちかけたい交渉の決裂を意味するだろう。
遠く、どこからか獣の遠吠えが聞こえた、その時、ネイル目掛けて白い獣が飛びかかってきた。素早い身のこなしで、飛び退いたネイルが見たものは、大人の狼程の大きさの白い獣。
狼のようだが、その毛はふさふさと長く、頭には小さいが一角がある。
見た事のない獣。
わかっていることは、この獣も自分達を追い、阻むものであるということ。
カナンは、ネイルを庇うように、得物を手に前に出た。
森同様、獣も傷つけてはいけないことはわかっている。
しかし、大事な親友に牙を向けるのならば、許さない。
互いに睨み合いながら、微動だにしない2人と獣。しかし、後方からは、やはり「何か」が迫っている。
ここまで、か。
ネイルは、小さくため息をつき、横抱きにしていた娘を、ひょいと肩に担ぎあげ、そうして空いた右手を、剣の柄にかけた。
一時の休息の地を求めてはいるが、部族の者の命、ましてやカナンの命と引きかえるつもりなど、毛頭ない。
ネイルの手にしっくりと握られた剣は、自らの出番に意気込むように、淡い光を放ち始める。
行く手を阻むものを、排除する。
が、心を決めたネイルは、しかし、その力を振るうことはなかった。
白い獣が、ふと視線を彷徨わせたかと思うと、くるりと背を向け、茂みの中へと姿を消した。
それと同時に、追っていた「何か」の気配も、急に消えた。
暗く、鬱蒼とした森の様子は変わらぬも、追ってくる沢山の気配は、綺麗に消えたのだ。