【5】-遭遇-
ルキオは、精霊の森の奥、清らかにせせらぐ川沿いに生える木を高く見上げた。
木に咲く白い小さな花。その影に見え隠れする、柘榴色の小さな実。
チロの実と呼ばれ、イルミオラに欠かせない食料だ。
孤児院の弟、妹はまだ眠りの中だったが、自分がチロの実を摘んで帰ったら顔を輝かして食べてくれる。早朝、生ったばかりのチロの実は最高に美味しいのだから。
収穫した実を入れる為に持って来たカゴを木の根もとに置き、木に登る為にその幹に手をかけた。
その時、ふと、何か気配を感じて、反射的に木の影に身を潜めた。
イルミオラでも、精霊でも、動物でもない気配。
多数だ。
気配のする方をじっと見据える。
ガサガサと茂みが揺れ、数人の男達が姿を現した。こちらには気づいていないようだ。
森への侵入者。侵入されることはごく稀にある。
しかし、そういう時には、イルミオラの中で戦闘に秀でた者たちが、姫長に従って出て行き、全て解決して帰ってくる。
倒したのかと聞いたら、「お帰りいただいたの」と姫長は笑う。実際のところはわからないけれど。
姫長と森は一心同体で、森に1歩でも踏み込む者があれば、すぐに姫長が気がつく。
だから、この男達のことも姫長はお見通しなのだろう。自分は静かに身を潜め、やり過ごすべきと判断した。
「お。川に着いたぞ」
先頭を歩いていた、よく日に焼けた男が、後ろの男達に声をかけた。
「大分奥まで来たな。少し休もうか」
「ああ」
「それにしても美しい森だな」
「実を付けた木もある。川もキレイだ」
「女達も連れてきたら喜ぶな」
そんな会話を交わす男達。当然のように川のほとりに膝を付き、その清らかな水を手にすくい、口を近づけた。
考える前に、飛び出していた。その水は、お前たちには毒なのだ!
他部族の、しかも侵入者なんてどうなったって知らない。が、そんなことを考える前に、目の前で毒を飲もうという者を止めるべく、ルキオは木陰から、川岸の男に向かって飛び出していた。
「!!」
カナンはぎょっとした。自分たちに気づかれずに気配を殺していた少年。今、素早い身のこなしで仲間に飛びかかろうとしている。民間人とは思えない、卓越した動き。
刃のブーメランを放つ。風を切った刃は、仲間の男に届きそうになっていた少年の腕をかすめて、カーブしカナンの手に戻ってきた。
仲間の男は、硬直したまま、手から水をこぼしていた。
「・・・お前は?」
刃がかすった浅い切り傷から血を流し、その血を抑えながら、カナンを睨みつけたのはまだ10つ程の少年だった。
「驚いた。まだ子供じゃないか」
いつの間にか、男達全員が剣を抜き、少年にその矛先を向けていた。
「・・・この水を飲むな」
うなるように告げた少年に、男たちは顔をゆがませた。
「なんだ?川の水くらい。お前どっから来たんだ?」
少し殺気立った男達の気配を感じて、ルキオは身構えた両手を前にかざすと、その手の中に光とともに剣が現れる。
「!?なんだ!?」
不思議な森。不思議な少年。
ーネイル! 少年と遭遇した。戦闘態勢だ。とりあえず、捕らえるー
意識を送ったカナンに、
ーわかった、そちらに向かうー
と、長からの返答。
「・・・捕らえろ」
カナンの声と同時に男達が少年に切り掛かった。
ザザッと何かが茂みを分けるような音の直後、少年と、少年に切り掛かった男の間に、小柄な人物が割って入った。木の上から着地してすぐ、少年と同じく光りと共に出現した双剣で、男の剣を受ける。
「姫さまっ!!」
突如現れた乱入者にも驚いたが、少年の叫びに何より驚いた。
姫、だと?
カナンが驚いている間に、少年に切り掛かった6人の男は、乱入した「姫さま」に、みごとに峰打ちをくらわされて倒れた。
強い。戦闘のプロである民の男をあっという間に倒してしまうとは。
舞うような身のこなしで、剣の切っ先を逃れ、少年を背後に庇いながら、双剣を繰り出す覆面の乱入者。あっという間にカナン以外の男が地に膝をついた。
残ったカナンに向かって、覆面の娘が地を蹴り、双剣を振りかざした。しかし、双剣がカナンに届くことはなかった。カナンの後ろから放たれた剣撃の衝撃波が覆面の娘を吹き飛ばしたから。娘は空中でくるりと回転し、体制を立て直して少年の前に着地した。
吹き飛ばされた衝撃で、覆面がほどけ落ちた。
現れたのは、瑠璃の髪と藍の双眸の美しい娘。これだけの戦士の民を相手にしながら、息を上げることなく構えている。聖女のように清らかな雰囲気をまといながらも、強く睨みつけているのは、カナンの後方。剣撃を繰り出した相手。
「・・・驚いた。大した手練だ」
耳に心地よく響く太い声。
彼女を見据えるのは、翡翠の瞳。
精悍な顔立ちのその男は、戦士の民の若き長。